第90話 違和感の撤退

「織花、身体は無事?」

「大丈夫よ、まだいけるわ」

「それなら良かったけど」

「けど面倒ね。もういっそのこと大技で一層してやろうかしら」

「それはダメだよ」

「……何でよ?」

「さすがに1500の賊を一気に殲滅できる技なんて持ってないだろう?」

「う……」

「大技は体力を使うし、賊の増援だってあるかもしれない。織花には殲滅よりも時間稼ぎのために力を尽くしてほしいんだ」

「はぁ……本当に面倒」



 彼女の性格上、そういう地味な作戦は許容しにくいのだろう。いつも真っ向勝負で力でねじ伏せるタイプだし。



「けど京夜、結界もあまりもたないんじゃない?」

「ん~まだもう少しは大丈夫かな。それよりも賊が頭を使ってるのが厄介だよね。バカ正直に突っ込んでくるだけならもっと数を減らせたんだけど」

「そうよね。半日以上戦ってたけど、せいぜい500くらいでしょ、倒せたの。今までアタシたちが相手してた賊たちだったら、早ければもう殲滅できてるし」

「う~ん、まあ僕たちが籠城してるってことも大きな理由だけど、向こうもあまり無理な突撃をしてこないのは気になるね」



 当初はただ突っ込んできていただけだが、結界の強固さを肌で感じるやいなや、攻撃方法を遠距離や中距離型に切り替えて、あまり被害が出ないような戦い方をし始めたのだ。



 一部痺れを切らして突っ込んでくる賊もいて、そのお陰で迎撃することができているが、今まで倒してきた賊と比べると、少し知恵が回るようで厄介さを感じる。



「何とか結界が切れる前に援軍が到着すればいいんだけど」



 町の人たちも僕の言葉を聞いて不安げな顔をする。【バルクエ王国】の国主は、良き王だと聞いているので、助けを求めたら応えてはくれるだろう。



 あとは時間の問題だけ。



 そう思っていると、物見やぐらに立って周囲を監視していた者が、



「ほ、報告しますっ!」



 と、大声で僕たちのところまで声を届かせた。



 皆が上を見上げ、発言した者へ注目する。



「き、北の方角から王国の騎馬隊らしき影が見えますっ!」



 待ちに待った援軍である。



 物見やぐらに立つ者の言葉を受け、聞いていた者たちは一様に嬉々とした顔を浮かべた。



「よ、よし! これなら賊をすべて――」

「ま、待ってください! 賊たちが退いていきますっ!」



 またも物見やぐらに立つ者からの言葉。恐らく彼らも援軍の存在に気付いたのだろう。



「騎馬隊の規模はどれくらいですかぁ!」



 と、僕が聞くと、目算で2000以上はあると答えてくれた。



 連携も取れる優秀な兵団がそれだけいればさすがに敵わないとでも判断したのだろうか。



 賊の割りに引き際が良過ぎる気もする。

 情報では賊が一つに固まって西の方へ移動を開始し始めているとのこと。



 その先は森が広がっており、中に逃げ込まれると追うのは厄介だろう。

 そうこうしているうちに、騎馬隊が町の入口へと近づいてきた。



 代表して町長が立ち会うことに。



「我が名は【バルクエ王国】第一騎士団団長――アキミネだ! 賊の襲撃があると聞き、増援に参った次第である!」



 ずいぶん堅い口調の少年だった。自分と同じ年頃なのに団長とは大したものだと思っていると、少年は町の様子を見て訝しむ様子を見せる。



「むぅ、賊が退いていったのは分かったが、なるほど……この現状、我が友のの見解が的を射ていたということか」



 何か思うところがあるようで、結界のお陰で被害の少ない町の様子を見て唸っている。



「これはこれは騎士団長様、よくぞお越しくださいました。此度の助力、感謝致します」



 町長の言葉に、アキミネと名乗った少年が馬から降りて近づいてくる。



「いや、ここは我が主の領内でもある。貴様たちは主の眷属であり、危機があれば駆けつけるのは当然。傷つきし者たちはいるか?」



 何というかめんどくさい喋り方だなぁ。というかどことなく自分の話し方に酔ってる感じだけど……。

 まるで厨二病から抜け出せない高校生のような感じで……。



「大丈夫です。ほとんどが軽傷なので」

「間に合って良かった。お前らは賊の追撃へ向かえ。ただし深追いは禁ずる」



 部下らしき者たちに少年が言うと、部下たちが一斉に動き始めた。

 そして少年の視線が僕へと向き、その隣に立つ織花へと向かう。



