第126話 三年生

 その時、音楽室の扉がまた開いて、学生が三名入ってきた。

どうやら三年生らしい。


「先生、遅くなりました」

中の一人が先生に声を掛けた。どうやらこの三人を呼んだのは長沼先生の様だ。


「良いのよ。先生も今来たばかりだから」


三年生はまっすぐ僕たちの前にやってきた。


「紹介するね。今来た三人は三年生ね。見たら分かるわね。で彼が千龍(せんりゅう)興樹君。その横が小此木(こしき)彩音さん、そして石橋雅嗣君ね。実は彼らも弦楽器をやっているの。楽器はヴァイオリンと……石橋君はダブルベースよね?」


「はい。コントラバスです」

石橋と呼ばれた先輩は長身だった。がっちりとした体格は文化部というよりラグビー部の方が似合いそうだった。


「千龍君と小此木さんはヴァイオリンで間違いないわね?」

と先生が確認すると小此木さんは黙って頷いた。


千龍さんは

「僕はヴィオラでも良いですよ。ヴァイオリンよりもそっちの方が向いているような気がするし」

と言った。


 千龍さんは名前はなんか厳つそうだが丸顔で、いつもニコニコ笑っていそうな温和な感じを受ける先輩だった。

事実、今も笑っているように見える。これが地顔なのかもしれない。


「あら? そうなの。それはとっても貴重な人材ね。後でヴィオラも弾いてもらうわ」

長沼先生は笑ってそう言った。


「それでこちらが、二年生の藤崎君と立花君。そして結城さんね」

先生は三年生に僕たちを紹介した。


「お久しぶりです。先輩」

そう言って瑞穂が三年生に頭を下げて挨拶をした。


「あら? 結城さん面識あったの?」

先生は驚いたように瑞穂に声をかけた。


「はい。千龍さんと小此木さんはコンクールで何度が一緒になったことがありますし、石橋さんってラグビー部でしたよねぇ? 一年の時のクラスメイトが『めっちゃ怖い最前列の先輩がいる』っていつも怯えてましたから……でもコントラバスのことまでは知りませんでした」

と瑞穂はにこやかに答えた。やっぱり石橋さんはラグビー部だったか。……どう考えてもそっちの方が似合う。


「なんで俺が怖いねん。誰や? そんなガセネタを言いまくっている奴は?」

石橋さんは眉間にしわを寄せながら瑞穂に聞いた。そういいながら石橋さんの目元は笑っているように見えた。


「それは言えません」

と瑞穂も笑って答えていたが、『どう見てもこの人は絶対に怖いぞ』と僕は心の中で呟いた。


 ヴァイオリン三人は僕みたいなつい最近目が覚めた俄か音楽家志望ではなく、本当にプロの音楽家を目指してコンクールに挑戦しているようだった。

それに比べて僕はどうなんだろう? と思わず三人と自分を比べて落ち込みそうになった。


「そうかぁ。あんた達は結構コンクールに出まくってるからねえ……顔ぐらいは会わすかぁ。この世界広いようで狭いわね」

と長沼先生は納得したように頷いた。



「経験者が六人ね…この面子で弦楽四重奏もできるな」

長沼先生はそう言って僕達三人の方を振り向くと

「実はね。彼らからも相談を受けていたのよ。器楽部を再建できないかって。そこへ君たちがやって来たので『これなら本当に再建できるかもしれないって思ったんだけどどう?」


「本当は弦楽部を作ろうと思ったんやけど、先生に『どうせなら器楽部にしなさい』って言われてね」

千龍さんが先生の話を補足説明するように話を付け足した。


 僕はあまりにも展開が早すぎて急すぎてまだ現状が呑み込めないでいたが、瑞穂は違った。


「先生。私は全然構わないです。弦をやる人間が多い方が楽しいです。もしかしたらまだ他にも経験者がいるかもしれないし、室内管弦楽ぐらいはできるんじゃないですか」

と楽しそうに言った。


 僕は、無邪気にはしゃぐ瑞穂を見ながら「これだけメンツが揃っているなら別に僕がピアノで入らなくてもええやん」と思っていた。でもそれはこの場で口に出すのは憚(はばか)れる一言だったので黙っていた。僕は哲也と違って空気が読める男だ。


「そうねえ。それは楽しい夢だわ」

先生も瑞穂に劣らずに楽しそうだった。


 僕と哲也は何のひとことも発することなく、流れのまま器楽部に入部する事になった。


部長は先生の指名で千龍さんに決まった。




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