第185話 尋問


 この日、僕は美乃梨と一緒に帰ってやりたかったが、部活があったのでそれは出来なかった。彼女は気にすることなく、さっさと仲良くなったクラスメイトと一緒に帰って行った。本当に順応力の高い女子だ。


 放課後、僕がいつものように音楽室で哲也と拓哉と練習していると、音楽室の扉を遠慮なく開け放って入ってきたのは冴子だった。その後について入ってきた宏美が静かに扉を閉めた。


「お前ら練習は?」

と哲也が声を掛けた。


「ちょっと休憩……それはそうと亮平! あんたの従妹が転校してきたらしいやん」

と冴子が報告が遅れた部下を問い詰めるような空気を漂わせながら聞いてきた。

彼女たちは休憩と言いながらそれを聞きたくてここにやってきたに違いなかった。どうやら昼休みに宏美から冴子へと情報が伝わったようだ。


 この前の冴子との一件以来、彼女に会うとちょっと緊張するがそれを悟られないように、いつものような態度で接していた。そんな僕の想いとは裏腹に、冴子は憎たらしいほどに全くいつもの冴子だった。


「俺も知らんかったんや」

と答えたが、冴子だけでなく他の三人も興味津々という雰囲気を漂わせていた。

どうやら『家の都合で』だけでは納得してもらえそうに無い事はこの時点で良く分かった。


「なんでこんな中途半端な時期に従妹が転校してくるんや?」

口火を切ったのは哲也だった。


「それは俺も詳しくは知らんねん。元々はうちが藤崎家の本家筋で巫女の家系やったんや。だから先祖代々伝わる礼儀作法をうちの爺ちゃんのところに習いに来たみたいや」

と咄嗟にしては中々上出来な言い訳を思いついた。

どうやら僕は本番に強いタイプかもしれないと心の中で自画自賛した。


「ホンマかぁ? そのためだけに転校したん?」


「ホンマや。どうせ大学はこっちの大学に行くつもりやったそうやから、『それなら早いうちに行きたい』と言って来たみたい」

これは嘘ではなかった。実際に美乃梨がそう言っていた。


「せっかち過ぎひんかぁ?」

哲也のくせになかなか納得しない。


「早く都会に出たかったんやろ」


「都会ねえ……それなら東京に行けばええのに」


「関東には親戚はおらんし、それって意味ないやん」

やっぱり哲也だ。こいつは何にも考えていない。


「そうやった。お前の爺ちゃんに用があったんやったな……それにしてもわざわざ転校してまで習いに来る礼儀作法ってなんや?」


「知るか。俺は巫女やないから分かるわけないやろ」


「そっかぁ。それもそうやな」

哲也はこれで納得した様だ。単純な奴で良かった。友達は単純なバカに限る。


「で、あの夜ってなぁに?」

予想通り宏美が聞いてきた。

そう、問題は宏美だ。哲也なんかどうだってよい。


 彼女は美乃梨がここに来た理由よりも、『あの夜』の方が気になって仕方がない様だ。本当に美乃梨のひと言は余計だった。


 哲也のように単純なバカであれば助かるのだが、宏美は哲也と違って頭も勘も良い。中途半端なその場限りの言い訳はあとで禍根として降りかかる可能性もある。

自分の彼女に単純なバカは遠慮したいが、この時だけはそれを取り下げたい気分だった。


「あれは美乃梨がわざと思わせぶりな言い方をしただけや。田舎に帰った時に夜中に仏間で俺の父さんが怪談話をしただけや」

と適当に誤魔化した。全くの嘘ではない。もっとも怪談話よりも相当怖い思いをしたが、色々な意味で……。


「ホンマにぃ?」

 宏美は怪しそうに疑いの目を向けてきた。ここにいる全員がまだ僕の事を疑っているようだ。まるで裁判にかけられている被疑者のような心境になったが、ここは是が非でも身の潔白を証明しなくてはならない。


「ホンマやって。俺の父さんも一緒におったんやから間違いないって……それに他の親戚連中もおったし」

口から出まかせ……いや全てが嘘ではない……とはいえ、よくもまぁこんなに咄嗟に言い逃れが出来るものだと我ながら感心していた。

間違いなく僕は追い込まれたら実力を発揮するタイプだと確信した。


「ただそれだけであんな言い方するぅ?」

と宏美は疑いの眼を向けてきた。やはり僕の彼女は哲也の様に単純なバカではない様だ。それはそれで安心するが、やはり今はちょっと困る。

僕がそのもっともな質問に答える前に


「そん時に何か出たとか?」

と唐突に冴子が聞いてきた。


「え……いや、そ、それは……」

一瞬言いよどんでしまった。

何とか宏美の質問に上手く答えようと考えている最中に予想外のツッコミが入ったので、一瞬頭の中が真っ白になった。

実際には出たんだから仕方ない。とっさにそれが表情に現れたのかもしれない。


 ただそれでこの場にいた全員が


「何かあったんや……」

と理解したようで、お互いの顔を不安げな表情で見まわしていた。

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