カジノブルーファンタジー

@gran

カジノブルーファンタジー


 俺は勝者だ。


 若くして、年収は数千万円を超え、都内の高級マンションを所有し、高級車を乗り回している。夜には、高級ナイトクラブのVIP席に座り、両隣に女を従わせ、数万のシャンパンを開ける。


 自分は、人生の勝者であり、選ばれた人間である。それは絶対期な自負であり、客観的な事実だった。


 職業は、ゲームプロデューサー。担当するのは、テレビコマーシャルを打ちまくっている超有名ソーシャルゲーム「グラグリ」だ。


 「グラグリ」は、その美麗なグラフィックと射幸性を煽る課金システムにより、他のソーシャルゲームの追随を許さず、頭一つ抜け出た利益を上げている。


 一時期、ソーシャルゲームの課金システムについて、消費者庁による規制の動きがあったが、担当官が自殺ということで処理されて以降、音沙汰がない。近々、省庁自体が地方に飛ばされるということもあり、ソーシャルゲームバブルがはじける心配は、当面はないと予測できる。


 それはつまり、我が世の春が続くことを意味していた。


 俺は勝者だ。



 転機は突然だった。


 会社の健康診断で都内の病院で検査を受けた際、医師に「再検査を」と告げられた。

 それから数日後、俺は癌を宣告された。


「不摂生がたたったのでしょうな」


 医師はそんな、お決まりの台詞を吐いて、病状について説明をはじめた。よくわからない話だった。


「早期発見」

「不幸中の幸い」

「癌は既に不治の病ではない」


 ただ、そういった断片的な言葉ににわかに安心を感じていた。


 入院して間もなく、抗癌剤治療が始まった。癌は小さく、手術の必要はないという話だった。


 会社には、休暇を申請し、臨時の代理には伊賀という部下を指名した。

数名いるディレクターの中では、従順で保守的な印象があり、大きな失敗をしないだろうと言う考えからだった。


 抗癌剤治療が始まってから、一週間後、新たな事実が発覚した。


 「結論からお伝えしますと、遠隔転移が見られます」


 意味がわからなかった。

 意味を理解したくなかった。

 ただ、否応なく、先の見えない入院生活が始まった。

 金はあった。

 金の心配はない。

 だが、それだけだった。


 もうろうとする意識の中で、退院したらあれを実装しよう、これを実装しようと、新しい企画について考えを巡らせた。だが、会社に戻れる日が近づく気配はなかった。


 日に日に病状は悪化し、抗癌剤の量は増え、副作用による苦しみも堪え難いものとなっていった。


 家族に当たり散らし、やがて、見舞いに来る者達を追い返すようになった。


 ◇


 誰も病室を訪れなくなってから、数ヶ月が経った。


 俺は、まだ生きていた。

 ただ、生きている。

 今が、何月の何日で何時かなど、わからない。

 立ち上がる力はなく、何かをする気も起きない。

 ただ、生きているだけの何もない日々が繰り返されていく。


 そんなある日、一人の男が病室を訪れた。

 現在のグラグリのプロデューサーであり、元ディレクターの伊賀だった。


「お元気そうで、なんて冗談でも言えませんね」


 伊賀は苦笑いしながら言うと、フルーツバスケットを病室に備え付けられたテーブルに置いた。


「そうだな、最悪だよ」


 伊賀は、ベッドの脇の椅子に腰を下ろし、両の手を組むと、こちらを覗きこむように顔を上げた。


「グラグリの方は、随分調子がいいみたいじゃないか」

「そうですね。この勢いなら、冬田さんの言っていたとおり、10年は続けられそうです」


 確かに、そんなことも話した。

 観衆に囲まれたステージ、数万人が視聴するライブ配信でマイクを握っていた。

 あの頃の栄光が思い出され、力なく拳を握る。

 どうしてこんなことに?

