第132話 吹奏楽部は?


「あ、こんちは」

と瑞穂と哲也が声を揃えて挨拶をした。


「おう、遅かったな」

千龍さんが振り向いて二人に声を掛けた。


「はい。済みません。ちょっと部員勧誘に回っていたもんで……」

哲也が頭を掻きながら答えた。


「え? そうなん? やるなぁ君たち」

と彩音さんが驚いたように声を上げた。僕も驚いた。早速勧誘か! なんか出遅れた感が漂う。


「いえいえ。習っている教室で見かけた同級生や後輩とかがいたので、声を掛けに行っただけです」


「チェロ?」

 千龍さんが聞いた。楽譜はまだ手に持ってたが、もう全然読んでいなかった。

「はい。チェロとヴァイオリンです」


「で、どうやった?」

 今度は石橋さんが聞いた。


「はい。全員、考えてみるっては言ってくれましたがもう教室を辞めていますからねぇ……まだ、続ける気力があるかどうか……」


「まあ、そうやな。しゃあないな」

と言いながらも石橋さんはそれほど落胆した様子も見せずに

「ところで吹部の三年は八月からはこっちに来るんかいな?」

と千龍さんに聞いた。


「え? 吹奏楽コンクールは?」

千龍さんはちょっと驚いたように聞き返した。


「七月の終わりが市大会やから、それ以降はヒマやろ」


「なんや、予選敗退て決めつけてないか?」


「まあ、しゃあないやろ。今年も同じや。お前もそう思うやろ?」


「まあなぁ……」

そう言うと千龍さんは乾いた笑い声をあげた。石橋さんもつられるように笑った。


「そういう言い方はひどいんじゃないの?」

彩音さんがやんわりと二人をたしなめた。


「でも、あの顧問じゃねぇ……なあ千龍」


「谷端先生かぁ……生徒の自主性に任せる先生やからなぁ」

そう言うと千龍さんは音楽室の天井を見上げた。軽くため息もついたかもしれない。


「よく言えばそう。実のところなんの指導もしていない」

と石橋さんは言った。

この二人は吹奏楽部の事を詳しく知っているようだ。


「でも、今の吹部の奴等、楽しく部活が出来たらええっていう感じなんちゃうん?」

部員たちがそれで納得しているのであれば、それでも良いのではないか? 千龍さんの言葉はそんな風にもとれた。


「そう、だから敢えて先生は何も言わない」

彩音さんが呟くように言った。彼女も口には出さなかったが、同じような事を思っていたらしい。


「でもこの前ツイッター見たら県大会目指すって書いてあったなぁ……」

千龍さんが思い出したように呟いた。


「なんや? ツイッター? そんなもんやってんのあいつら……」

石橋さんは呆れたような顔で千龍さんを見た。


「ああ、やってんで。それも学年ごとにツイッターを……まあ、大会直前になったら皆そう思うんやないかな。次に行けんかったらそれで三年は引退やからなぁ」


「今更慌ててもなぁ……で、そんな市大会も突破できひん奴らがうちに来てもしゃあないんとちゃうか?」

石橋さんの言葉は辛らつだ。


「まあな。俺はどっちでもええねんけどな。どっちにしろ三年は受験があるから、吹部引退した後もこっちの練習に付き合う事はないやろうなぁ」

と自分達も三年生のこの三人は他人事のように同級生の事を語っていた。


 まあ、この人達は音大を目指すから受験勉強と言っても部活自体がそれみたいなもんなんだろう。音大に進学しない吹部の人達とは根本的にそこが違う。


「まあ、来たとしても受験勉強の息抜きで楽器をやる感じなんやろうなぁ」

完全にどうでもいいような表情で石橋さんはそういうと

「そうやな。なあ、藤崎も立花も二年生か一年生でちゃんと練習する奴捕まえて来なあかんちゅうことやな」

真顔で僕にそう言った。この顔で真顔は怖いって……。


「ははい。頑張ります」

僕たちは顔を引き攣らせながらそう応えた。

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