第129話 指導
全体的に多少のばらつきはあったが、それでも所々でまばゆい音の粒が溢れていた。
僕はとても満足した気分でいた。思った以上にアンサンブルとして良い音を出していたと思う。
お気に入りの名作を読み終えて、今まさに本を閉じた……そんな気分になった。
この四人はもっともっといい音が出せるだろう。
これからこの六人でもっといい音を出せるように練習していくんだろうと思うと楽しみが一つ増えたような、何か得をしたような気がしていた。
「皆さんに今日は色々と弾いてもらいました。編成も試させてもらいました。全体的には思ったよりいい音が出ていたと思います。特にヴァイオリンの三人はお互いを知っているからか、バランスも良く音の繋がりも良かったわ」
と先生は今日一日の総括を始めた。
「で、ピアノ」
「はいぃ」
唐突に名指しされたので声が裏返ってしまった。
「去年の一時期に比べたらとっても良くなったわ。音もいいし、テクニックも問題ないわ。よくここまで持ち直しました。それに初めてのアンサンブルにも対応できていたのはさすがだけど、まだ全体の流れが分かってないような感じがするわ。音に迷いがあるね。もっと楽譜を……スコアをじっくり読んで他のパートとの繋がりを感じてね」
初めて先生の前でピアノを弾いた時の事を僕は思い出した。あの時は本当にまともに練習をしていなかったからな。今の音とは全然違ったのは自覚している。
「はい」
自覚していた分、思っていたことを言われて少し悔しかったが、その通りだったので言い返せなかった。
それとは別にソロとは違う緊張感と違和感を感じながら弾いていたのも事実だった。もっと練習が必要だ。
「これから『一人ぼっちのさびしい楽器』なんて言ってられないわよ」
そういうと長沼先生はやさしく笑った。
「石橋君はブランクがあると言いながらそれを全然感じさせない良い音だったわよ」
「ありがとうございます」
「でも、先走り気味なところと、無意味に音が強く前に出るのは何故かな?」
「単なる練習不足です」
「そうみたいね。でも音は正確だったわよ。頑張ってね」
先生は笑いながらそう言うと哲也に向き直って
「で、チェロ。あなたも練習不足ね」
と言った。
「はい」
哲也は緊張した顔で返事をしていた。
「今のあなたは頭で考えて弾くのではなく、兎に角、数をこなす事が大事ね。なまじ技術があるから余計なことを考えすぎているような気がするわ。藤崎君とは違った迷いを感じる」
「はい」
哲也は先生にズバズバ言われて小さくなっていた。でも先生は哲也を怒っているわけではなかった。
僕への言葉も含めて指導者として当たり前の事を言っているだけだった。それは今ここにいる全員が分かっている事だった。
それにしても本当に長沼先生の指示は的確だと思う。伊達に音楽の担任ではないと改めて認識した。
「さて、これからのこの部の方針を話すね」
そういうと先生は僕たち一人一人の顔を確認するように目だけを動かして見回した。
「まず、これから部員を募集します。もちろん未経験者も歓迎です。なので、これからあなた達が教えて行ってください。次にこの中で音大を目指す人はコンクールをメインに考えてもらって結構です。師事している先生の方針に従ってください。で、二年生の三人は今年の学生音楽コンクールを目指してください」
「吹部みたいに新人も入れて全員で全国大会みたいなものはないんですか?」
石橋さんが聞いた。
「コンクール自体はないこともないけど、吹部の全国大会みたいなものではないな。弦楽器を一年や二年経験したからと言ってオーケストラでコンクールに出られるようなレベルには達することは無理だしね」
その先生の言葉を聞いてヴァイオリンの三人は黙って頷いた。
もっともそれはピアノにしても同じことがいえる。そんな短期間ではコンクールに出るレベルまで腕を上げるのは難しいだろう。弾き語りぐらいはできるようになるだろうけど。
「なのでこれから新人が入ってきたら、楽しみながら音楽をやるという人たちと混じって演奏してもらう事になります。良いですね?」
「はい」
僕達は先生の言葉に返事した。
この日はこれで部活は終了した。
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