夏休みの部活
第162話 ユルイ部活
田舎から帰って来た僕を待っていたのは、夏休み中のユルイ部活だった。
久しぶりの登校。
ゆるみついでに昼から顔を出そうかとも考えたが、この炎天下に校門へと続く坂道を歩くのが嫌だったので少しでも涼しいと思われる朝から登校する事にした。しかし、朝は朝でやはり暑い。日差しとセミの鳴き声がウザい。ただ昼間よりは涼しいのは明らかだと自分に言い聞かせながら坂道を歩いて行った。
校門をくぐるといつもは聞こえている管楽器の音が聞こえなかった。どうやら我が校の吹奏楽部の夏は市大会で終わっていたようだ。その代わり微かにヴァイオリンの音が校内に響いていた。
もう何人かの部員が来て練習しているようだったが、この音から察すると一年生がほとんどだというのはすぐに分かった。
校舎の中に入ると久しぶりに嗅ぐ学校の匂いがした。学校に来た実感が湧いた。
人影のない校舎。夏休みを実感する。
「おはようっす」
と言って音楽室の扉を開けるとヴァイオリンの音が止まり一年生が一斉に
「おはようございます」
と挨拶を返してきた。
ちょっと嬉しい。本当に新鮮だわ。この感覚。
音楽室には予想通り一年生部員だけだった。
一年生唯一のヴァイオリン経験者の東雲小百合が、未経験者の他の同級生に基礎的な練習をさせていた。
ユルイ部活のはずなのに一年生は案外真面目に練習しているようだ。全員登校していた。
「あ、これ田舎のお土産なんやけど後で食ってよ」
と言って僕は本家からの帰りに買ったお菓子を東雲小百合に渡した。
「ありがとうございます。藤崎先輩」
と言いながら東雲小百合はそれを受け取った。
「うわ、なんだかおいしそう。後で他の先輩も来たら頂きます」
と言ってそれを彼女は教卓の上に置いた。
笑顔が可愛い女の子だな。と思ったが、同時に彼女と口をきいたのはこれが初めてだという事にも気が付いた。
「うん。そうしてよ」
と言って僕はピアノの前に座った。
ピアノ蓋を開けながら
「他の二年生はまだ来てないんや?」
と僕が聞くと水岩恵子が
「今日は藤崎先輩が上級生で一番乗りです。瑞穂先輩と立花先輩がもうすぐ来られると思います。今日はお二人が担当ですから」
と教えてくれた。
「ふぅん。そっかぁ」
後輩たちにそうやって聞いたものの、実はそんな事はどうでも良かった。昨日の夜に宏美に電話して今日は部活に行くと知らせていたので、宏美も来ているかと思っていたのだが彼女はまだ来ていなかった。それが気になっていただけだった。今日は来ないのかもしれない。
僕はバッハの楽譜を広げると暫くその楽譜をじっと見ていた。
――ここで一発目にこの曲を弾くのもなぁ――
僕はバッハに心の中で謝りながら、おもむろにエヴァンゲリオンのテーマソング『残酷な天使のテーゼ』を弾き始めた。
何故かそんな曲が弾きたくなった。今日は朝一からバッハを弾きたい気分ではなくなった。
昨日YuoTubeで格好いいアレンジで弾いている映像を見つけたので早速その真似をして弾いてみたのだが、案外ややこしい……と言うか『見て見て! このテクニック!』と言わんばかりのどうでもいいおかずがちりばめられたアレンジだったが、『こんなもの、俺でも弾ける!』とムキになって完全コピーしてしまった。
――まったく意味のない事しているなぁ――
と自分に呆れながらも、でもこのアレンジは格好いいよなぁ……と、このネットで見つけたピアニストに少しばかり敬意を表しながら僕はこの曲を最後まで弾いた。
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