With you

〈・夢とは…夢とは、幻覚である。願望の現れ。メカニズムはいまだに不明確な部分が多いが、まず脳内の電気ノイズによって様々な情報が流れ…〉


帰り道、ずっとあの最後の囁きについて考えていた。「幸運の暗示…幸せが訪れるのか?幸せってなんだ?奏音さんに出会えたことか?それ以上、もしかして…付き合えるとか…。」いろいろ考えに考えながら車を運転していたら危うく事故をおこしそうになったので一端考えるのをやめた。

部屋に着いて、すぐに酒を一杯飲んだ。同じ夢を見るにはどうしたらいいのか?自分の登場したい夢に入るというのは可能なのか?ネットで夢について調べてはみたものの自分の納得するような答えはなかった。夢はまだ解明されていない現象だということは理解できた。

テレビもつけず、音のない薄暗い部屋の中で酒をチビチビ飲んでいたら、いつの間にか目の前の景色がクラクラしていた。いつになく飲みすぎてしまった。

「今日は雨に濡れる…今日こそは。」

多分、おそらくではあるがそんなようなことを呟きながらベッドに倒れこんだ。


 …雨だ。まだ降り始めだろうか、アスファルトが濡れていなかった。ポツ、ポツ、と少しづつ強くなり始めたところだった。ふと、空を見上げてみると、なぜか晴れていた。灰色の、分厚い雲に覆われた雨降りの見慣れた空ではなかった。雲ひとつない、一面水色に統一された空。誰かが空に水色をムラもなく塗ったのだろうか。そんな感じの空だった。

周りを見渡すと知らない住宅街だった。ずっと先、見えなくなるまで真っすぐな道路。所々に曲道があった。なんだろうか、変な感じだった。鳥の鳴き声も車の音もない、生活音も人の気配もまったくなかった。ただ、雨の音が聴こえるだけだった。

そして、雨がちょっとずつ強くなってきた。

「濡れていよう。傘はいらない。隠れる必要もない。濡れていたいんだ。」

甘い雨だった。雨なのに冷たくもなくて、少し温い。心地よくて、本当に心地よくてずっとこのままがよかった。

何分経っただろうか。雨が弱まってきた。

「あぁもう終わりか…。」

そう思って立ちすくしていた。やがて、雨がやんだ。何の音もなくなった。どうすればいいのかわからなくて、とりあえず前に歩いてみた。十歩ぐらい歩いただろうか、急に声がした。

「こんにちは。あなたは、誰?」

どこから現れたのだろう、数メートル先に女の人が立っていた。身長がちょっと高くてスラッとしていて黒髪のストレートの…とにかく笑顔が魅力的な人だと思った。

「俺は…龍彦。菊池龍彦です。あなたは?」

女は笑顔で言った。

「私は、奏音。私はね、ずっとここを歩いてるんだ。でも歩いても歩いても誰とも出会わないし、音も何にも聴こえなかった。それで歩き疲れて休んでたら急に雨が降ってきたんだ。こんなに晴れてるのにね、不思議だねー。ちょうどそこの屋根の下に避難してたらさ、いつの間にか気づかないうちにちょっと先に人が一人、道路の真ん中に立ってたんだよ。雨に濡れて。それでちょっと様子見てた。」

なんだろう、奏音さんはすごく楽しそうだった。まるで子どもがカブトムシを山で探し回ってようやく捕まえたときのように。目がキラキラしていた。

「とりあえず嬉しいよーだれかに出会えて。私このままずっと一人なのかと思ってたからね。それより、大丈夫?ビッショビショだけど。寒くない?」

そういえば、服が濡れたままだったけどそんなに気にはなっていなかった。

「大丈夫。あの雨さ、気持ちいいんだよ。冷たくなくてさ、すごく心地よかった。だから俺は隠れる気もなかったんだ。もっと濡れていたかった。あと、あの雨不思議なことにちょっと甘いんだよ。奏音さんも今度濡れてみるといいよ。」

自分で言っときながら、今度っていつだろうと思った。雲もないから次はいつ降ってくるかわからない雨。あの感じを一回経験するとやみ付きになる。中毒みたいなもんだろうか。次の雨が待ち遠しかった。

「あの雨、甘いの?そうかぁ、じゃあ次降ってきたら一緒に濡れよっ?ねっ?」

この明るくてとびきりの笑顔。本当にかわいかった。この人の笑顔を見ているだけで心がほっとした。

「ところでこれから…」

と言いかけたところで周りが薄っすらとしてきた。


気がつくと、汗だくでスーツ姿のままベッドに横になっていた。

「あれ…あ、奏音さんは…。」

と言いかけたところで勢いよく起き上がった。

見れた。やっと奏音さんに出会えたのだ、夢の中で。嬉しくて嬉しくて、汗でビショビショのクリーニングに出したばかりのワイシャツなどどうでもよくなった。

時計に目をやると、まだ朝の四時だった。ちょっと落ち着いたところで二日酔いで頭が痛いのと、外が土砂降りの雨だということと、今日は仕事が休みだということに気づいた。

「そういや昨日飲みすぎたか…まぁ仕事休みだしいっか。」

そう言い聞かせ、頭痛が治るまでもうひと眠りすることにした。

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