 そう思うしかない。


「やっぱり、人に楽しんでもらえる作品をつくるってのは、嬉しいもんですよ」

「そうだな」


 伊賀は、ふと首を傾げた。


「なんだ、何かおかしなことを言ったか?」

「あっ、いえ、意外だなって、冬田さん、プレイヤーに恨まれてたでしょ?」

「恨まれてた?」


 俺には、言葉の意味がわからなかった。


「プレイヤーは俺の創ったゲームをやってたんだぞ? 恨まれてるわけないじゃないか」

「あっ、自覚がなかったんですね」


 伊賀は苦く笑うと語りだした。


「冬田さんは、間違いなくプレイヤーから恨まれていました。冬田さんがプロデューサーをしていた頃の掲示板をみればわかります。怖いですよね。ネットって、そういうのが永遠に残っちゃうんですから」

「ネットに悪評が書き込まれるのは、どんなゲームでも同じだろ? そんなもの一々真に受けてたらキリがない」

「まぁ、そうなんですけどね。でも、僕はできるだけ取り合うようにしたんです」


 伊賀は、頭をポリポリかきながら答えた。


「グラグリの土台を創ったのは、間違いなく冬田さんです。僕は冬田さんの創ったモノにのっかってるだけです。とにかく世界観を壊さないようにしてますし」

「まぁ、当然だな」


 グラグリをつくったのは、自分だという自負があった。プロデューサーを続けていれば、伊賀と同レベルの売上を達成していたと考えていた。つまり、俺は伊賀を評価していない。


「ただ、一つだけ変えたことがあるんです。

僕はできるだけプレイヤーに恨まれないようなゲームをつくることにしたんです

「どういう意味だ?」

「プレイヤーの声に耳を傾けるようにしました。あと、費やした時間が無駄にならないようにというか、努力が実るようにしました」

「例えば?」

「まず手をつけたのはカジノです。かなりメダルを稼ぎやすくしました。

現実の賭博では、仕方ないことかもしれませんが、ゲームの中のミニゲームで、プレイヤーの財布を空にして萎えさせても仕方がないですからね」

「それはゲームの寿命を考えて」

「何度か会議の議題にも上がりましたよね? 萎えて、ゲームをやめちゃったらそれまでだから稼ぎやすくしないかって、でも春田さんは当たり確率を上げることを絶対にしなかった」

「ソシャゲに熱中するような中毒者がその程度でやめるわけがないからな」

「そうかもしれません。まぁ大半の人は続けるんだと思います。でもそれって楽しんでもらえてないですよね? いつも会議の時に思ってたんですよ。プレイヤーに嫌がらせしてどうするんだってね。収益に直接関わるような要素ならともかく、交換アイテムに制限があるカジノで、そんなことしてどうすんだってね。当時は、冬田さん王様だったんで、誰も何も言わなかったですけど、同じことを思ってた人は結構いたと思いますよ」


 俺は、言葉を返せなかった。喉が渇く。水が欲しい。


「ゲームって、楽しむためにやるものだと思うんですよ。カジノで時間かけさせるのは良いと思いますよ。プレイヤーに時間をかけさせて、他ゲーをさせないってのは重要な事ですからね」


 伊賀は、ため息を付くように言う。自身の言葉にもうんざりしているようだった。


「でも、ものには限度がある。冬田さんがいた頃って、ビンゴやり続けた結果、メダルが1000万枚なくなるとかザラだったでしょ? せめて元本が減らないくらいの確率にしとかないと、それこそプレイヤーが萎えちゃう。萎えるだけならましで、恨みの域までいっちゃう人もいるでしょう。それで、掲示板やSNSに悪評が書き込まれれば、ゲーム自体の評判が悪くなる。そんなの意味ないでしょ?」


 言い返したいが、言い返せない。伊賀は結果を出していた。それは、つまり自分が間違っていたことの証左に他ならない。だが、自分がプロデューサーをしていた当時は、それが正しいと信じていた。


「ただね、僕が一番心配なのは、ゲームの悪評なんかじゃないんですよ。所詮は、仕事ですからね。極端な話、グラグリが大失敗して、会社が潰れても、僕が死ぬわけじゃない」


 伊賀は、冗談めかして言ったが、冗談には聞こえなかった。


「僕はですね。結構幽霊とか信じてるんですよ」

「例えば、グラグリに課金しまくったのに、欲しいキャラが出ない人がいたとします」

「そりゃいるだろうな」

「ええ、最低でも千人くらいは、いるんじゃないですかね?」

「で、まぁ、仮に、その中に一人、呪いとかにはまっちゃってる人がいて、冬田さんの藁人形つくって、丑の刻参りとかしてたらどう思います?」

「馬鹿馬鹿しいな。そんなもの」

「ええ、馬鹿馬鹿しいです。そんなことで人が死ぬわけないです。でも、想像したら、気味が悪いですよね?」

「まぁな」

「もしも、そんなものが会社に送られてきたら、僕なら卒倒しちゃいますよ」


 伊賀は笑う。だが目は笑っていない。


「まぁ、行動に移す人なんて、そうはいません。でも、恨みを抱いている人はいるわけです。殺すのは大変でも、死ねと思うのは簡単なわけです。何千何万人といるプレイヤーの何千何万人という恨みの気持ち。僕は、そういうものが怖いんです。そういうものが寄り集まって、何らかの形で、自分に襲いかかってくるんじゃないかって、そう思っちゃうんですよ」

