第153話 オヤジと爺ちゃんの会話
翌朝、オヤジは僕と爺ちゃんが起きる前にお嬢の言っていた二カ所の内、残った西の蔵のお祓いを済ませていた。
三人で朝食を取っていると
「朝からお掃除すると気持ちがええなぁ」
とほうき一本で家の前を掃除してきたようなお気楽な顔でオヤジは僕達に言った。
爺ちゃんはそれを聞いてひとこと
「ご苦労」
と言っただけだった。
朝食は昨年来た時と同じように純和食だった。たまに食べる和食はやはり新鮮で美味しい。一年前と同じように僕は感動しながら食べた。多分いつもより多めに食ったと思う。
「一平……美乃梨にも見えとったようやな」
爺ちゃんは食後のお茶をすすりながら、目の前でまだ朝食を食っているオヤジに聞いた。
「ああ、少しだけな。はっきりと見えていた訳ではないようや。しかしお嬢も歳かな……って千年以上もおって今更っていう感じもするけどな」
とオヤジは笑って言った。それにしてもオヤジはよく食う。お祓いで体力を使い果たしたか?
そう言う僕も爺ちゃんの横に座ってオヤジと同じようにまだ食っていた。
「ふむ」
爺ちゃんは何かを考えているようだった。
オヤジには分からない何かがあるというのだろうか? 僕は爺ちゃんの表情が気になった。
「ねえ、
僕は昨夜から気になっていたその聞き慣れない言葉の意味を爺ちゃんに聞いた。
「言綾根かぁ……まだ一平からは聞かされておらなんだか……」
爺ちゃんはそう言うと視線を僕からオヤジに移した。
「うん。聞いてない。裏山の祠だというのはなんとなく判ったけど……」
僕はオヤジと爺ちゃんの顔を交互に見ながら答えた。
「そうや。その祠になぁ……今日、一緒に行くもんだと思とったからなぁ。さっさと宴会前に一人で行くとは思わなんだわ」
オヤジはそう言うと茶碗を置いてお茶を飲みだした。やっと食事を終えたようだ。
「うむ。ちょっと気になってな。あまりにも妖気が溜まっておったからな」
「そうやったな。オヤジは妖気には敏感やからな。で、この前はいつやったんや?」
少し考えてから爺ちゃんは
「六年前か……」
と言葉少なに答えた。
「六年? 結構、早かったな……裏山を見た時はもう二十年分ぐらいの妖気が溜まっとるなぁとは思っていたんやけど……たった六年やったんや」
オヤジは意外そうな表情で爺ちゃんに聞き直した。
「そうや。早すぎや。だから気になったんや」
爺ちゃんは湯飲み茶わんを見つめてそう言った。
僕には二人の会話が理解できなかった。ただ妖気に関しては何となく僕も感じていたのでそれなりに理解はできたつもりでいた。
オヤジは僕に視線を移すと
「言綾根っていうのは、うちの始祖に当たるご先祖様を祀った場所や」
と教えてくれた。
「それが裏山の祠の事なんや?」
「そうや。本家の裏にある」
「そこってご先祖様の墓とちゃうの?」
「そのまだ奥や」
オヤジはそう言うと爺ちゃんに
「一人で行ったんか?」
と聞いた。
「いいや、宴会が始まる前に惣領と行った」
「そうかぁ……惣領も行ったのか……じゃあ主にも会ったんや」
「いや、今回は
「ほぉ。珍しい。姫だけとは……」
オヤジはそう言うと僕に
「主って言うのはこの本家の始祖みたいな人や。姫神子様はその奥さん」
と教えてくれた。
「え? お嬢みたいもん?」
「そうや。大雑把に言えばな。それに会えるのは守人であるうちの家系の人間と惣領だけや」
「あんな摩訶不思議なもんがあと二人もおるんや」
と思わず声を上げてしまった。
「そうや。そんなもんがこの家にはおんねん」
オヤジは笑いながら呆れ果てたように言った。
「どんな家やねん……」
僕も驚きながら呆れていた。こんな話を信じられるか! と思っていたが、その内にお嬢のように目の当たりにするんだろうなという予感がした。
「いつまでも鬱陶しいご先祖様やろう?」
とオヤジが笑いながら聞いてきた。
「ホンマやったら一平も亮平もそれを惣領として継がなあかんようになっていたんや」
爺ちゃんが僕達二人を諭すように話に割って入った。
オヤジと僕は爺ちゃんを見た。
「今回の件はちょっと時期が早かった。そして、ワシら以外に美乃梨が聞こえたり見えたりした……というのが引っかかるんじゃ」
「え? そうなん?」
僕は爺ちゃんに聞いた。
「ああ、確かにワシら一族は霊感みたいなもんが強い。憲吾の家も同じじゃ。ただ、うち以外の家はただ見えるだけで何の力もない。だからお嬢の力で見えないように抑え込まれていたんや」
「それはお嬢の力が衰えていたからとちゃうんか?」
オヤジが湯飲みにお茶を注ぎながら聞いた。それを見た爺ちゃんは黙って自分の湯飲みを差し出した。
オヤジは黙ってそれにお茶を注ぐと、ついでのように僕の湯飲みにもお茶を入れてくれた。
爺ちゃんはお茶をすすると湯飲みをテーブルに置いて
「本当にそう思うか? 確かにお嬢の力は今は弱い。でもそれは今まで何度も経験して来た事や。弱くなった時の為にワシら守人がおるんやからな。今回かてそんなに弱くはなってへん。想定の範囲内や。ただ……」
と言葉をそこで切った。
「ただ……なんや?」
オヤジが話の続きを促した。
「いや、今回は魑魅魍魎の類いが多過ぎた。集まるのが早すぎた。それも一気に言綾根まで妖気が漂っていた。そこは結界が張られているからそうやすやす溜まらん場所なのにだ……それが気にかかるんじゃ」
「そうかぁ……そう言われたらそうやな……」
オヤジも爺ちゃんの話を聞いて考えるところがあったようだ。
「お嬢はジジイに何も言ってきてないんやろ?」
オヤジは爺ちゃんの顔をじっと見つめて聞いた。
「ああ」
「だったらそれほど
「ワシもそう思う。多分ワシの考え過ぎじゃろうとな」
「ふぅん」
オヤジがため息とも返事とも取れない何とも中途半端な声を出して考え出した。
「亮平」
唐突にオヤジは僕の名を呼んだ。
「え? なに?」
「お前はここにおる間は美乃梨の事を気にかけて見といたって」
「はぁ?」
何を唐突にこの爺さんは言い出すのかと僕は思わず聞き返してしまった。
「お前と美乃梨は同い年やろう?話も合うやろうし。まあ、心配は要らんと思うけど、ちょっと様子を見とけ」
確かに美乃梨とは同い年だが、話が合うとは限らんぞと反論したかったが、この場の雰囲気でその台詞は吐けなかった。爺ちゃんを見ると黙って頷いた。
「うん……」
とだけ答えた。
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