第186話 疑いは晴れたのか?
まさかこのタイミングでそんな核心に触れる質問をされるとは思っていなかったので一瞬言葉に詰まってしまったが、結果は予想外に興味の中心が別の話題へと移ってくれた。
その代わり場の空気が違う意味で一気に重くなった。
しかしこれは僕にとってラッキーかもしれない。僕は覚悟を決めて事実を少しだけ話す事にした。
「実は……美乃梨の家の仏間でなんか得体の知れん……俺の父さんに言わすと魑魅魍魎の類が出てきたんや。それを父さんがその場で祓ったんやけど、こんな話は言っても信じて貰えんやろうから言わんかったんや」
それを聞いて
「ホンマに? それ凄いやん。私も見たい!!」
と冴子が叫んだ。いつもは何事も疑い深い上にバカにする冴子がこの話は信じたようだ。
「お前、こんな話信じられんのか?」
予想外のリアクションに思わず冴子に聞き返してしまった。
「いや、なんか凄いやん……それってその場にいた全員が見たんやろ?」
冴子は全く疑っていないようだ。
「見たというか……確かに見えたけど……父さん以外は全員金縛りにあったというか……」
「それホンマなん?」
拓哉が驚いた表情で聞いてきた。ちょっとビビっているかもしれない。
「うん。ホンマや。俺もめっちゃ驚いたわ。なんせ部屋の電気は急に消えるし、金縛りには遭うし、仏壇の前に変な影が見えたしな……」
こうなったら真実を語る方が早いと思い、僕はあの夜に起きた事をかいつまんで話した。
その時、哲也がチェロでトワイライトゾーンのテーマソングを鳴らした。怪しい音色が音楽室に響く。
「やめれ! 効果音は要らん!!」
と拓哉が苦笑いしながら身をすくめた。どうやら彼はこの手の話が本気で苦手らしい。
「それならこれの方がもっと似合うわ」
というと冴子がヴァイオリンを取り出して金切り声のような音を響かせた。
彼女が弾いたのは『サイコ』という映画の恐怖シーンに使われた『マーダー』というあまりにも有名な曲だった。
「ああ、それ聞いた事があるわ。私も知っとぅ」
そう言うと宏美もその音に被せて弾き出した。更に恐怖を煽るような音が音楽室に響いた。冷えた音の粒が重なって飛び散っていた。即興で弾いたとは思えないほどの完成度の不気味な音だった。
違う意味で感動した。
「いや、ホンマにやめてくれ! シャレにならんわ」
間違いない。拓哉は怪談話が苦手だ。今この瞬間ここにいた全員がそれを確認した。これはいつか使えそうだと皆が確信したのは間違いないだろう。
「でも亮平のお父さんがそれを祓ったんやろぉ? やっぱり恰好ええなぁ……」
冴子は拓哉をいじるのも飽きたのかヴァイオリンを置いて話題を戻した。
僕としてはこのまま話題を逸らしたかったがそう簡単には行かないようだ。
「まあ、美乃梨もそう言うとったなぁ……」
「やっぱりって……冴子、お前は亮平のオトンの事知っとんのか?」
哲也が聞いた。
「知っとぉで。私のお父さんと亮平のお父さんは同級生やし家も近所やもん」
「へぇ……そうなんやぁ」
「宏美も知っとぉやんなぁ」
と冴子は宏美に同意を求めるように話を振った。
「え? うん……知っとぉ」
宏美は冴子の振りに虚を突かれたように戸惑いながら答えた。
宏美にとっては僕のオヤジは倒産の憂き目から家族を救ってくれた恩人になるのだろう。冴子みたいにひとことで答えられるような気やすい存在ではないなのかもしれない。僕は宏美の横顔を見ながらそう思った。
「うん。とっても凄い人……」
「でも、なんでそんな事ができんのや?」
哲也が聞いてきた。
「そんな事って?」
「いや、そのなんや魑魅魍魎の類って言うのか? そんなもん祓うって、お前の親父は霊能力者か? 神主さんかぁ?」
「知らんわ、そんなもん。でもなんか若い頃からそんな事よくあったっていうとったけどな」
哲也のツッコミに僕は適当に答えをはぐらかした。
「まあ、俺の父さんの話はええやん。兎に角、美乃梨はこれからは同じ学校の同級生やから、よろしく頼むわ」
と僕は四人に向かって頭を下げた。
「うん。またちゃんと従妹ちゃん紹介してや」
と冴子が言うと哲也も
「そうやな」
と頷いた。
僕の疑惑はこれで全て解けたようだ……と言うか、もしかして最初から疑っていなかったのかもしれないという気がしないでもなかった。それほど思った以上に彼らは追求せずに僕の話を聞き終わった。
「さて、亮平の不倫疑惑も晴れたことやし練習はじめよかぁ……」
と哲也がチェロを構えた。
それを合図に冴子も立ち上がり
「宏美、行こか!」
と声を掛けた。
聞きたい事が聞けた冴子は、もうこんなところには用が無いとばかりにさっさとヴァイオリンを持って音楽室を出て行った。
「うん」
宏美も疑惑が解けたようでいつもの空気で冴子に返事を返していた。
僕はそれを見て肩の荷が下りた様にホッとした。
――宏美と冴子には美乃梨をちゃんと紹介せなあかんな――
と二人の後姿を目で追いながらそんな事を考えていた。
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