第150話 お嬢とオヤジ
――何故、今回の事はお嬢が原因なんだ?――
宴会場と化した本家の広間に戻ってからも僕はずっとその事ばかりを考えていた。
僕達が広間に戻った時に上座に座っていた義雄おじさんがチラッとこっちを見た。オヤジになにか目配せをしたようにも見えた。オヤジはそれに応えるように上座に歩いて行った。
僕はお嬢の事を考えながら、オヤジを目で追いかけていた。
オヤジは義雄のおじさん隣にしゃがむと耳元で何か話をした。多分さっき真由美ちゃんの家であった事を話しているんだろう。
おじさんは心臓が悪いと言いながらも奥さんの目を盗んでお酒を飲んでほろ酔い加減になっていたが、少し驚いたような顔でオヤジを見た。しかしオヤジが笑いながら話をするのを見て安心したようで、手招きして「おい、憲吾」と真由美ちゃんの父親を呼んだ。
呼ばれた憲吾おじさんはオヤジの横に座った。
オヤジは憲吾おじさんにも同じ話をしたようだが、おじさんは明らかに驚いていた。そして僕達を見ると頷いてから
「一平ちゃん、面倒かけたな」
とオヤジに詫びていた。
「なんの、気にせんでええって、うちの亮平が先走ってもうたんがそもそもの原因やから。でもお陰で仏間のお掃除はもう済んだで」
と笑いながら手を横に振って立ち上がった。そのままオヤジは僕の前まで来ると、僕を見下ろして顎でついてくるようにと合図をした。
真由美ちゃんと美乃梨が心配そうに僕を見ていたが、僕は何も言わずに立ち上がってオヤジの後をまた黙ってついて行った。背中で「真由美!美乃梨!」と呼んでいる憲吾おじさんの声がした。
オヤジは玄関から下駄を履いてそのまま外に出ると、ご先祖様のお墓がある裏庭に向かって歩き出した。
――夜中に墓場で説教は嫌だなぁ――
と思いながらも僕はオヤジの怒りを覚悟して歩いた。
オヤジは一言もしゃべらずに歩いている。僕はそのあとをまたトボトボとついて歩いた。
オヤジは裏庭に向かわずに途中で森へ続く細い道へと歩いて行った。
虫の声が大きくなったような気がした。
――ここはお嬢と初めて会った場所に向かう道だ――
オヤジは無言で小道を抜けると、月明かりに照らされた広場のような原っぱで立ち止まった。
腕組みをして仁王立ちのオヤジ。月の光を浴びてなんだかいつものオヤジとは違うなにか神々しさを感じた。
程なくしてお嬢が原っぱの向こうから姿を現した。月の明かりが淡い光でお嬢の顔を照らしていた。
「一平か、よう来たの」
相変わらずの無表情だ。
「そうや。亮平もおる」
「うむ」
「憲ちゃんのところの物の怪は消しといた。他のはどこや?」
オヤジは腕組みしたままお嬢に聞いた。
「流石よのぉ……お主は素早いわ」
「それを言うなら亮平に言え。あれをおびき出したのは亮平や」
「そうなのか」
お嬢は目を見開いて僕の顔をじっと見た。
「うん。でもその前に美乃梨が気ぃ付いとった。あの子には何かを感じる力があるみたい」
と僕が言うと
「そうよのぉ。美乃梨にのぉ……」
お嬢は軽く目を細めて頷いた。いつもの無表情が少し動いた。
そしてオヤジを見ると
「後は言綾根(ことあやね)と西の蔵辺りに出とるようじゃ」
とだけ言った。
「ふむ。やっぱりそうか。裏山の祠にも出てんのかぁ……それらは明日片付けとくわ」
オヤジは買い物のついでのお使いに行くような気安さでお嬢の頼みを受けていた。
言綾根とは本家の裏山にある祠の事を言うらしい。裏庭には先祖の墓以外にも祠まであったようだ。
「よろしく頼むぞ」
お嬢はそう言うとオヤジに頭を下げた。
「やっぱり、その二つはジジイにやらそうかな」
「そうじゃ、そうせい。して、その洋介はどうしておる?」
お嬢は爺さんの名前を口にした。
「本家で惣領と飲んどるわ」
「あやつは、いの一番でここに来ないかんじゃろうが……」
「まあ、そう言いな。明日は連れて来てやるから。その前に俺が片付けておいてやるわ」
とオヤジは機嫌良さげにお嬢の頼みを聞いた。
「ふむ。お主なら大丈夫じゃろう。任せたわ」
「ふん。よく言うわ。で、本家は大丈夫なんか?」
「お主も見たじゃろう。本家には指一本触れさせておらぬわ」
「まあねえ……でも取りこぼしが多いわ。歳か?」
「あほ抜かせ」
「じゃあ、美乃梨はどういう事や」
オヤジの横顔が一気に険しくなった。
「……」
お嬢は黙ってオヤジを見つめていた。お嬢はいつものように無表情だった。だからいつもは何を考えているかよく分からないのだが、今はその無表情もオヤジに言い返せない悔しさがにじみ出ているように思えた。
そう言えば、今日のお嬢は去年会った時よりも雰囲気が少し違うような気がしていた。そう、あの時の威圧感というか存在感が薄まているような気がした。
しかし、オヤジの台詞はどういう意味なんだろう。美乃梨に物の怪が見えたり声が聞こえたりしたことを責めているのか? もしかしてそれもお嬢のせいなのか?
「父さん、美乃梨も守人になるの?」
と僕は思わず聞いてしまった。
「それはない」
とオヤジは振り向きもせずに軽く首を横に振った。
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