第191話オヤジからの電話
「今、家か?」
「うん」
「なんや? 何かあったんか?」
「いや、なんもないけど……」
オヤジは鋭い。僕の声に不機嫌さが少し乗っかっているのを一声聞いただけで感じ取っていた。
「そうかぁ……で、飯は食ったんか?」
「まだ。これから食べるところ」
そう言って僕は壁時計をみた。
「そうか。今、安ちゃんの店におるんやけど、来るか? 美乃梨もおんで」
そうだった。今日はオヤジに美乃梨の事も聞くつもりだったんだ。
僕はオヤジに
「飯食ったら直ぐにいく」
と言って電話を切った。
もうとっくの昔に夕食を取っていても良い時間だった。
「オヤジからやったわ」
「だと思ったわ。早く行ってあげなさい」
レーシーは微笑みながらそう言った。
「うん。分かった」
僕は立ち上がるとガスコンロの上にポツンと置かれたままになっている寂しげな鍋を温め直した。
蓋を開けるとカレーのいい匂いが漂ってきた。
それを皿に盛ったご飯にかけて急いで食べた。気が付くとレーシーの姿はいつの間にか見えなくなっていた。
いつものオフクロの味のカレーだったが、今回はピーマンが小さく刻んで入ってあった。
――これもアリだな――
オフクロはカレーを作る時いつも何か材料を増やしたり変えたりする。
これがオフクロの拘りらしい。
一気にカレーライスを胃袋に押し込むと僕は安藤さんの店に急いだ。
カウベルの音を響かせて店に入るとカウンターに並んで座るオヤジと美乃梨の後姿が目に入った。二人は振り向き、美乃梨が僕に手を振った。
僕はオヤジの隣の席に座った。オヤジはいつものようにビールを飲んでいた。ほとんど飲み干されたビアグラスが目に入った。どうやらオヤジが電話をくれたのはこの店に来て直ぐだったようだ。
僕の顔も見ずに
「早かったな」
とオヤジはひとことだけ言った。
「え? あぁ」
「晩飯はカレーか?」
オヤジを鼻をクンクンさせて僕に聞いた。
「え?分かる?」
「ああ、スパイシーなカレーの匂いが漂ってんわ」
とオヤジは笑った。
「え? そうなんや……」
と僕は慌てて自分の服を摘まんで匂いを嗅いでみた。オヤジの言う通りなんだかそこはかとなくカレーの匂いがする。
「オッサン臭いんや」
と美乃梨がボケをかましてきた。
「それは加齢臭やろが!!」
ここはお約束でツッコんだが、美乃梨はすでに関西人に同化していた。変わり身の早い田舎者め!
「なるほどね。カレー臭かぁ……上手い事言うなぁ……でも、亮平にはまだ早いなそれは……それはアンちゃんに言うべき台詞やな」
とオヤジは他人事のように笑いながら言ったが、すかさず
「それはお前も一緒や」
と同い年の安藤さんにツッコまれていた。
「まあ、あんまり早食いすると身体に悪いぞ」
とオヤジが話題を変えるように言ったが、
「お前がそれを言うか?」
と更に安藤さんにツッコまれていた。
「ふん!」
とオヤジは鼻であしらったが、このオヤジたちは結構同じネタを引っ張る。これもオッサンの習性か?
しかしオヤジも早食いであることはこれで分かった。
「ところで……どや、驚いたやろ?」
オヤジは残っていたビールを飲み干すと、軽く視線を美乃梨に向けて楽しそうに聞いてきた。流石にこれ以上このくだらないネタで引っ張るのは止めたようだ。美乃梨は僕と視線が合うと舌を出してオヤジの陰に隠れた。
「あぁ。なんか腹立つわぁ」
「ははは。俺が教室におれんかったのは残念やったけど、大体は美乃梨に聞いたわ」
と愉快そうにオヤジは僕の顔を見て笑った。
「美乃梨! また余計な事を言うたやろ」
「事実しか言うてないよ」
と美乃梨はオヤジの陰に隠れたまま応えた。
「ふん!」
これ以上何を言っても無駄だと悟ったので、それ以上はツッコまずに
「コーラ下さい」
と安藤さんに注文した。
「ほいよ」
と安藤さんは笑いながら僕の目の前にコーラを置いた。
「まあ、本家の頼みやからな。断る訳にもいかんし、美乃梨の事を考えたら、こっちでちゃんと対応した方がええやろからジジイが引き取る事にしたんや。それにババァもおるしな」
オヤジは空いたグラスを持ったままそう言った。話をしながら次に何を飲もうかと考えているようだった。
「うん。それは分かっとうけど……」
と答えながらも『でも俺に隠す必要は無かったやろう』と心の中でまだ思っていた。
しかし今はそれ以上にオヤジに話したい事があった。
「これからお前もちゃんと美乃梨の面倒見たれな」
「うん。分かった」
僕はコーラを飲みながら頷いた。
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