第149話 説教
「さて……と」
と言ってオヤジは立ち上がると仏壇に近寄り、しげしげと眺めてから
「本家に妖気が溜まっとるなとは思っていたけど、ここに出たか……」
と呟いた。
「妖気って……って父さん、この事が分かっとったんか?」
「まあな。でもなぁ、ここの仏間に出ると確信があった訳ではなかったんやけどな」
とにこやかに笑って言った。
「お前らが宴会から抜け出すのが見えたから単純に何かあるなとは思ったんや……で、ついてきて正解やったな」
と畳の上に屁垂れ込んでいる僕たちを見下ろして愉快そうに言った。
「なんでそんなんで何かあるって分かるんや」
と僕が食って掛かると、
「こういう場合はな、ガキがろくでもない事をやらかすようになっとんや。昔からのお約束やな」
と更に機嫌よさげに笑った。
「ま、ここに来た時から真由美ん家に何かおりそうやなとは思っていたんや、そこにお前らがこそこそと出て行ったわけや。まず間違いなくここやろうと……真由美に何か言われて行きよったわって思ったわけや」
「なんや、父さんには見えとったんや」
「まあな。気が付いてなかったのはお前だけや」
「え? 爺ちゃんにも見えていたんか?」
「見えていたかどうかは知らんが、ちゃんと分かっとったで。ここに着いた時に言うとったからな」
オヤジは事も無げにそう言った。
どうやらこの三人の中で僕だけ気が付いていなかったようだ。
二人はここに来た時にちゃんと家の周りを見ていた様だ。爺ちゃんもただ単にはしゃいでいた訳ではなかった。
「しかし、感心できひんな。亮平。お前はいつから霊能力者になったんや?」
オヤジの目は厳しかった。初めて見る厳しい表情のオヤジだった。
「お前に何も教えてなかったワシも悪いんやが、お前はこの四人巻き込んでしまうとこやったんやぞ。分かっとんか?」
「うん。分かっとぉ」
オヤジに言われるまでもなく僕も後悔していた。
あの時オヤジに一言いうべきだった。軽く考えていた。
オヤジは僕の顔をじっと見ていた。こんな厳しい表情のオヤジを見たのは初めてだった。さっきの魑魅魍魎よりも厳しい威圧感を感じた。
と同時に
――オヤジに怒られるってこういう事か――
怒られながら、少しだけ感動していた。生まれてから17年、初めて父親に怒られた。しかし怒らせると物の怪よりも怖いオヤジとはこれ如何に。
オヤジはすっと視線を外すと
「分かっとんやったらもうええ」
と言ってそのまま畳の上に腰を下ろした。正直言って僕はホッとした。確かに新鮮な感覚だが、これ以上はオヤジに怒られたくはない。
オヤジは真由美ちゃんと美乃梨を見て
「怖かったやろ?」
と優しく聞いた。
二人は黙って頷いた。
「でもな。もう大丈夫やで。もう出えへんからな。今回のはたまたまここに現れただけやから、もう心配する事もないからな」
まるで除霊の終わった霊媒師のようにオヤジは言った。事実、今オヤジがした事はまさにそれだったが……。
「本当に?」
美乃梨が上目遣いでオヤジを見ながら聞いた。
「ああ。大丈夫や。美乃梨には何が見えていたんや?」
オヤジは改めて美乃梨に同じ質問を繰り返した。
「うん。仏壇が青白く光っていた……で、なんか動いていたのは分かった。あとは黒い影が見えた」
と美乃梨はさっきの恐怖が蘇ったのか顔が強張っていた。
「それと亮ちゃんの背中に乗っていたお爺さんとお婆さん……ご先祖様?……それも見えた」
そういうと美乃梨は僕に一瞬視線を移した。
「ふむ。そうか……」
オヤジは美乃梨の言葉を聞いて少し考え事をしているようだった。
「うん。春ぐらいから変な声が聞こえるようになってんけど、こんなんは今日が初めて。おっちゃん、あれなんやったん?」
美乃梨はオヤジの表情を窺いながら不安げに聞いた。
「そうか、そうか……その春ぐらいから美乃梨に聞こえていた声っていうのは、多分ご先祖様の声なんやろうな」
オヤジは少し考えてから美乃梨に答えた。
「え?」
美乃梨と真由美ちゃんは同時に驚いたような表情でオヤジを見つめた。
「ご先祖様がこれ以上この家に変な物の怪を入れないようにしようと頑張ってたみたいやけど、それが聞こえたんやろう」
「そうなんや」
美乃梨が呟いた。声には安堵のため息が少し混ざっていた。
「そうやで。ご先祖様は頑張っとんやで。そこへうちの亮平が来たもんやから、『こりゃちょうどええわ』ってこいつの背中で休憩しとったみたいや」
そう言うとオヤジは声を上げて笑った。
部屋の空気が少し軽くなったような気がしたが、僕は面白くなかった。
「お嬢は?」
僕はオヤジに聞いた。こんな時こそお嬢が現れるべきじゃないのかと僕は思っていた。
「ああ、お嬢か? なんでお嬢が現れなかったのかってか?」
「うん。この家を守るのはお嬢の役目やないの?」
「ふむ」
オヤジはビールを一口飲むと
「普通はな……でも今回は違う……今回のはお嬢が原因やからや」
と意外な言葉を口にした。
「え?お嬢が?」
「そうや」
オヤジはそう言うと缶ビールを一気に飲み干してから立ち上がった。
缶ビールを軽く振ると
「ほな、本家にもどるで」
と、オヤジはそう言って僕達を立たせた。
僕達はトボトボとオヤジ後をついて本家に戻った。そして宴会場と化した広間の末席に大人しく座った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます