キャサリンの憂鬱
第6話 キャサリンタイフーン
その日、僕は昼前から安藤さんの店に居た。
もう常連のような顔をしているが、この店に来る様になってまだ2か月程度しか経っていない。
今日もここでブラック珈琲を飲んでいる。
少し苦みにも慣れてきたが、まだ砂糖とミルクへの哀愁は断ち切れていない。
そういえば、あれ以来ここでオヤジにも会っていない。
いつものようにJBLのスピーカーは良い音を出している。
「やっぱりこのスピーカーの音はこうやってカウンターに座って聞くのが、一番いい音で聞けるような気がする……」
等と独り言を呟いていると、それを耳にした安藤さんが
「お、分かっているねえ……カウンターにいる時間が一番多いのは俺だからな」
と話しかけて来た。
「なんや? もしかしてマスターに合わせているん?」
「そういう事」
「なぁ~んだ」
そんなたわいもないどうでも良い会話を続けていたら、扉が開いてカウベルの音が響いた。
「ごめん、待った?」
入ってきたのは宏美だった。手を左右に振りながら入ってきたが、それはサヨナラのポーズではないのか?
ああ……コンニチハにも使えるのか……と更にどうでも良いような事を、十六年生きてきて初めて気が付いた。
「いや、全然」
と僕は軽く首を振った応えた。
「こんにちは。マスター」
と宏美は安藤さんに挨拶をしながらカウンターに向かって歩いてきた。
「ほ~い。いらっしゃい。宏美ちゃん」
宏美は彼女のお父さんの会社の問題が解決してからこの店に連れてきたのだが、彼女もこの店を気に入ってくれたようだ。
「歩くと暑いね」
そう言いながら宏美はカウンターの僕の左隣の席に座った。
「まあな。ここは坂道やからなぁ」
「でも、雰囲気がとってもいいお店やね……夜はお酒も飲めるんでしょう?」
「そうやで」
と、改めて僕たち二人はこの店の内装をじっくりと見回した。見上げると太い木製の梁が天井を支えていた。
「あの、お二人さん。ちょっといいですか?」
口をポカーンとあけて天井を見上げていた僕たちに安藤さんが声をかけてきた。
「はい。どうしたんですか?」
「ひとつ訂正しておきますが、ここは喫茶店ではありません。お酒・も・飲めるお店ではありません。」
安藤さんは僕たちの会話を聞いていたようだ。
「じゃあ、なんですか?」
「BARです。お酒・が・飲めるお店です」
「あ、カフェバーですね」
細かい事にこだわる大人だなぁ……と思いながら言い直すと
「違います。BARです」
と更に訂正された。
「へ? 昼間からやっているやないですか? 珈琲も飲めるし……」
「本当は夜だけ開けていたんやけどな。昼間は別にする事もなかったんで、一平が『ついでに昼間も開けて珈琲位飲めるようにしとけよ』というから試しに開けてみただけ」
と安藤さんは苦虫を嚙み潰したような顔をして、この店が昼か開くようになった経緯(いきさつ)を教えてくれた。
「え? そうなんですか?」
あまりにもどうでも良さげな経緯だったので、少し呆れながら僕は聞き返した。
「そうなんですよ。お客さん」
と安藤さんは深く何度も頷いた。
そして
「で、そういいながら一平も滅多に来ないし……」
何故か寂しそうに言う安藤さん。
「忙しいんですかねえ」
「いや、絶対に暇こいているわ……兎に角……本当は未成年の君たちは入って来てはいけないのだ」
と僕たち二人の顔を交互に見ながら、諭すように安藤さんは言った。
「宏美、ここの珈琲はモカベースでとっても美味しいよねえ」
「うん。入れる人が優しい人だから珈琲の味も優しいんだね」
と二人で今ここで出来得る限りの満面の笑みで安藤さんを見つめた。
「ホンマに……嫌味なところは流石に一平の息子やな……どうぞ、入り浸って頂戴よ……。で、君たちは今日はデートなん?」
僕たちに何を言っても無駄だと悟ったようで、安藤さんは諦め顔で聞いてきた。
「いえ。違います。待ち合わせです。鈴原冴子を待ってます」
と宏美が答えた。
「そうかぁ……本当に君たち三人は仲いいよねえ……」
と安藤さんは感心したように何度も頷きながら言った。
「そうかなぁ……」
と僕が首をかしげたが宏美は
