第4話 すばらしい日々

 それから、僕の生活の何が変わったかというと、特に何も変わらなかった。友達を裏切り、人を殺そうとし、そして裏切られ殺されかけても、何も。


 それでもいい。僕はもう、それでもいい。これから僕は死ぬ。『システム』によって、恋慕の対象であった人物によって、僕は殺される。死ぬのが怖くないのかと言われれば、怖くないとは言えない。だけれど、もうこれでいい。僕の死に様が、『システム』に心酔するあいつらにすこしでも影響を与えることができるのなら。


 心が、少しずつ壊れていくような感覚。嘆美で、満ち足りていて、とてもすばらしい日々。終わりに向かって沈んでいく、僕のこころ。そんな心象さえ、どこか高いところから眺めているような気がした。


「おい。お前、やべぇんじゃねぇの?」


 友人が僕に話しかけてきた。なんだろう。


「あと数日で死ぬんだろ? 交渉してこいよ、あいつと」


 ああ、なんだ。それのこと。


「いいんだよ、別に。なるようになるから」

 

 なるようになる。当たり前のことだ。世界は、人生は、なるようにしかならない。


「ふうん。あっそ」


 それきり興味を失くしたようで、友人はあっさり去っていった。



「……ねぇ。わたしと交渉、しないの?」


 それから数日後、彼女が話しかけてきた。どうやら、僕が『消去』になんの反応も示さないことが、不可解であるらしい。


「……しないよ。僕はしない」


 きちんと喋ろうとしたが、どうしても声がうわずってしまった。はは、なんて笑い話。こんなになってまで、僕はまだ彼女のことを。


「……聞かないの。理由」

「聞いたら教えてくれるのかい?」


 彼女は押し黙った。どうやら、教えてくれないらしい。


「怖くないの?」

 

 そりゃあ、怖いけどさ。


「僕は、生きてるだけじゃ嫌だから」


 自分の意見を殺して、自分の命だけを飼い太らせたくない。

 自分の心を殺して、『世間』という個人の意志の集合体に成り下がりたくない。

 自分を殺して、自分を生かしたくない。


 なぜってだって、このまま生きていたらーー


「……本当に、やめておいた方が良いよ」

「そうかもしれない。けど、決めたから」

「冗談じゃないんだよ! 本当に、死ぬんだよ!?」

「僕が冗談が得意そうに見える?」

「自分だけ安全地帯に居る屑に、免罪符を持った殺人者に、殺されるって、わかってる……?」

「わかってるんだよ、そんなこと」


 自分を殺した彼女が誰からも罰せられないことも。自分の死が『仕方ない』の一言で済まされてしまうことも。全部全部。


 一通り僕の話しを聞いた後、彼女は瞳に涙を浮かべた。どんな感情によっての涙なのかは知らないけれど、僕は彼女の涙を見て嫌な気分になった。なんだか、気持ち悪いから。


「……君って、本当に格好いいね」


 それだけ言って、彼女は僕の前から去っていった。いや、消えていった。

 

 彼女が何を考えてそんなことを言ったのか、僕には皆目見当もつかなかった。今でもわからない。だけれど、そんなことは考えるまでもないことだったんだ。僕はその答えを彼女から聞かされていたし、僕もそれを知っていたはずなんだ。だけれど、それが正しいのかどうかなんて考えることもなく、あっさり記憶から薄れていった。それが原因だったのに。逃げ口上を、言い訳を、自己正当化をするために、僕はそれを忘れていた。解釈を取り違えて、なかったことにした。


 でもそれもどうでもいい。彼女の言葉の意味なんて、もはや何の意味も持たない。


 


翌日。彼女は『消去』された。

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