僕と君と花火

僕と君と花火

8月6日、僕は毎年の恒例行事のように、地元の友達数名から八月やつき祭りに誘われた。

正直言うと行きたくない……。夏の暑さもそうだけど人混みってのが昔から苦手なんだ。

この人混みが8月の暑さを倍増させる。

クーラーにあたりながらアイスでもかじっていたかった。そんな愚痴を呟いていたけど、やっぱり祭りとは偉大だ。嫌々だったあの気持ちが、屋台の暖かい光によって溶かされていく。

蒸し暑さで止まらないイライラを、花火が一層してくれる。

最後の一発が空に弾けたとき、河川敷を歩いていた一人の女の子と目があう。

そして僕は、花火よりも力強い衝撃を胸で受けたのだった。

衝撃を受けた僕の体は、表情は、目線は、そこに固まって動かなくなった。

初めは彼女も僕と同じ風だったけど、祭り帰りの客の波にのまれて姿を消した。

彼女が見えなくなると、まるで魔法が解けたかのように体が自由になった。

あの胸の高鳴りは一体……。僕の頭の中はそれでいっぱいでだった。

そう、曲がり角を曲がるまでは……。



8月6日、私は毎年恒例になったように、地元の友達数名から八月やつき祭りに誘われた。

正直に言うと祭りは苦手だった。

暑いっていうのもそうだけど、人混みがすごく苦手……。クーラーにでもあたってアイスをかじっていたい、そんな気持ちを堪えて、私は祭りへ向かっていた。でも不思議なのは、毎年嫌々いってたけど最後は満足げに、金魚の入った袋を提げて帰宅していることだ。今年もこうなることは目に見えていた。

屋台で美味しいものをいっぱい食べて、射的や金魚すくい、疲れ果てて座った河川敷で花火が上がった。

花火は好きだ。なんだか胸がズドーンってなるあの感覚が、堪らなく癖になる。

「花火も残りわずかとなりました」そんな放送が聞こえてきて少し寂しくなる。

河川敷の人たちが帰り始めるのを見て、寂しい気持ちを取っ払うように私は立ち上がった。

河川敷の下を見下ろすと、一人の男の子が目に止まる。

なんだかわからないけど目にとまってしまったのだ。目を凝らしていると彼も私の方を見た。

完璧に目があった私はその場で動けなくなった。

そんな私へ追い打ちをかけるように、最後の一発が空で弾けた。彼の目に花火が写り込んで、輝いて、とても綺麗だった。最後の一発の余韻、それとは別の何かが私の胸を震えさせている。

でも、この胸に響く音の正体が、私には分からなかった。

祭りからの帰り道、私はずっと胸に受けたあの感覚の正体を考えていた。

でも考えれば考えるほど分からない、きっと何かの間違いだ。夏祭りっていう開放的な場所でふと思った勘違いだったんだ。

そう自分に言い聞かせて曲がり角を曲がる。


「「そうだ、きっと花火のせいだ」」


「「え?」」


思わぬことが目の前で起きた。

僕に少しでも数学の才があれば、すぐにこの確率を計算したいぐらいに驚いた。

彼女だ。さっき祭りのときに河川敷にいた。

間違いない、間違えるはずがない。

だって、この胸の高鳴りが何よりもの証拠だから。


思いもよらなかった。

私に文才があれば、今のこの現状を、運命の悪戯を一文にしてまとめたい程に驚いた。

彼だ。さっきの祭りで私を見ていた。

間違いないよ、間違えるはずなんてない。

だって、こんなにも胸が震えているんだから。


「さっき河川敷にいたよね?」


「あ、うん!そう、だよ?」


「俺、高宮たかみや かける 。君は?」


「私は、椎名しいな 朱里あかり


「さっきはジロジロ見てごめん……。」


「私こそ、ジロジロ見ちゃってたし……ごめん」


「君もみてたの?」


「うん、花火が写って綺麗な瞳が見えたから」


「俺も思った!!綺麗だなーって!」


「一緒だね」


「そだね」


「「……」」



なぜかぎこちない自己紹介が始まった不思議な空間に、夏風か吹き抜ける。

僕の胸を高鳴らせた彼女の正体がわかった。

まるで真っ暗な空に日が昇ったように、僕の中の君が輝いて眩しかった。

漂う祭りの余韻と胸の高鳴りが、僕に少し勇気をくれた。


初対面のぎこちない挨拶。

名前も知らなかった彼の名前がわかった。

真っ白いキャンパスのような私の中の彼に、一つ色がついたようだった。

頼りなく光る街灯を助けるように輝く星たちが、私に少しの勇気をくれた。


「あのさ……」

「あのね……」


「僕は……。」

「私は……。」


「「君が好き」」


そういった彼の瞳を、私は今でも覚えている。

花火が反射した宝石のような瞳が、今は太陽のように輝いていた。

彼の瞳越しに見た花火を、私は一生忘れないだろう。

私に文才があったなら、きっとこんな題名の小説を書くはず……。


彼の瞳と私と花火。


そういった彼女の姿が、僕の瞳には焼き付いている。

あの時、初めて彼女を見つけた風景を、僕は一生忘れないだろう。

僕に芸術の才があったのなら、あの時の風景を絵に描き上げたはずだ。

僕が見上げた先に君がいて、君の後ろで花火が弾けた、あの瞬間を……題名はきっとこれにする。


「僕と君と花火」



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僕と君と花火 @Kutenai

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