第133話 方針
器楽部の活動は長沼先生の方針からか、どちらかと言えばユニークなものだった。
一応、課題曲はクラシックの中から先生が決めるのだが、それ以外にも自分たちで課題曲を決めなければならなかった。それはクラシック以外の曲でもよく、ジャンルも楽器の編成も編曲も自分たちで自由に決めると言ったものだった。よく言えば生徒の自主性に任せるという事で、それ以外の言い方では放任主義ともいう。
石橋さんは『単なる放置プレイ』とか言っていた。
「なんでこんなやり方をするんですか?」
僕はそう言って聞いたことがあった。僕はもっと先生が主導でやってくれるものだと思っていた。
それに対する先生の言葉はこうだった。
「だってこれだけのメンツが揃っているのに、今更何を教えるというの? あんた達ならそれぐらいの事できるでしょ? そもそもあなた達は部活で何かを学ぶというレベルにはないでしょう」
長沼先生の言う事はもっともだった。
部員全員が音大進学志望なんて普通はあり得ない。そして全員が部活以外にも教室に通っている。今、僕達は音大進学が最重要課題だ。部活はあくまでも部活だ。それ以上のモノでもそれ以下のモノでもない。
部活はあくまでもそれを邪魔しない程度のモノでなければならない。
未経験者が趣味の延長線上での部活で楽器を演奏すのであれば、先生もちゃんと考えただろう。今の僕達にそれは全く必要ない。
その上受験のための実績作りでコンクールを目指す三年生と、実績作りは同じだがまだ時間がある二年生とでは部活に割ける時間が違う。もっとも三年生三人はうちの吹奏楽部とは違った意味で演奏を楽しめたらいいという雰囲気もあったが……。
三年生では石橋さん以外の二人はコンクールで何度も賞を取っているので実績だけはすでに充分だ。なので千龍さんと彩音さんは受験のための練習だけしていてもよさそうなもんだったが、どうしても部活をしたかったようだ。
先生は僕たちを新入部員が入るまでという条件付きだが、二年生グループと三年生グループの二つに大雑把に分けた。
二年生は先生が決めたクラシック曲以外の課題曲を演奏する。勿論その選曲は自由。僕達に任されている。三年生は基本的にクラシックで各々のコンクールに支障のない程度での合奏になっていた。そして秋からは一応引退で完全に受験体制になるそうだ。
しかしこの三人はそれに関係なく卒業まで居座りそうだった。僕個人としてはそちらの方が嬉しい。要するに二年生は課題曲以外は自由に、三年生は完全に好きなようにやれという事だった。
しかし、もしこれから新入部員が入ってきたりすると、ほとんど素人の部員の面倒を僕たちが見ることになる。
それはそれで少し気が重いのだが、実際にやってみないと何とも言えない。ただ人に教えた事が無い僕には自信が全くなかった。それ以前に新入部員が来るのかどうかさえ不安だった。
彩音さんのポスターの影響か瑞穂たちの勧誘の成果か、何人かの見学者はやってきた。しかしまだ入部届を出した生徒は一人もいなかった。
七月に入ったある日、いつものように演奏を始める前に六人で打ち合わせをしていると、音楽室の扉が開いて女子生徒が二人入ってきた。
「器楽部はここで良いんですよね」
そう聞いてきたのは長い髪を後ろで束ねた女子生徒だった。どちらも二年生だった。
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