第161話 美乃梨の力

 オヤジはお嬢から視線を外さずに答えた。

「そうや。美乃梨には見える力と……呼び寄せる力がある……そうやな。お嬢」


「一平、流石じゃのぉ……判っておったようじゃな」


「まあね。正直に言うと今ここで二人のやり取りを見ていて確信したんやけどね」


「そうか……」

お嬢は心なしか気が抜けたような返事をしてオヤジを見ていた。


「呼び寄せる力があるという事は守人になる可能性もあるっていう事なんやな?お嬢……そうやな?」


「ああ、確かにお主の言う通りじゃ。だが可能性だけじゃ。お主の状況とは全く違う」


「まあ、そうやな……でも、このまま見なかった事にしておくこともできんやろう?」


 僕は二人の会話を聞いて驚いた。美乃梨にも同じように守人になる力があったとは思ってもいなかった。


 美乃梨に視線を向けると彼女も同じように驚いていた。僕の視線に気が付くとすがるような目で返して来たが、黙って見つめ返すしかできなかった。そのやり場のない視線を、今は話の続きを聞くしかないとオヤジとお嬢に戻した。

それは美乃梨にも伝わったようだった。美乃梨も視線を二人に移した。


 オヤジは更に話を続けた。

「美乃梨の呼び寄せる力は『癒し』やな。間違いないな?」


「ああ、そうじゃ。ワシが追い払った魑魅魍魎の類は、美乃梨に救いを求めて集まっていきよる」


「だから、こんなに早く妖気が集まったんやな」


「その通りじゃ」

お嬢は観念したようにオヤジのいう事に受け応えしていた。


「そんなもん、このまま美乃梨を放って置く事は出来んだろう?」


「まぁ……そうじゃな……」


「そうじゃな……ってホンマにこのお嬢は……」

そういうとオヤジは呆れ返ったようにため息をついた。


「これからは追い払うだけでは済ませられんな……」

とまるで他人事のようにお嬢は言った。


「そうやな……」

オヤジは頭を掻きむしっていた。一気に色々と考えているようだった。

そして美乃梨に振りむいた。眉間に軽く皺が寄っていた。オヤジ自身も結論を出し渋っているような表情だった。しかしここでの結論は一つしかないと僕にでも分かっていた。


 今度はオヤジよりも先にお嬢が口を開いた。

「美乃梨よ、お主は本当にそれで良いんじゃな」


「うん」

美乃梨は小さい声で答えた。お嬢を見る美乃梨の瞳はもう驚きの色も困惑の影もなく強い意志があった。


 お嬢はじっと美乃梨を見つめていた。


「うむ。分かった。好きにするが良い」

というと踵を返して森に向かって歩き出した。



「娘子が話し相手になるのは、二百年振りかのぉ……一平よ。後は頼んだぞ」

と呟きながら森へ帰って行った。


 どうやらお嬢も本当は話が相手が欲しかった様だが、問題はそれだけか? 思わず「おい!」とお嬢を呼び止めそうになった。


 あまりにも軽すぎるだろう……。これから美乃梨をどうするんだ?



「ホンマに……お嬢は……まあ、美乃梨、これからお嬢の事を頼むな。暫くは話し相手だけでええから……」

とオヤジがまた頭を掻きながら美乃梨に声を掛けた。オヤジとってはこんなお嬢はいつもの事なんだろう。


「はい」

美乃梨は何か吹っ切れたように返事をした。


「分からん事があったが亮平に聞いたらエエ」


「はい」


「いや、俺も分からん事の方が多いって」

と慌てて返事をしたが、オヤジは全然聞いていなかった。


「そうやったな。まあ、ここにおじさんがおる間に教えられることは教えるから……」

と言いながらオヤジはため息をついた。

どうやらオヤジもお嬢に言いたい事が沢山あるようだ。


 母屋に三人で帰る道すがらオヤジは守人の事を語ってくれた。

既に僕は知っている事だったが美乃梨は初めて聞く事だった。オヤジの話にいちいち頷いて返事をしている美乃梨が僕はおかしかった。まるで授業の後に廊下を歩きながら先生に質問を浴びせている高校生の様だった。


 母屋に着くとそのまま居間でくつろいていた惣領のおじさんの元へ行きオヤジが事の顛末を報告した。


おじさんは驚いた顔で聞いていたが、

「そうかぁ……それはありがたいが……美乃梨は本当にそれで良いのかのぉ?」

と美乃梨の顔を覗き込むように彼女の真意を確かめた。


「うん。良いの。だって私にはそれが見えるんだから……今日初めてお嬢に会えたし」


「そうかぁ……美乃梨もお嬢に会ったかぁ……」

惣領のおじさんは何とも言えない表情で美乃梨の顔をしばらく見ていた。


「これでお嬢も話し相手が出来て寂しくなくなったやろ」

とオヤジは軽く惣領のおじさんに言った。


おじさんは少しズレた老眼鏡を右手の中指で押し戻しながら

「まあ、そうじゃのぉ。ワシャぁ何にも出来んでのぉ、一平、亮平これから美乃梨の事もよろしく頼む」

と頭を下げた。

 

 オヤジは

「ほい。ここにいる間に出来るだけの事はするわ……」

と惣領のおじさんに応えると

「まあ、暫くは何にもないやろうしあったとしても何もせんでええわ。それはワシがするから」

とそのまま美乃梨に話しかけた。


「はい」

美乃梨は素直に頷いた。


「ここ数年はたぶん何も起こらんだろうし、余計な妖気もそれほど溜まらんだろうと思うわ。そこはお嬢も心得てくれるやろう。それまでにはおじさんかあの酔っ払いの爺さんがお掃除に来るから大丈夫や」

と言ってオヤジは笑った。そして

「でも、美乃梨は何かあったらすぐに連絡してくるんやで」

念を押すように美乃梨に言った。


「はい」

美乃梨はそう言って頷いて今度は横目で僕を見た。


「そうやな。亮平にこれから連絡したらええわ」

オヤジもその視線に気が付いた様だ。

僕は黙って頷いた。

美乃梨は笑っていた。


しかしこれから美乃梨はどうなるんだろう? と僕はとても不安だった。

そして漠然とこれで一件落着で終わりではなく、これから何かが始まるような気がしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る