部員募集
第131話 ポスター
音楽室の扉が開いた。
「なぁ、今頃、部員募集しても来るかぁ?」
石橋さんが目ざとく千龍さんを見つけて、大きな声でそう言いながら音楽室に入ってきた。ピアノの傍の机に軽く腰を掛けて譜読みしていた千龍さんは、顔を上げて石橋さんを横目で軽く確認した。音楽室にはまだ千龍さんと小此木さんと僕しかいなかった。
僕もピアノの椅子に座って楽譜を広げて見るとはなく譜読みしていた。石橋さんは譜読みしていた千龍さんの隣の机に同じように腰を掛けた。
千龍さんは譜面に視線を戻すと
「まだ六月やからなぁ……何人かは来るんちゃうか?」
と興味なさげに答えた。
「せやろか?」
千龍さんの軽い対応に石橋さんは納得していない様だ。声に何か不満げな色がかぶさっていた。
「まあ、ポスターは彩音が作ってくれて、廊下に張り出しとぉけどな」
千龍さんはそう言うと譜面から目を離し、音楽室の角でヴァイオリンの音合わせをしていた小此木さんに視線を移した。
その視線に気が付いたのか小此木さんは顔を上げると、ニコッと笑った。
「え?そうなん? 彩音サンキュー」
石橋さんも笑顔で手を軽く上げて小此木さんに声を掛けた。どうやら石橋さんの聞きたかった答えは、『部として部員募集のために何かやっているか?』という事で、小此木さんの手描きポスターは充分納得に値する答えだったようだ。
「いいえ。案外楽しかったわ。絵を描くのは嫌いじゃないし」
僕はその声を聞いて気が付いた。
――もしかしたら、小此木さんの声を聞くのはこれが初めてかもしれない――
彼女の弾くヴァイオリンの音色と同じようにしっかりと通る綺麗な声だった。この人はヴァイオリンだけでなく絵にも才能がある人らしい。
「そうやったな。お前は何やっても卒なくこなすからなぁ」
と石橋さんは感心したように褒めた。どうやら石橋さんの不満げは完全に解消された様だ。
「ありがとう。でもそんな事ないって」
今日の小此木さんはこの前と違って表情が穏やかだった。そして今日はよく笑う。
とてもきつそうな先輩かもしれないと思っていたがそれは間違いだったようだ。
「折角、彩音がポスターを作ってくれたんやから何人か来て欲しいなぁ。できれば経験者」
石橋さんは誰にとはなくそう言うと僕に向かって
「なあ、藤崎もそう思うやろ?」
と声をかけてきた。
「え? あ、はい。できれば一年生も来て欲しいです」
まさかこちらに話がフラれるとは思っていなかったので、完全に虚を突かれて僕は慌てた。
「はは。そうやな。でないと二年生やのにパシリにされるからな。特にバサは人使いが粗いからな。藤崎は気をつけろよ」
千龍さんは石橋さんを見て笑った。石橋さんは同級生から『バサ』と呼ばれているようだ。
「え? そうなんですか?」
石橋さんは見た目も厳ついが、見たまんま後輩にもきついのか? と僕は千龍さんの言葉にちょっと引いた。
「あほ、そんな事無いわ。ラグビー部の時でも特に優しい先輩で通っとったわ」
石橋さんはそう言って否定したが、見た目が厳ついのでちょっと不安が残る……いや、たくさん残る……というかほとんど嘘くさい。
「お手柔らかにお願いします」
と僕は差しさわりの無い返事しかできなかった。
でも、こうやって同じ部の先輩と話をするのは新鮮な感覚だ。
中学生時代も部活には縁遠い生活を送っていた。先輩後輩の上下関係を意識する機会はあまりなかったし、まさか高校の二年生になってから入部するとは思わなかった。
でも僕はこの上下関係の雰囲気は嫌いではない。
「それにしてもお前、ピアノ上手いな。驚いたわ」
思い出したように石橋さんに褒められたが、いかつい顔で褒められてもちょっと怖い。
「あ、ありがとうございます」
それでも僕は半分はテレながらも顔を引きつらせながらお礼を述べた。
「うん。うん。本当に上手やったわ。あのEleanor Rigbyはほとんど即興で弾いたんやってね。瑞穂に聞いたけど」
彩音さんもつられたように会話に参加してきた。石橋さんと違って彩音さんに褒められると無条件に嬉しい。初めて声を掛けられたが、一気に距離が縮まったような気がした。
「はい。でも、その前に昼休みに一度弾いてますけどね」
「いやぁ、それでも上手かったわ。今度は私も今度よしてくれる? 一緒にやりたいな」
「あ、それええなぁ。俺と千龍もいれてや。ええかぁ?」
先輩三名はあのEleanor Rigbyが気に入ってくれたようだ。
「全然構いませんよ。それの方が音の厚みも増しますから、大歓迎です」
この先輩達からの申しては僕たち三人にとってもありがたい話だ。瑞穂も喜ぶだろう。
その時、扉が開いて瑞穂と哲也が入って来た。
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