「そうですよねぇ……幼稚園も小学校もピアノ教室も一緒に行っていましたからね。ある意味兄弟みたいに仲が良いかもです」
と答えていた。
「そうなんやぁ」
と安藤さんは少し驚いたような表情で納得していた。
「でも亮ちゃんはピアノ教室には来なくなりましたけどね」
と宏美はちょっと残念そうな表情を浮かべて言った。
「なんや? 辞めたん?」
と安藤さんが聞いてきた。
「え? あ、もう高校になったんでそろそろええかなと思って」
と僕は応えた。
僕は三歳の時から冴子と宏美と三人でピアノ教室に通い出した。
ピアノを弾くのは嫌いではなくどちらかと言えば大好きで何時間でも弾いていられたが、それなりに弾けるようになったので高校に進学したのを機会に教室に通うのを辞めていた。
「ふ~ん。なんかもったいないな」
と安藤さんも残念そうな表情を浮かべた。
僕自身はもったいないとかは思っていなかったが、なんとなくこの場の空気が重くなりそうだったので
「それにしても冴子、遅いな」
と話題を変えようと宏美に話を振った。
「もうすぐ来ると思うよ」
と宏美は応えた。
その言葉を受けて安藤さんも
「そうやな。キャサリンの家はすぐそこやからな」
と言った。
「キャッ、キャサリン??」
僕達二人は声を合わせて叫んだ。誰だそれ?
「なんや知らんのか? 冴ちゃんは仲間内ではキャサリンって言われてんで」
安藤さんは意外そうな顔をして僕たちに教えてくれた。
「え~、なんで?」
と再び僕達は声を揃えて聞いた。
「いや、まだあの子が母親のお腹にいる時の話なんやけどな。鈴原とあの嫁やん。だったら娘に絶対キラキラネームを付けるだろうっていう話になって、まだお腹にいる冴ちゃんをみんなで勝手にキャサリンって呼んでいたんや」
「で、ついた名前が冴子…普通やん。本当に期待を裏切ってくれるわ。あいつら」
安藤さんは本当に残念そうに経緯を教えてくれた。多分その時は仲間内でどんな名前が付くのか賭け事でもしたんだろう。
「いや……普通つけないでしょう……そんな事を言われる夫婦ってどんなゴージャスな夫婦なんだ?……第一、キャサリンって……だいたいどんな字を当てるんですか?」
それでも僕は興味が湧いたので聞いてみた。
「これとか」
と言いながら安藤さんはメモ用紙に「伽 沙 凛」と書いた。
「なんか、可愛い」
と宏美がそれを見て応えた。
「可愛いかぁ……恥ずかしいぞぉ」
と僕が指摘すると
「いやいや。言い慣れたら違和感なくなるぞ」
と安藤さんがフォローした。
その時カウベルが鳴って扉が開いた。
鈴原・伽沙凛(キャサリン)・冴子が入ってきた。
「うわ!伽沙凛(キャサリン)!!」
と三人が同時に叫んだ。
冴子(キャサリン)は転びそうになりながら足音を響かせてカウンターまでやってきて
「誰に聞いた! あ~っ、マスター言うたなぁ!!」
と叫んだ。
「え、ごめん。知らんとは思わなかったんで……つい……」
と安藤さんは冴子に謝った。
冴子は僕たちを睨みつけると
「あんたら! 絶対学校で言うたらあかんで……いうたら殺すで!」
と詰め寄った。
「そんなぁ……絶対に言わないよぉ……信じてよ……きゃさり~ん……」
ああ、どうしても口元が緩んでしまう。
笑いを堪えるのが辛い。
「その名で呼ぶな!! あほ亮平!」
そう言うと冴子(キャサリン)は勢いよく僕の右隣りの席に座った。
――それにしても……良い事を聞いた。これはネタに使えるな――
日頃、上から90度の目線で人を見下した態度をとるお嬢様に対しては、とても良い対抗手段を手に入れた……ような気がする。
昔から、半径5m以内の人間を言葉の暴力によって吹き飛ばしまくっている台風みたいな女だからな。
たまには報復しても罰は当たらんだろう。
まさにキャサリンタイフーンだ……そういえば昔そんな名前の台風があったことを習ったような気がする……などと思い出しながら僕は一人心の中でほくそ笑んでいた。
「でも……キャサリンって似合っていると思うけどなあ……」
と宏美は真顔で言った。
彼女は本気で「伽沙凛」が可愛いと思っているようだ。
もしかして宏美は天然やったか?
