第125話 放課後

 放課後、音楽室に哲也と一緒に行くと、既に瑞穂はピアノ椅子に座って待っていた。


 哲也は彼女に近づくと開口一番

「器楽部って名前なんか堅苦しない?……って言うかダサない?」

といきなり言った。


 実は僕もこの名前を聞いた時から同じことを思っていたが、口には出さないでいた。あまり空気を読むのが得意ではない哲也は、思ったことをそのまま口にすることが多い。ただ今回に関しては「よく言ってくれた」と心の中で賛辞を贈った。


「そうかぁ?……そうやんねえ……私もなんとなく聞きなれない言葉やなぁとは思っとったん」

なんと瑞穂も哲也の意見に同調した。


で、納得しあった二人が僕の顔を同時に見た。


「実は俺もそう思っとった」

と僕も慌てて何度もうなずきながら応えた。

結局、全員同じことを思っていたようだ。僕たち三人は顔を見合わせて笑った。


「楽器部よりはマシでしょ?」

と瑞穂が言った。


「う~ん。似たようなもんとちゃうか?」

哲也がそう言ったが僕もそれには同意だった。



 その時、音楽室のドアが開いて長沼先生が小脇に荷物を抱えて入ってきた。


「あ、揃っていたのね。わざわざ来てもらってごめんね」

と言いながら僕たちの前まで先生はやって来ると、机の上に抱えていた荷物を置いた。


「話は結城さんから聞いたわ。三人でトリオを組むんやって?」

先生は僕の顔を見るなりそう話しかけてきた。心持ち楽しそうに見える。


「はい。それで瑞穂に軽音楽部に入れって言われたんですけど……器楽部ですか?」

僕は先生の意図もはかりあぐねていたので、先生に応えるついでに真意を聞きたかった。


「そうよ。この編成でそもそも軽音楽部ってないでしょう? 本来なら器楽部か弦楽部なのよね」


「でもこの学校にそんな部活はないんですよね」


「ないわ……というより無くなったと言った方が正しいかもね」

そういうと先生は僕の瞳をじっと見つめた。


 僕は思わず視線を外して

「無くなったんですか?」

と先生に確認した。


「そう、昔は器楽部ってあったのよ。あなた達の先輩が三十年近く前に作ったクラブなんだけど、残念ながら五年程前に無くなったの」


「なんでなんですか?」


「単純よ。演奏できる部員がいなくなったからよ」


「弦楽器はね、経験者が少ないからね。吹奏楽部と違って中学校時代に部活でやっていたなんて学生もほとんどおらへんからねえ。その上、管楽器と違ってちゃんと弾けるようになるのには時間がかかるでしょ? 高校三年間では足りひんわ。そもそもこの学校にそれを教えられる指導者がいないのも原因のひとつね」

先生はそう言うと軽くため息をついた。


「それに、管楽器はほとんどが吹奏楽部と兼務の部員だったからね。そっちの方がメインだもの」


「うちの吹奏楽部はそこそこいい成績を出しているんですか?」

僕は先生に聞いた。

先生は少し考えてから答えてくれた。

「その年によって違うわね」


「今年は?」


「正直に言って市大会で終わりやろうねえ」

先生は首をかしげて考えながら残念そうに言った。


「そうなんですかぁ」

どうやらうちの吹奏楽部はその年によってレベルが大きく違うそうだ。

ここ数年はほとんど市大会止まり。十年前に県大会のダメ金が最高成績だったらしい。

もちろん全国大会などは行ったことがない。


「ま、吹部の話は良いわ。それよりも結城さんから話を聞いて先生驚いたん。久しぶりにちゃんとしたトリオができるって。だったら器楽部も復活できそうだなって、今日君たちに来てもらったんやけどね。余計なお世話やったかな?」


「いえ、そんなこと無いです。軽音楽部よりは分かりやすいです。ただ、器楽部という名称に馴染みは全くないですけど」


「あらそう? そんなもんなんだ」

先生はちょっと意外そうな顔をして驚いていた。


 哲也は先生の表情を見て

「それで……この三人だけで器楽部ですか? なんかショボくないですか?」

と聞いた。

僕もそれが言いたかった。でも、こんなにストレートに聞けなかった。

流石、哲也は心得てるわ。こういう時に空気を読まない哲也は重宝する、いや頼もしい代弁者になる。

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