「くだらないな」

「非科学的ですよね。でも、人が死んだ時には、坊さんに供養を頼みますし、建物をつくる時には神主さんにお祓いをお願いします。現代の日本人って、あれこれ非科学的なことしてるんですよね」

「それはただの儀式だ。世間体のためのものだ」

「そうかもしれません。ただ理性では否定していても、無意識では否定しきれていない。そういうことってあるんじゃないですかね?」

「何が言いたいんだ」


 イライラしてきた。それは伊賀が何を言わんとしていることを、無意識では否定しきれていないからだ。


「プラシーボ効果ってありますよね。身体に良いと思っていれば、ただの白い粉でも薬みたいに効いちゃうってやつ」

「ああ」

「その逆もあると思うんですよ。恨まれてる。憎まれてる。気にしない風を装ってても、気になってしまう。それがしこりのように積み重なっていく」

「俺の癌が恨みのせいだっていうのか!」


 声を荒げるしかなかった。だが、力強く放ったつもりの言葉は、あまりに弱々しく、響くことなく、かすれたまま消えた。


「病気の原因なんて、僕にはわかりませんよ。ただ、医者にもわからないでしょうね」


 伊賀を睨みつける。早く出て行けと念じた。


「出て行きますよ。そう、こういうことなんです。人はそういうのわかっちゃうんですよ」


 伊賀は、ゆっくりと立ち上がり、背を向けた。


「冬田さん、最後に”僕のグラグリ”やってみてください」


 伊賀は、最後にそういうと病室を出て行った。


「ふざけるな」


 そう、かすれた声でつぶやいた。かすれた喉がひりつき傷んだ。


 ◇


 深夜、ふと目が覚めた。窓の外には、欠けていない月が浮かんでいて、病室は陰影がはっきりとわかるほどに明るかった。


 俺は、やせ細った手を伸ばし、スマートフォンを掴んだ。


 重い。


 震える指で画面を操作し、グラグリを起動した。


「どういうことだ?」


 見慣れていた筈の起動画面は、全く違うものに差し替わっていた。

だが、驚いたのはそこではない。


 アカウントのデータが削除されていた。

俺のアカウントは、全てのキャラクター、全ての武器、全ての要素を自由に使うことができる特殊なものだった。


 デジタルデータにすぎないキャラクターを手に入れるのに数万円課金するのは、金の無駄だ。

 アイテムを集めるために数十周、或いは、数百周、同じクエストをするのは、時間の無駄だ。


 グラグリは、時間の無駄だ。


 そう解っていた。

 

 だから、グラグリを、テストプレイしたことはあっても、真の意味で遊んだことはなかった。


「伊賀の仕業か」


 ため息をつき、新たなアカウントをつくり、グラグリをはじめた。


 ストーリーは変わっていない。見覚えのあるキャラクター、聞き覚えのある声、懐かしさを感じた。だが、画面レイアウトや演出。レスポンスなど多くの点が改善されていることがすぐにわかった。


 新鮮な驚きと共に、ゲームを進める。止められない。面白かった。つまらない"冬田のグラグリ"ではなかった。コンテンツ不足を嫌がらせで補うようなゲームではなくなっていた。

貴重なアイテムが手に入らないから、仕方なくやらされる作業ではなく、面白くてやめられないゲームになっていた。


「はは、は」


 画面がにじむ。涙があふれていた。


 俺は、"伊賀のグラグリ"を夢中で続けた。月はやがて翳り、意識は静かに失われていった。


 ◇


 翌朝、「大手まとめサイト」の幾つかが、冬田の死を伝えるプレス発表を転載した。


 そこに、まとめられたコメントは以下のようなものだった。


 「あー、ついに春田死んじゃったのかー」

 「春田じゃなくて冬田な」

 「グラグリつくったことは認めるわ」

 「人の恨みってこえーな」

 「正直、あいつがいなくなってからイベントが面白くなったし、俺ら的には?」

 「プレイヤー的には、中の人間のことなんてどうでもいいからなぁ」


 冬田の死は、ネット界隈の一部で話題になったが、それも数日のことで、一ヶ月後には、思い出すは誰も者もいなくなっていた。


 -了-

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