第146話 真由美ちゃんの家
「今からぁ?」
「うん。この近所やし……ちょうど家族全員ここに来て、今は誰もおらんし……」
こういう台詞は二人っきりの時に聞きたいもんだな……とくだらんことを考えてしまったが、そんな事はおくびにも出さずに
「まあ、ええけど……」
と僕は応えた。
ハッキリ言ってあまり気乗りはしなかったが、どうせ明日見に行かされる羽目になるのであれば、さっさと済ませておきたかった。それはほとんど自分に対しての言い訳みたいなもんだった。
ただその前にお嬢にだけは会っておきたいとは思ったが、今更それはどうにもならない。
さっきから黙って聞いていた裕也と圭祐は目を輝かして興味津々で行く気満々だった。もうこのままいくしかない雰囲気だ。
確かに季節がら肝試しにはいい時期だ。
まだまだ宴会は続きそうで、大人たちは大いに盛り上がっていた。
僕達五人はそっと家を抜け出して、本家の白壁にそってなだらかに続く坂道を下って彼女たちの家に向かった。
街灯などもちろんない道だ。しかし月明かりだけでも道は何とか見えた。
田舎の月は都会より明るい。今日はそれほど蒸し暑くない。
「こんな夜道を歩くのはきょうてーなぁ」
と圭祐が言った。
「なんじゃ、おめーは怖がりか!」
と裕也がおちょくる様に圭祐に言った。
「そんな事無いわ」
と圭祐は不貞腐れたように言ったが、間違いなく圭祐は怖がりだ。腰が引けている。さっきまでの勢いはどこに行ったと突っ込みたくなった。
真由美ちゃんの言う通り、ほんの目と鼻の先に彼女たちの家は在った。
白壁沿いを抜けると程なく建物が見えてきた。本家ほど大きな建物ではないが、田舎の古い農家だ。それなりの造りをした家だった。ここから見た感じでは何の違和感も妖気も感じない。オヤジに何も言わずに黙って来た事を少し後悔したが、何事も起こらないだろうと僕は思い込んだ。
玄関の前に立ち僕はこの家を見上げた。
別に何も感じなかった……と言いたかったが、近寄って見ると得体のしれない重い空気を感じてしまった。嫌な予感が少しする。やはりここには何かある。
家の裏は本家と同じく山だ。うっそうとした森が続くのだが、それは今は暗くて見えない。吸い込まれそうな暗さだ。
「声がよく聞こえる場所ってある?」
僕がそう聞くと美乃梨は怯えたような眼をして無言で頷いた。
「それどこ?」
「仏間」
と小声でボソッと答えた。
「やっぱり……」
なんだかそんな予感がしていた。
その部屋の位置まで分かるような気がする。事実、仏間の様子が目の奥に映像として浮かんでいた。
真由美ちゃんが玄関を開けた。
生暖かい空気が身体を覆った。暗い玄関から暑苦しい空気が漂ってきた。昼間に家の中にこもった熱気とは違った湿り気のあるまとわりつくような嫌な空気だった。
玄関の中を見渡すとやはり、外見通りの古い日本の家屋だった。床が高い。軒下に何か得体の知れないモノが居ても何ら不思議ではない。歴史と時の流れを感じる匂いが鼻腔をくすぐる。
暫く玄関の前で立っていたが誰も入ろうとしない。
「真由美ちゃん、自分の家やろ?」
と先に入る様に促すと
「いや、先に行って」
と真由美ちゃんは、しり込みした。
「えぇ? 自分の家やんかぁ」
「いや、改めてこうやって来るとちょっと不気味やわ」
と僕の腕を握って動こうとしなかった。
彼女は彼女なりに何かを感じているのかもしれなかった。多分、いつもは誰かが家にいて明かりが灯っている状態なんだろう。
「しゃあないな」
ここで譲り合いの精神を発揮しても仕方ない。僕が先頭に玄関に足を踏み入れた。踏み入れた瞬間、背筋がぞくっとして一瞬で汗が引いた。
直ぐ後から入って来た真由美ちゃんが玄関の明かりをつけたが、彼女たちは何も感じなかったようだ。
明かりが点くとそこは予想通りに古い造りの広い玄関だった。
玄関から上がるとすぐに和室があり、その部屋の右側の襖を開けると板張りの廊下に出た。
真由美ちゃんは廊下の明かりをつけてから
「仏間の場所分かるん?」
と僕に聞いてきた。
「多分」
僕は軽く頷いてから先頭に立って廊下を歩きだした。歩くたびに廊下はギシギシっときしんだ音を出す。
真由美ちゃんは僕のシャツを握りしめて後ろからついてくる。そのあとを美乃梨と裕也、圭祐と続いていた。
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