僕は違う意味で一人納得していたが……「キャサリンタイフーン」ともう一度心の中で繰り返してみた。
「いやいや、似合い過ぎているというかそのものだというか……ねえ、きゃさあり~んちゅわ~ん」
と僕は宏美の意見に激しく同意して見せた。
「お前は殺すぞ。亮平」
キャサリンは僕にそう呼ばれるのが本当に屈辱的に嫌みたいだった。
しかし確かに言い慣れたら『キャサリン』と呼ぶのに違和感が無くなった。
「ところで、伽沙凛……この店には良く来るの?」
こうやってキャサリンをいたぶるのは本当に楽しい。
「まだキャサリン言うか? くそ亮平は……案外しつこいな。ここなぁ、結構来とうで。お父さんやお母さんと一緒に……でも、ここで友達と待ち合わせするのは初めてやけど」
悪態をつきながらも冴子は教えてくれた。
案外律儀な奴だ。
「そうそう。冴ちゃんは赤ちゃんの頃から来ていたな。そういえば一平も離婚する前は亮平を連れてよう来とったな」
と思い出したように安藤さんが僕たちの会話に入ってきた。
「え、そうなん?」
ここには、今回オヤジと会うまでに来た記憶が無かったので僕は驚いた。
「うん。親子三人でよう来とったで。一平があんなに親ばかになるとは思わんかったけどな」
と安藤さんは昔を思い出しながら話してくれた。
「父さんって親ばかやったんですか?」
と僕は聞き直した。
とても意外だった。オヤジが親ばかだったなんて想像もできない。
「間違いなく親ばかで子供好きやったな。亮平が出来るまでは子供は嫌いだ! って豪語していたけどな。生まれた瞬間に悔い改めとったわ」
と安藤さんは言うと愉快そうに笑った。
「へ~。そうなんやぁ」
僕にはそんな実感が全くなかったが、その時の姿を見てみたかったと思いながら安藤さんの話を聞いていた。
「まあ、今も見とったら、まだまだ親ばかやんか」
安藤さんは楽しそうにそう言った。
「そうなんかなぁ……」
いまいち納得できないが……オヤジが親ばかだとはねえ……。
「で、私を呼び出してどうするつもり」
と安藤さんとの会話に割って入るように冴子(キャサリン)が高飛車に言い放った。
「どうするって……宏美とここで会うって言ったら勝手に来たくせに……」
と僕が応えると
「そのあとに、暇だったら来る? って聞いたやん。だから来てやったんじゃないの」
と相変わらずの上から目線で冴子は言い返してきた。
こいつはどうも僕達を完全に見下しているようだ。
こういう高慢ちきな女なんかいつか痛い目を見るに違いないと、心の中でとりあえず叫んでみた。
その時、
「なんでもいいが、若人よ! 取り合えず注文してよ。単なる待ち合わせ場所だけにうちの店を使うなよ」
と安藤さんが苦笑いしながら愚痴る。
「そうね。マスターの顔も立ててアイスカフェラテでも頼もうかな」
相変わらず上から目線の物言いで生意気だ……本当に親の顔が見てみたい……ってつい最近こいつの父親の顔は見たな……そういえば……。
それにしてもキャサリンは自分以外は全て目下にしか見ないのか? そう思えてならない。
安藤さんは
「へいへい……だからここはBARなんだって、ここは……で、アイスカフェラテねえ……牛乳……あったかな」
とブツブツ言いながら、冷蔵庫の扉を開けてミルクを取り出していた。
「この間、ここで冴子のオトンと会ったで」
安藤さんの愚痴を聞きながら僕は冴子に言った。
「それ聞いたわ。亮平、別れたお父さんに会ったんやろ? うちのお父さんが楽しそうに話していたわ」
冴子は既に知っていた。
「え、そうなんや?」
「うん。『亮平のお父さんがとっても嬉しそうにしていて、見ているだけで幸せな気分になれたって……』。亮平は会いたくなかったん?」
と冴子は少し怪訝そうな表情を浮かべて聞いてきた。
「実は会う前はどっちでも良かったんやけど……でも、今は会って良かったかな」
と応えながら、『俺はそんなに嫌そうな顔をしていたんだろうか?』と少し不安になった。
「実はね。私、亮平のお父さんには今まで沢山会っていたん」
と冴子は意味ありげな表情で僕の顔を見た。
