第64話 高校時代の4人
「ちゃんと仁美に奢って貰った?」
とオフクロは宏美に確認するように聞いた。
「はい、おいしいイタリアンをご馳走になりました」
宏美は明るい声で答えた。
「それは良かった。それぐらいの特典が無いとねえ」
オフクロは笑いながら仁美さんの顔を見た。
「当たり前や。付き合って貰ったんやから。それぐらいの事はするわ」
仁美さんはオフクロに、私を誰だと思っているんだと言わんばかりに向き直って反論していた。
オフクロはそれを聞き流しながら僕に
「お父さんも一緒にいたんやろ?」と聞いてきた。
「うん、おった」
「あんたもお疲れさんやったなぁ」
とオフクロは僕の陰に隠れているオヤジに声を掛けた。
オヤジはグラスを軽く持ち上げて
「うぃ」
と言った。
カウンターの向こうで安藤さんが
「この五人がカウンターに並ぶって初めてやなぁ……」
と独り言のようにつぶやくとオヤジが
「そやなぁ」
と答えた。
確かにそうだった。
僕も五人どころか両親とカウンターに並んで飲むなんて思ってもいなかった。
更にそこに宏美と仁美さんもいる。カウンターの向こう側から僕たちを見ている安藤さんにしてみれば、僕が思っている以上に見慣れない風景に違和感を感じたのかもしれない。
しかしそんな違和感も長くは続かず、オフクロは仁美さんと今度のクリスマスパーティの段取りについて話しだした。
カウンターで横一列に並んでいると全員が同じ話題を共有する事は難しくなる。
僕は宏美と学校の事を話し出してオヤジは安藤さんと何か話をしていた。
ふと僕はここにいる大人四人はみな同級生だという事を思い出した。
「なあ、このオッサン・オバサン連中みな同級生やっったん知ってる?」
と宏美に聞いた。
「うん、知ってるよ。どうしたん急に?」
と宏美は首を傾げて聞き返してきた。
「いや、どんな高校生活送っていたのかなって何となく思ったんで……」
「う~ん。そっかぁ。そんなん想像もつかへん。どんなんやったんやろうね」
と宏美も少し興味がわいたようだ。
「安藤さん、昔……高校時代はいつもこんな感じで四人で遊んでいたんですか?」
僕は安藤さんに聞いた。
オヤジと話し込んでいた安藤さんだったが、僕の質問に少し考えてから
「そうやなぁ。結構この四人で遊んでいたなぁ」
安藤さんはそう言って同意を求めるようにオヤジの方を見たが、オヤジは首をかしげながら
「そうやったけ?」
とひとことで否定した。
「そうや、あんたは四人で織るよりも、いつもユノを独り占めしとったやんか!」
と背中でこの話を聞いていた仁美さんが急にこの話題に参戦してきた。
「いや、そんな事無いで」
とオヤジは慌てて反論したが仁美さんは許さなかった。
「なに言うてんの、いつもユノを後ろに乗せてさっさと単車で帰って行きよったやんか!」
と更にオヤジに詰め寄った。
「そうやったけ?」
オヤジはまた同じセリフをはいた。
「うん、うん。確かにそうやったな」
安藤さんも頷いていてオヤジの旗色はみるみる悪くなった。
「ほらみろ。安ちゃんもそう言うてるやん」
ここに安藤-仁美連合軍が出来上がった。
「それは三年になってからやん。それまでは普通にみんなと一緒に帰ってたやん」
とオヤジは更に言い訳がましく反論していた。
さっき安藤さんの言葉をひとことで否定した事実はもうどっかに行ってしまったようだ。
そんなに慌てるんだったら初めから素直に頷いておけばいいものを……と僕は冷めた気持ちでオヤジの醜態を見ていた。
「そうやったかぁ?」
仁美さんは急にオフクロに向き直って聞いた。
オフクロはこの話題を笑って聞いていたが、急に話をふられて慌てたような表情を浮かべた。その後少し考えて
「そうやなぁ……授業終わったらこの人は音楽室か放送室でピアノ弾いていたんとちゃうかなぁ」
と数十年前の記憶を無理やり引き出してきたように言った。
「あぁ、そうやった。一平ちゃんは、あの頃ピアノ少年やったなぁ」
仁美さんも忘れ果てていた記憶がよみがえったようにそう言うと、
「あの白面の少年がこんなオッサンになるとはね。ホンマ時間って残酷やね」
と吐き捨てるようにそして憐れむような目をしてオヤジを見た。
「人の事、言えんのかぁ?」
とオヤジは仁美さんに食ってかかったが虚しいひとことだった。
勿論、それはそのまま聞き流されてしまっていた。
不用意なひとことは墓穴を生む……僕はオヤジを見て人生の機微を感じた。
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