第71話 ふたり

「まあ、それは人間の器の違いとちゃうか?……って簡単なこっちゃ。俺には霊感があるがお前には全くない……全くないどころか勘も鈍い……天然記念物もんの勘トロやな……大英博物館展示もんの鈍さや。そんな奴のところに出ても気が付かへんし、克哉も化けて出る甲斐もないわな」

オヤジはそう言って安藤さんの愚痴っぽい言いがかりを切り返した。


「そ、そんな事は無いぞ。確かに俺は霊感は無いけど、そ、そんなところに展示されるほど勘は鈍ないわ」

安藤さんは心外なというような顔をしながらも何故か動揺は隠せずに、言葉に詰まりながら反論した。それにしても安藤さんの反論はどこか微妙に論点がずれているように思える。まあ、面白いから良いんだけど。


「ホンマかぁ?」

オヤジは嫌味な上目遣いで安藤さんを見ながら聞いた。


「ホンマや」

カウンターの中での二人の会話は掛け合い漫才の様だった。

「ふぅん」

そう言うとオヤジは横目でオフクロの確認を得るように見てから安藤さんに言った。


「二十何年もすぐ横でお前みたいなロクデナシを待っている女性がいるのに気が付かん奴を、勘トロと言わずして何を勘トロというのでせうか?」


 そう言うと勝ち誇ったように安藤さんを見下した。やはり何かを企んでいそうな顔だと思っていたが、これを言いたかったようだ。いつものオヤジのドヤ顔だ。


 そしてそのドヤ顔を安藤さんに向けたまま視線だけ仁美さんに投げかけた。

その視線につられるように僕たちも一斉に安藤さんと仁美さんに注目した。


「え?……いや……それぁ……勘トロではなく……」

安藤さんは完全に浮足立っていた。これほど見事なシドロモドロは見たことがない。

これこそ大英博物館に展示して欲しいものだと少し思った。


「何やねん、言うてみぃ、ほれほれ、聞いたるでぇ」

オヤジは薄笑いを浮かべながら安藤さんを更に追い込んでいた。本当に楽しそうだ。


「なんや? 安ちゃん。克哉と一緒に渡すはずのプレゼントは、仁美がどっちのプレゼントを気に入るか賭けとったんやったな。克哉が居なくなって……ライバルがおらへんようになって……お前は仁美に結局それを渡せなかったんやないか。ちゃうか? どうやねん?」


「なんで……それを?」


「だから克哉に聞いたって言うたやろが」

オヤジは最期に現れた克哉さんに全てを聞いた様だ。


「いつまで逝ってもうた奴に義理立てしてんねん。あいつはもうとっくの昔にお前ら二人に任せとるというのに……ふぅ……」

オヤジはそこまで一気に話をすると、あきれ果てたような顔をして首を振った。

そしてCCのグラスを掴むと勢いよく胃袋に流し込んだ。


 仁美さんの目は完全に泳いでいた。そして視線の先が安藤さんの顔で止まった。

安藤さんも仁美さんの顔を見て硬直していた。


「もう、ええやろ。克哉の呪縛から離れても」

オヤジは安藤さんの耳元でひとこと言った。


「仁美、今素直にならんと一生後悔するで……」

今度はオフクロが仁美さんに言った。


 それにしても元夫婦のオヤジとオフクロの連携は完ぺきだった。この二人が十数年前に別れていたとは思えないほどに。 何故別れたんだ? という思いがふつふつと僕の心に湧いてきた。これはいずれ白日の下に晒さねばなるまい。


 仁美さんは唇を噛んで小さく

「判っとぉ……わか……」

と呟いて俯いた。


 宏美が仁美さんの手を握って顔を覗き込むようにして見た。

「仁美さん」

仁美さんは宏美のキラキラする大きな瞳を見て少し考えているようだった。まるでその瞳に映っている自分の姿を見ているようにじっと見つめていた。

この時僕はキラキラ光る宏美の瞳を見ながら『この天然ぶりは最強だな』と改めて認識していた。

 

 仁美さんは宏美に頷いてから顔を上げた。

その顔は全てを振り切ったように爽やかな表情で笑顔だった。


 安藤さんは一瞬困った顔をしたが天井を見上げた。ゆっくりと視線を下ろしてから僕たちをゆっくりと見回した。

そして観念したように息を吸い込んでから仁美さんに

「二十六年越しのクリスマスプレゼントを貰ってくれるかな」

と聞いた。


仁美さんは黙って頷いた。


 そしてシンガポールスリングのグラスを見つめて、声を出さずに呟いていた。

僕にはそれが『ありがとう』と言っているように見えた。


 オヤジは勝ち誇った顔をして腕を組んでいたがとても嬉しそうだった。片手には何故か携帯電話が握られていた……。オヤジの表情は完全に悪ガキが悪戯を仕込んだ時の顔だった。






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