「え?そうやったんや。知らんかった」
なんかもったいぶって嫌な感じだ。
「当たり前でしょ、あんたに言ってないもん。知るわけないやん」
「そりゃそうやけど……」
いちいち反応が腹立たしい。キャサリンのくせに。
「あんたのお父さんは私のお父さんと仲が良いでしょう? で、良くうちに遊びに来ていたし、お父さんの仕事を手伝ても居たから……というか、うちの家に一時住んでいたし……今でも飲んだら泊まっているし……」
「え~、そうなん?? 全然知らんかったわ……言えよ。それなら」
僕は驚いた。冴子はオヤジと昔から知り合いで、僕よりオヤジの事をよく知ってる。実の息子より父親の事をよく知っている同級生ってどうよ? それもよりによってキャサリンだし……。
「だって、その当時は亮平のお父さんだとは知らんかったもん」
と言ってキャサリンは『ふん!』と鼻を鳴らした。
「あ、そうか」
僕は納得した。なんか腹立つけど。
「最初の頃は親戚の叔父さんぐらいに思っとたわ。あんたのお父さんだって知ったのはつい最近になってから。でも亮平、あんたよりあの人の事は知ってるわ」
「へ~そうなんや」
と聞き流しながら冴子がオヤジの事を『あの人の事』というのが気にかかった。
「亮平って本当にあのお父さんの子供なんや……見えへんわ」
「ほっとけ」
冴子は昔から僕のオヤジと付き合いがあった。多分自分の子供のように可愛がったんだろうなあ……親ばかの子供好きになったそうだから……。
「どうやったらあの人からこんなぬるい子供ができるのかしら?」
と呆れたような表情で僕を一瞥した。
「悪かったな……ぬるくて」
こいつは言葉だけでなく態度も高慢ちきである事がよく分かった。
「ほい。冷たいカフェオーレ」
と安藤さんが冴子の前にアイスカフェラテを置いた。
「カフェオーレ?」
冴子が不審げに聞いた。
「そう、おじさんの時代はこれをカフェオーレと言った」
と安藤さんは笑いながら言った。
「あ、そうかぁ。安藤さんもお父さんとかと同級生やったんや。うちのお父さんとか亮平のお父さんとかはどんな感じやったの?」
冴子が目を輝かせて聞いた。
それは僕も聞いてみたかった。キャサリンの割には良い質問だ。
「昔ねえ……」
安藤さんは思い出を探すように語りだした。
「昔は……あの二人は……実は……愛し合っていたんだよ」
「え? 嘘?」
と僕達三人は声を揃えて聞き返した。
「嘘や。そんな事あるわけないやん」
安藤さんはとっても嬉しそうに笑った。子供を手玉に取った時の大人の顔だ。
本当にこういう時の大人って無邪気に笑うな。子供か!
「ふん!」
と冴子は拗ねたが、よく考えてみたら安藤さんとも冴子は付き合いが長いんだった。
「学生時代……中学時代まではそんなに仲良かった訳ではないよ。ただ、鈴原は一平の事を尊敬していたと言うか一目置いていたようやったけどね」
安藤さんは話を続けた。
「え? 同級生やのに?」
と冴子が不思議そうに聞き返した。
「う~ん。そうやな。高校時代の一平って先生に平気で文句を言えるタイプの生徒やった。まあ、ちょっと反抗的な学生でもあったけど……。
ある日、珍しく鈴原が教頭と言い合いになってな……、それも完全に鈴原の方が論理的にも正しかった。
言い負かされた教頭が感情的になりかけた時に一平が横から『五日も同じネクタイしてくるような先生が偉そうな事を言うな。生徒に文句を言うより、そもそも嫁さんの教育がなってないんとちゃうか?』と言うたんや。
そうしたら教頭先生が急に笑い出して『なんでそんなん見ているんや。お前は……。確かにこの頃ネクタイ替えてないな……わはは』いうて、それにつられて教室にいた奴らもみんな笑ってな。
結局、教頭は『下らん事、見とらんでええ』いうて笑いながら去っていたんや」
安藤さんは記憶を辿るように視線を天井に向け
「あとで鈴原が俺に『あのタイミングで教頭の顔を潰さないうように話を終わらせるかぁ?』と驚いて話してきたわ。
