第145話 本家

 翌週、僕とオヤジと爺ちゃんの三人は本家に居た。

勿論ここにいる間は部活は休む。ユルイ部活で本当に良かった。

 爺ちゃんは三人で来るのが楽しかったのかとても嬉しそうだった。そして夜は去年僕達が来た時と同じように本家で宴会になった。


 僕は取りあえず食うだけ食うと、早々に同世代の親戚連中と一緒に隣の部屋に避難した。

オヤジと爺ちゃんは本家のオジサン連中と絶好調に宴会中だった。今回は爺ちゃんまで来るというので前回来ていなかった親戚までもやってきていた。やはり元本家筋はいまだに人気者のようだ。


 それにしても本当にここは親戚が多い。そして一族全員酒が強い。もちろん僕の爺ちゃんもオヤジもよく飲む。大酒飲みは藤崎家の血筋かもしれない。


 隣の部屋に一緒に避難したのは去年も会った裕也と圭祐と真由美ちゃん。そして今回は真由美ちゃんの妹の美乃梨もいた。


「ねえ、亮ちゃんはお嬢と話ができたんやったよねぇ?」

と真由美ちゃんが真剣な顔をして聞いてきた。何か切迫感を感じる。


 真由美ちゃんの長い髪は去年の夏と同じだったが、前髪はおかっぱ風に切りそろえてはいなかった。密かにその髪型を気に入っていた僕は少し残念だった。


 昨年会った時はワンピース姿だったが、今年は薄いブルーのベイズリー柄のノースリブのブラウスに、七分丈のデニムのパンツといういで立ちだった。少し大人の香りを真由美ちゃんから感じた。

一年経ったら真由美ちゃんは一人の女性になっていた……。たった一つしか歳は違わないのに、とても大人の女性に見えた。


「え? お嬢とは会ったで……どないしたん?」

 真由美ちゃんは僕がお嬢に会ってめでたく? 守人としてお嬢に認められた事を知っているはずだ。去年の夏にその話をした記憶があった。

なんでいまさら聞くんだと僕は不思議だった。


「そうやんなぁ。守人になったんやなぁ」

しみじみと真由美ちゃんは僕の顔を見て言った。なんか彼女にこうやって見つめられるとドキッとする。


「一応ね。まだオヤジや爺ちゃんがおるからな。俺は何にもせえへんねんけど」


「そっかぁ」

そう言いながら真由美ちゃんはまだ何か言いたそうだった。


「なんかあったん?」

僕のその問いに彼女は少し考えてから

「うん。この子がね、この頃ちょっと変やねん」

と美乃梨に視線を移した。


「変?」

僕も視線を美乃梨に移した。


「変とか言わんといて」

 美乃梨は僕の視線をはねのける力もなく、弱々しい声で真由美ちゃんに哀願するように言い返していた。


「だってこの子、急に『変な声が聞こえる』とか、誰も居ない二階やのに『天井から誰かの足音が聞こえる』とか言い出すけん、変としか言いようがなかろうが」

と真由美ちゃんは言葉はきついが心配そうな顔をして美乃梨を見た。


 妹の美乃梨は僕と裕也と同い年で、ネイビーのニットTシャツにデニムのパンツというラフな格好で胡坐をかいて僕の前に座っていた。どこにでもいそうな女子高生だが、顔色がどこか青ざめているように見えた。


 美乃梨は

「だってぇ……本当に聞こえるけん……」

と小声で反論した。


「で、お嬢にこれはどういうことか聞いて欲しいんやけどできる?」

 真由美ちゃんは僕の顔をじっと見つめて聞いてきた。本気で何とかしてほしいという気持ちが伝わってくる。


「聞くのは出来ると思うけど、お嬢にその原因が分かるかなぁ……」

 僕にはお嬢が答えてくれる自信はなかった。だから曖昧な返事しかできなかったが、少しでも詳しい情報が欲しいと思ったので美乃梨に話を聞いた。


「で、いつからどんな声が聞こえんの?」


「聞こえだしたのは、今年の春ぐらいから。うめき声みたいのが一番多い。後はブツブツと耳元近くで小声で何かを呟いている声が聞こえる」

 美乃梨は本当に気味悪そうにそう答えた。まあ、普通はそんなものが聞こえたら不気味で仕方ないだろう。自分自身の気がおかしくなったかと思っても不思議ではない。


 それはとても理解できた。僕も似たような経験に去年見舞われた。はっきり言って突然そんなものが聞こえ始めたら、堪ったもんではない。僕は声には出さなかったが美乃梨にとても同情していた。


「あんたには美乃梨の周りになんか見えへんの?」

と真由美ちゃんは唐突に聞いてきた。


「え?」


「お嬢と会ったら色んなもんが見えるようになるんやないの?」

どうやら、藤崎家の親族の中では守人とはそう言う人という事になっているようだ。あながち間違ってはいないがそれは正確な情報とは言えない。


「まあ、そうやけど……」


「だったら、美乃梨の周りに何か見えたりせえへん?」


「いや、霊能力者やないんやから、そんなもん見えるかいな……まあ、たまに見える事は、この頃あるけど……」

 そう言いながらも美乃梨をじっと見つめたが、何も見えなかった。ただ彼女の影が他の人の影より濃い暗さをもっているような気がしただけだった。


「え? 見える事があるんや?」

真由美ちゃんは驚いたような顔をして声を上げた。自分から聞いておいて失礼な奴だ。


「うん。でも今は……美乃梨を見ても何にも見えへんわ。残念ながらね」

 僕はそう答えるしかなかった。影の事は気のせいかもしれないので僕は敢えて怖がらせるような事を言うのは止めた。


「そっかぁ」

真由美ちゃんは残念そうにため息をついた。


「声が聞こえるのは家に居る時だけ?」

僕は美乃梨に向き直って聞いた。


「うん」


「じゃあ、家に憑いているとか?」


「え~。気色悪い事いわんといてよ」

と真由美ちゃんが顔をしかめた。でも家以外で聞こえないのであれば、普通は誰でもそう思うのが当たり前だと思うが……。


「でも……そうかもしれんなぁ……今から見てもらえる?」

真由美ちゃんは意を決したように言ってきた。やはり彼女もそう思っていた様だ。

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