「? ……強いな。遠目にだが町を覆う結界を肉眼で確認していた。身形からして……貴様が施した光の結界か?」

「あ、はい。これでも潜在職というか一応大魔導士をやらせてもらっていて」

「ほう、魔導士ならともかく大魔導士が潜在職とは珍しい。歴史上でも数えるほどしかその名を語っていないと聞く。名を聞いてもよいか?」

「ぼ、僕はキョウヤ・アカイケっていいます。こっちはオリカ・センドウ」



 ただ名乗っただけなのに、少年はギョッとした表情を一瞬見せて、鋭い眼差しで見つめてくる。



 そして驚愕すべき言葉を述べた。



「ふむ。まるで我が祖国――日ノ本に住まう者たちに連なる懐かしき名を持つ者たちだな」



 ひのもと? いや、日ノ本か。それって……日本のこと、だよね?



 そういえばこの人、確かアキミネって……まるで日本人みたいな名前だし……まさか!



「あ、あの、もしかしてあなたは日本人なんですか!」

「ふむ、その通りだが……あっ!? ち、違うぞ! 断じて日本人などではない! そう、日本語など記憶にすらないわ!」



 いや、だとしたら日本語なんて言葉を知っているわけがない。

 どうやら彼が日本人であることは間違いないようで、自分と同じ召喚されてやってきた人物の一人の可能性が高い。



 彼も勢いでバレるような言葉を吐き、それを無かったことにしたいらしいが、どうもあまり頭は良くないようだ。



 何故彼が日本人であることを隠したいのかは理解できる。それはきっと、中央に知られて拘束されるのが嫌なのだろう。



 暗愚な皇帝に捕らわれ利用されてしまう恐れがあるからと、【ファイル―ン王国】の国王にも自分たちの素性は隠せと注意を受けていた。



 確か彼は騎士団の団長って言ってたよね。つまり【バルクエ王国】が召喚したってこと? 噂でしか聞いてなかったけど、やっぱり【バルクエ】も異世界召喚に成功してたんだね。 



「あー口外したりするつもりはないので安心してください」

「な、何を安心するというのだ! わ、我は別にど、ど、動揺など微塵もしてはおらぬ! シ、シヴァの魂と同じく氷のように冷静さを保っておるわ!」



 真っ赤な顔をして言われても説得力など皆無だ。



「……ねえ京夜、コイツ何言ってるの? バカなの?」

「あーちょっと織花は黙ってようね」



 彼女は基本的に思ったことをそのまま口にしてしまう、上に超がつくほど素直なのだ。



 幸いにも、自身の発言のまずさに頭を抱えて唸っている騎士団長殿には、彼女の声は届いていないようでホッとした。



「ああ~マズイ~! このままじゃ夏加に怒られるぅ~!」



 ナツカというのは誰か分からないが、相当その人物が怖いのか真っ青な顔をしている。



「ああもう! と、とにかく貴様たちには正式に恩賞を受ける権利が与えられる。我らとともに来るがよい!」



 ビシッと指を突き付けてくるアキミネくん。



「え、えっと、でもまだ近くに賊が……」



 退いていったといっても、またここに来る可能性だってある。



「フッ、安心しろ。我が部隊をこの町にしばらく待機させる。賊もおいそれと手を出せまい」



 それはありがたいと町人たちも口々にそう言った。



 確かに王国の騎士団が常駐して守ってくれれば、質も量でも負けている賊が攻め込む理由が見当たらない。



「ねえ京夜、いいの? 恩賞受けるのはいいけどアタシたちの素性は……」

「まあ、いざとなったら逃げるだけさ。それに路銀だって少なくなっていたから、こっちとしても都合が良いでしょ?」

「むぅ……」

「もしかしたら望太についての情報もあるかもしれないよ?」

「そういうことなら」



 やはり望太の話題を出すと彼女は弱い。それだけ彼のことを大事に想っているのだが……。



 はは、やっぱりちょっと焼けちゃうよね。



「? どうかしたの、京夜?」

「ううん、何でもないよ。えっと、騎士団長さん。恩賞の件、受けさせてもらいます」

「うむ! では馬を貸す故、我のあとについてくるがよい」



 そうして僕と織花は、アキミネ騎士団長と一緒に【バルクエ王国】へと歩を進めたのだった。





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外道チートの大冒険 ~異世界に呼ばれたジョーカー~ 十本スイ @to-moto

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