第70話 四十九日の夜

 オヤジは仁美さんと安藤さんに向かって

「こんな時に何なんやけど……俺、克哉が逝ってから、あいつに会った事あんねん」

と気まずそうに言い出した。


「なに? それってどういう事?」

仁美さんがオヤジを睨むように聞いた。声には出さなかったが安藤さんも眉間に皺を寄せていた。


「いや、俺がちょこっと霊感強いの知っとうやんな」

と同意と救いを求めるように横目で安藤さんを見てオヤジは言った。


「ああ、それは知っとう」

安藤さんの眉間の皺は更に深くなった。


「あいつが死んで四十九日の法要が終わった後や。夜、家で寝ていたら枕元にあいつが立ったんや……はじめは夢かと思ってそのまま寝ようとしたんやけど、呼ばれたからもう一度目を開けたらやっぱり立ってんねん。立ったまま俺を見下ろしてるから俺も起きてベッドに座ったんや」

オヤジは仁美さんに向かってそう言った。

「で、俺は克哉に聞いたんや『お前死んだん判ってんの?』って」


「え、そんなん聞いたん?」

僕は思わずオヤジに聞き返した。


「ああ、聞いた。そうしたら克哉は寂しそうに『そんな言い方すんなよ。判っとうし』って……。

で、『あ、悪い、余計な事聞いたな。でどうしたや?』って改めて聞いたら『ちょっと最後に会いに来た』っていうんや『俺はもう行くからその前に寄っただけや』ってな」


 仁美さんは黙ってオヤジの顔を見ている。その顔は怒っているような悲しんでいるような驚いているようなちょっと一言では言い表せない表情だった。

しいて言えば『何故、今頃そんな話をする?』仁美さんのそう言う言葉が聞こえてきそうな表情だった。


 オヤジはそんな仁美さんを見ながら話を続けた。


「俺は克哉に『もう会われへんのか?』って聞いたら『多分』って答えよった。『なんかいう事あるやろ』って聞いたら『ない事は無いがそれはもうええわ』て。『そうか』って返事をしたらあいつ少し考えてな……」


 オヤジはここで軽く息を吸ってから仁美さんと安藤さんを交互に何度か見た。

一度頭をかきながら息を吐くと

『あいつは最後にこう言った『二人をよろしく頼む』って……その二人が誰を指すかはすぐに判ったけどな」

と言ってまた二人を交互に見た。


 そして一瞬間をおいて安藤さんに

「安ちゃん、お前は克哉と一緒に仁美に渡すものがあったはずや。まだ渡してないやろ」

と詰め寄るように聞いた。


「え、なんでそれを知ってんねん……」

安藤さんは目を見開いて驚きながら言葉を発した。


「だから克哉に聞いたって言うとるやろが」


「あ、あぁ」

眉間の皺は消えていたが、こんなに歯切れの悪い安藤さんを見たのは初めてだった。本当に傍で見ていてもすぐに分かるくらい動揺している。


「なんで今頃そんな話をすんのよ? なんで今まで黙ってたん?」

怒気を含んだ声を抑えながら仁美さんはオヤジを睨んだ。今度は激しく睨んでいた。


「だって言えるか? あの時にお前らに『俺んちに克哉が化けて出て来てよろしゅう言うとったわ』なんて言うてみぃ、仁美と安藤から絶縁状と鉄拳制裁が待っていたやろうが?」


「あ!」

安藤さんと仁美さんが同時に小さく声を上げた。


「それにあの当時そんな話をしても誰も信じひんかったやろうし、変な奴だと思われるだけやったからな。言いたくても言えんわ」

とオヤジはため息交じりに言った。


「あんな落ち込んだお前らを見た事が無かった。声も掛けられんかった。俺も落ち込んでいたしな。嘘やと思ったら鈴に聞いてみぃ」


「いや、聞かんでも分かる。でもなんで克哉は俺んところではなくお前やねん? あいつとは小学校から一緒やねんぞ」

安藤さんは納得できないような顔でオヤジに聞いた。こんなに感情が出ている話し方をする安藤さんを僕は始めて見た。


――いや、怒るところはそこか?――


と僕は心の中で安藤さんにツッコミを入れていた。

流石にこの場でこれを言葉にするのは憚られる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る