第134話 新入部員


「あ、琴葉と忍やん。どうしたん?」

瑞穂が驚いたように声を上げて立ち上がった。どうやら二人は彼女の知り合いのようだ。


「どうしたんってあんたが器楽部に入れって言うたんちゃうん?」

今度はもう一人の女生徒が口を開いた。


「え? もしかして入部希望?」


「そうや」


「ホンマに? ありがとう」

瑞穂は満面の笑みを浮かべて喜んだ。と同時に

「ちょっと待ってすぐに入部届持ってくるから」

と書類を取りに行こうとした。


「いや、持ってこんでええよ」

長い髪を後ろで束ねた女生徒が瑞穂を制した。

「なんで? 琴葉?」


「それはもう長沼先生に出したから」

と琴葉と呼ばれた女生徒が瑞穂に言った。彼女の名前は清水琴葉。スラっと伸びた手足に長い髪がとてもよく似合う女の子だ。


「早や!」

と彩音さんが感心したように笑いながら突っ込んだ。



「え~。ホンマに来てくれたんや。琴葉、おおきに」

瑞穂は本当に嬉しそうに抱きついた。


「うん。ちょっと考えたんやけどね……今更って。でも瑞穂の楽しそうな顔を見てたら一緒にやりたなってん。な、シノン」

そう言うと琴葉は隣に立っている一緒に入って来た女生徒に視線を移した。


「そうそう。それに立花もおるしね」

シノンと呼ばれた女子生徒は哲也を見ながら笑った。彼女は井田忍。瞳の大きな目鼻立ちがはっきりした女の子だ。


「なんかお前ら人気者やな」

と僕が突っ込むと哲也は自信たっぷりに胸をそらして


「なんやお前知らんかったんか? 俺はこの学校の女子には人気があんねんぞ」

と言った。

しかし

「いや、それは違うやろ。ただ単に面白いだけや」

と忍にバッサリと瞬殺されてしまった。日頃、彼女たちに哲也がどんな扱いをされているのかを垣間見た気がした。


「ホンマはね、このメンツで器楽部っていうのも興味がわいた理由の一つやねん」

二人の掛け合い漫才のような会話を聞いていた琴葉が忍の言葉を継いで話し出した。


「メンツ?」


「そう、なんといっても瑞穂と彩音先輩の二人がこの部におるというのが信じられへん。彩音先輩は私らのあこがれの先輩やし」


「え? 私?」

音楽室にいる生徒の全ての視線が彩音さんに注がれた。琴葉だけでなく瑞穂も何度もうなずきながら彩音さんを見ていた。


 彩音さんは明らかに動揺していた。

そしてどう答えていいのか分からないように

「そんな事ないよ」

と強く否定していた。


「昔からずっと憧れていたんです。私も彼女も。そんな先輩と一緒にやれるならもう一度ヴァイオリンを弾いても良いかなってホンマにそう思ったんです」

琴葉は力のこもった声で彩音さんにそう言った。


 音楽の世界は広いようで狭い。思った以上に瑞穂と彩音さんは有名だ。


「じゃあ、次回の部員募集のポスターは彩音の写真のドアップで……」

と石橋さんが叫びかけた瞬間に彩音さんが石橋さんの頭を叩いた。結構いい音がした。

彩音さんはヴァイオリンだけでなく石橋さんの頭を叩いても良い音を出せる様だ。


「余計な事は言わんでよろしい」

 完全に目が座っている。


「へい」

 石橋さんは慌てて返事をした。あのいかつい顔がかわいく見えた。怒らすと彩音さんは怖いが、叩かれた石橋さんがちょっと羨ましかった。


 しかしここに二人新しい部員が増えた。それも経験者。

高校に入って弾かなくなったが、幼い頃から中学校を卒業するまではヴァイオリン教室に通っていたという二人だった。


 瑞穂ほどは上手く弾けないが、それでも十年以上の経験者というのは強力なメンバーである事は間違いなかった。



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