『どこまで冷静に人を見てるんや、あいつは?』とかも言っていたな……俺はそんな一平の事に気が付いた鈴原に驚いたんやけどな。でもな、そんなん、普通気が付いても出来ひんよ。高校生で大人の顔を潰さないなんて事を考える奴がおるか?」
と最後は呆れたように僕たちに聞いた。
「居ないと思います」
そう言って宏美と冴子の顔を見たら二人とも黙って首を振っていた。
「それから俺も一平の言動をよく観察するようになったんやけど、感情的になっているようで実は冷静だったり……兎に角、人を良く見ていたわ。あいつは」
「鈴原と言い合いしてた教頭なんか、廊下で一平を見つけるたびに『ちょっと来い』って教頭の部屋まで呼んで話をしていたもんな。『なんの話をしていたんや?』って聞いたら『珈琲飲みながら世間話していた』とか言ってたな。
反抗的だった割には案外先生とも仲が良かったな……なんせ不思議な奴やったわ」
安藤さんは僕と宏美の珈琲カップを持ってサイフォンから珈琲を入れてくれた。
「お二人さんにはサービスしとくわ」
「あ、ありがとうございます」
僕と宏美は慌ててお礼を言った。
「それとも一平につけておこうか?」
「それも良いですね」
と言いながら僕はここでお金を払ったことがない。勝手にお勘定はオヤジのツケになっているようだ。
「あいつの一番の才能は現状把握能力かもしれんなぁ。そんな一平が気に入ったみたいで、鈴原は三年からは一緒にいる事が多くなったな。そうそう、ユノ……亮平のお母さんの雪乃ちゃんね。その頃から付き合いだしたんやったなぁ」
分かってはいたが改めて聞くとなんだか不思議だ。
オヤジとオフクロはどんな付き合い方していたんだろう?
「ユノは『学校終わって一緒に帰ろうと思ったら鈴原がおるから邪魔や』って言っていたわ。ま、俺も二人の邪魔しいの一人でおったんやけどな」
というと懐かしそうな顔をして安藤さんは笑った。
「完全にお邪魔虫ですね」
と宏美が言うと
「そうそう。でもみんな仲良かったからな。他にも邪魔しいはおったしな。楽しかったよ。帰りにボーリング行ったりしたし」
と安藤さんは懐かしそうに笑った。
「ボーリングかぁ……時代やなぁ」
「学校の近所にあったからなぁ……」
と安藤さんがひとこと言った。
「え? 北野町に?」
僕達はそれを初めて聞いた。
「ああ、そうや。北野通り沿いにあったで。正確には加納町やけど」
「嘘……あんなところにボーリング場があったんや」
と僕達三人は驚きながら安藤さんの話を聞いていた。
「まあ、俺たちが卒業する頃にはそこは潰れとったけどね」
と安藤さんは少し寂しそうに応えた。
「へぇ」
と応えてみたものの、今の北野町からは全く想像がつかない。でもこういった昔話は聞いていて楽しい。
「あの辺は今マンションしか建ってないですよねえ」
と僕は聞いた。
「そうそう。ボーリング場はそのマンションになったんや。その隣にはダンジョンみたいなマンションもあったし……」
と安藤さんは昔を懐かしむように言った。
オヤジや安藤さんが子供時代の北野町は、今のようなおしゃれなイメージはなかったそうだ。
異人館も当たり前のように存在していたので何とも思わなかったらしい。
安藤さんの話を聞いていて僕はそのダンジョンのようなマンションが気になって仕方なかった。
――ダンジョンってどんなマンションなんだ?――
想像もできない。
「そう言えば……多分やけど、鈴原は一平が一番の友人やったんやないか? その当時は」
と安藤さんが思い出したように言った。
「え? そうなんですか?」
と言って僕は冴子の顔を見た。
いつもは人の話を聞くより自分の話をする冴子が神妙な顔で黙って聞いている。
そんなにオヤジ達の昔話が面白いのか?
僕にとってはオヤジの昔話を聞くのが新鮮で楽しい事だが、それは息子だからじゃないのか? この年になって初めて会った父親だから? とか思っていた。
女子高生が聞いても面白いもんなんだろうか? 冴子の横顔を横目で見ながら僕はそんな事を考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます