第151話  ルーツ


「元々、うちの一族は霊感が強い家系や。元は神の言葉を代言する家系やったんや。要するに神事・祭祀をつかさどった神別と呼ばれた豪族や。そんで時代が下りて平安時代の終わりにこの地方に荘園の代官として来て、この地の豪族のかんなぎと結ばれたのがこの本家の始まりや。だから元々霊感だけは本家・分家関係なく強い家系なんや」


うちの家系は酒も強いが霊感も強かったのか。まさかここで自分の家のルーツを聞くとは思わなかった。


「え? そうなん? でもうち以外に見える家は無かったやん」

と僕が反論すると

「そうや、見えるだけやったら守人になれん。魑魅魍魎の物の怪の類からお嬢を守り、一族を守る。守人になるのはそれだけの力と守り通すという強い意志が無いとあかんのや。だから守人は本家筋にしか出なかったんや」

とオヤジは教えてくれた。


「お嬢を守る?」

僕は聞き返した。

もしかしたら仏間でオヤジが言った『今回の出来事の原因はお嬢だ』の言葉の意味も聞けるのではないかと思ったからだ。


「そうや……いつもはお嬢がこの家の事を見守ってくれている。一族を守ってくれとるんや。禍々しいモノはお嬢が全部防いでくれとる……けど、それも年月が経つとお嬢だけではさばききれなくなるんや。溜まりに溜まってな。元々、お嬢の存在自体がイレギュラーや。本来ならあってはならん存在や。なのにここにおる。だから歪が溜まる。そうするとお嬢の力だけではどうしようもなくなって色々と周りに物の怪や魑魅魍魎の類を引き寄せたままになる訳や」


 オヤジはそこまで一気に話をすると一呼吸おいて続きを話しだした。

お嬢は黙って聞いている。


「そうやって、色んなもんが勝手に寄って来る訳やな……守人って言うのはな、この家を守る人でもあるけど、そんな時のお嬢を訳の分からんモノから守るのもその役目なんや」

と守人の存在意義を語り出した。

初めて聞く話だ。


「え? そうなんや!」

僕は思わず声を上げた。今の話でオヤジが仏間で言った言葉の意味は、おおよそ見当がついたが守人がお嬢まで守っているという話は予想外だった。


「ああ、そうや。まだお前には教えてなんだけど」


「じゃあ、今のお嬢は?」

僕は視線をお嬢に移した。


「まあ、動きたくても動けない状態や。本家を守るので今は精一杯な状況やろうな」


「大丈夫なん?」


「ああ、大丈夫や。本家だけならまだ余裕あるからな」

そう言ってオヤジもお嬢の姿をじっと見つめた。

お嬢は相変わらず黙ったままだ。


「守人はそういう事までやらなあかんのや。見えるだけでは守人にはなれんのや。だから、うち以外の他の家の奴らには余計なものが見えへんようにお嬢が抑えてたんや。お嬢が力のない者には敢えて見えないように封印していたんや。変に見えると力もないのに錯覚して『怖いもの知らずのチャレンジャー』になりよるからな。誰かさんみたいに……」

オヤジはそう言って僕を笑いながら横目で見た。


「ごめんなさい……」

僕は謝るしかなかった。


「ま、だから美乃梨が見えたり聞こえたりしたという事は、あまり良い事とは言えんのや」


「あ、そうか……という事は」


「ああ、そう言う事や。力のない美乃梨にも見えたというのはお嬢が抑えきれなくなったという事や……」

オヤジはそう言うと再びお嬢に向かって


「お嬢! ホンマに大丈夫か?」

と確かめるように聞いた。


「お主等の心配は要らん。まだまだ大丈夫じゃ」

お嬢は気丈にもそう言ってオヤジの心配を一蹴した。


 オヤジは暫く腕組みをしたまま黙ってお嬢を見ていた。お嬢もオヤジを無表情で見ている。


すっとオヤジは腕組みを解き首筋を掻きながら

「まぁ、ええわ。今回は暫くおったるからな」

と言ってその場に座り込んだ。僕も同じようにオヤジの隣に座った。

草が夜露に濡れていた。


「ええ感じの三日月や。お嬢も見てみい」

オヤジはそう言って空を見上げた。


 お嬢は空を見上げて

「あの月が満ちるまでお前もここにおるが良い」

と言った。


 それを聞いてオヤジは何故か笑った。そしてズボンの尻ポケットからスキットルを取り出すと、キャップを開けて一口飲んだ。多分中身はオヤジの好きなスコッチだろう。

あのスキットルはこの正月に安藤さんから貰ったものかもしれない。見覚えがあったが自信はなかった。


「ふぅ」

オヤジは息を空に向かって吐くと


「あと十日ぐらいかぁ……まあ、それぐらいならおれるやろう……もしその間に仕事が入ったら亮平を置いとくわ」

と、お嬢に言った。


「……という事で、もし急な仕事が入ったらワシは帰るからな、後はよろしく。ジジイも置いていくからお嬢のついでにジジイの面倒も見といてくれな」

と僕に向かってにこやかに言った。オヤジは気安く僕をお嬢に売り払った。


「え?! こんな状態で?」

僕は慌ててオヤジに聞いた。


「ああ大丈夫や。明日さっさと片付けてきれいに掃除しといてやるから……」


「でも……」


「心配せんでも最低でも一週間はワシもおるから大丈夫や」

それを聞いて少しは安心したが、不安は残る。まあ、爺ちゃんも一緒に残ってくれるみたいなので大丈夫だとは思うが……。


お嬢は相変わらず無表情でオヤジを見ていた。



 その時、背後で人の気配がした。僕は振り返ったがオヤジは振り返りもしなかった。

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