お正月の頃の物語
第72話 初詣
年が明けた。
遠くから除夜の鐘が響いてくる。
僕はオフクロと宏美と三人で生田神社に参拝していた。そう大晦日からの初詣。僕は元旦の朝から初詣するよりこうやって大晦日の夜から二年参りする方が好きだ。なんだかワクワクする。
元々は宏美が夕方、オフクロが作っていたおせち料理の手伝いに来た事から、その流れで生田神社に三人で行くことになった。
参道は沢山の人でごった返していた。世の中には僕みたいに二年参りが好きな人が多いようだ。
その参道の人の波の中でゆっくりと僕たちは本殿に向かって歩いていた。
「亮ちゃん凄い人やねえ」
宏美は僕の腕にしがみついて歩いていた。
「ホンマやなぁ。離れんなよ。しっかり持っとけよ」
「うん」
参道には着物を着ている女性も沢山いたが、オフクロと宏美はいつもよりは少し小洒落た程度のいでたちだった。それもコートとマフラーで完全防備されていたので、そのいでたちも意味があるかどうか疑わしかった。
ふと参道の両脇に並ぶ屋台を見ると、参道の東側の広めの屋台の奥で一人で日本酒を飲んでおでんを食っているオヤジを発見した。屋台のテントの下でなんの違和感もなく風景に溶け込んでいるオヤジ。ちょっと笑える。
「あ、オヤジが居る」
僕が笑いながらそう言うとオフクロと宏美が僕の視線を辿ってオヤジを見つけた。
「あ、ほんとだ。お父さん一人でお酒飲んでるんかな?」
宏美が不思議そうに僕に聞いた。
「たく……こんなところで一人で飲んどったんかぁ」
オフクロは苦虫を嚙み潰したような顔をして言った。別れたとは言え元旦那がこんなところで寂しく一人で飲んでいる事が許せないのだろうか? それとも正月早々から一人で美味しそうに酒を飲んでいるのが許せなかったのか? 兎に角、そんな憤りをにじませる言葉だった。
僕は二人を置いて参道の人ごみを抜け、オヤジのところまで行って
「父さん何してんねん。こんなところで一人で飲んで?」
と声を掛けた。
「おろ? なんや亮平か? お前も初詣に来たんや?」
オヤジは少し驚いたように僕を見上げた。
「うん。父さん一人で初詣?」
「ああ。一人や。というかただ単に、ここに飲みに来とっただけやけどな」
オヤジはそれがどうしたと言わんばかりにグラスの酒を煽って升の中にそれを戻した。
そして
「まあ、なんでもええわ。明けましておめでとう」
と空のグラスの入った枡を軽く持ち上げた。
「あ、おめでとう」
僕は慌てて返事をした。
オヤジは笑顔で頷くと屋台のテントを見回した。
「お兄ちゃん! 日本酒お代わりや!」
そう言ってオヤジは升の中に入ったグラスを店の若い男に見せた。
「同じもんで良いですか?」
店員は元気よく応えた。
「ああ、それでええよ」
そう言うとオヤジは僕に向かって
「で、お前は誰と初詣に来たんや?」
と聞いてきた。
「母さんと宏美と三人で」
「おほ、なんか着々と脇を固められとるのぉ」
とオヤジは本当に楽しそうに笑った。
「なんか嬉しそうやな」
「ああ、息子の彼女と母親が仲のええのは、ホンマにええこっちゃ。嫁と姑の関係が良好なのは喜ばしいこっちゃ」
「そこまで話がいくか? まだ嫁にもなんにもなってないわ」
「そうやな。まあ、頑張れや。宏美ちゃんはええ子や」
僕は鼻で「ふん!」と返事をしたが、この話が延々と続きそうだったので話を変えた。
「ところで、父さんは初詣済ませたんか?」
「いや、まだや……って俺は毎年この店でこうやって年越しおでんを食いに来ているだけや……気が向いたら賽銭を放り込みに行くわ」
と神社の境内まで来ておいて、訳の分からん事を言った。オヤジは信心深いのかそうでないのか良く分からない。
――ここまで来たんなら、ちゃんとお参りしたらええのに――
と僕は思ったが口には出さなかった。
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