第89話 京夜たちによる防衛
――【アルマン】。
周囲を土壁が守っている小規模の町だ。北の大陸と比べて土地はそれなりに潤っており、近くには川も流れている田舎町のような風景が見られる集落。
今までモンスターの襲撃や賊の襲撃もほとんどなく、平和な町とも呼べる場所である。
だが今、そんな平和を脅かす者たちによって町は包囲されていた。
賊の襲撃である。
見た目から昨今から話題に尽きない《白衣狼》の群れ。名前通りの真っ白な衣を着用している姿は異様で、恐怖を煽るような冷たさを感じさせている。
規模は二千ほど。
通常ならば町の規模からいって半日もかけずに落とされていただろう。
しかし【アルマン】の住民たちにとって思いがけない僥倖があったのだ。
それが――。
「――はあぁぁぁぁぁっ!」
空気を切り裂くような一閃とともに鮮血が迸る。
血を流し呻き声を上げる間もなく倒れるのは賊一人だ。
そしてそれを成しているのは――仙堂織花。両手に長剣を持ち、肉眼で捉えることが難しいほどの速度で振り回し、賊を一層していた。
「ぐっ、くそぉ! その女は放っておいて町に侵入しろぉ!」
賊の一人がそう言うが……。
「あっぐっ!? くそぉ、さっきから何だこの光はよぉ!?」
賊の前方に立ち昇る光の壁がある。それが町の周囲を多い、賊の侵入を阻んでいた。
そしてその強力無比な結界を施しているのが――。
「絶対に侵入はさせないよ!」
僕――紅池京夜だ。
できれば僕も、織花のように武器を振ってカッコよく敵を倒したいというのが本音だけど、結界を張り賊の侵入を防いで民たちを守れるのは魔術が得意な僕だけ。
うっ……でもやっぱりまだキツイよね。
周りに転がっている賊の死骸。それは自分の魔術や織花が屠った証拠。
すでにこの世界に来て手を汚した経験がある僕たちは、初めの頃のように吐いたり倒れたりはしない。
慣れた、といえばそこまでだが。
それでも人を殺すという慣れたというよりは、耐えられるようになったといった方が正しいだろう。
誰も好き好んで人殺しをしたいわけがない。織花だってそうだ。
しかし何もしなければ殺されてしまうし、大切な者を守れない。
それはこの世界に来て痛感させられた。
賊に襲撃された集落の末路は悲惨なものである。
男や老人は惨殺され、女は犯され、子は売られる。
それがこの世の常なのだ。狂っているといってもいいだろう。
命など奪いたくはないが、放置しておけば何の罪もない者たちが殺されてしまう。
だからこそ僕と織花は悩みに悩み抜いた末、自分たちの手で力無き者たちを守ることにしたのである。
「――アストラル・バレット!」
僕の言葉と同時に、光の結界から凝縮された光の弾丸が放たれ、近くにいる賊の身体を貫く。
「あっが……っ!?」
「ぞ、ぞんなぁ……っ!?」
「ら、楽に……っ、落とせる……はずだったのにぃ……っ!?」
賊たちが次々と倒れていく。
その死に様を見るだけで、やはりまだ胸が痛む。感情を殺し切れていないのだろう。
そしてそれは織花も同じだ。氷の表情をしながら敵を斬っているが、長い付き合いの僕ならば分かる。
あれはやせ我慢をしている時の表情だと。
早く終わらせないと。織花のためにも!
彼女の心がこれ以上凍りつくまでに。
しかし……。
「くそ、敵の数がやっぱ多いな。それにまだ倒したのも500ほど。僕の結界はまだもつけど、様子見に入られて時間稼ぎされるとしんどいかも」
僕の結界術は強力ではあるが大量の魔力を使う。町の規模を覆うほどの結界を維持し続けて半日以上。常人にとってはこれだけでも信じられない所業らしいが、異世界人補正とやらで大量の魔力を得ていたことに感謝する。
だがそれでもこれ以上時間をかけられるとマズイ。
「っ……あと二時間くらいが限界……かな、はは」
それまでに賊が一気に押し寄せてきてくれれば一層できる方法もあるが、案外バカではないのか、全員でかかってくるようなことはしていない。
それに……織花だって動きっ放しだ。体力も大分削られてるはず。
「くっ……援軍が来てくれれば」
ここは西の大陸。本来ならば来る必要のない場所である。
何故僕たちが南からわざわざ二人だけでここまでやってきた理由は、同じように異世界に召喚された親友を探し出すため。
本当の目的は北の大陸にある【リンドン王国】というところだ。先日、そこで捜し人かもしれない者が現れたという噂を耳にした。
それを確かめるためにこうして足を延ばしてきたというわけである。
しかしこの【アルマン】に辿り着いて一泊していた時、賊の襲撃を受けて、見過ごせないと町を守るために尽力しているのだ。
「ぐはぁっ!?」
一緒に戦っていた町人の一人が、賊が放った矢を胸に受けて倒れてしまった。
「!? 下がってください! 攻撃は最小限でいいですから!」
結界の中から攻撃はできない。だから攻撃する時は、町人は一度結界外へ出て矢を射ているわけだが、その時の防御手段は各々に任される。
攻撃しようとしたところをカウンターで受けてしまったのだろう。
「す、すみません! ですがお二人だけで戦わせるわけには!」
町人が申し訳なさで一杯の表情でそう言ってきた。
僕は汗に塗れた顔を笑みで緩めながら言う。
「大丈夫です。【バルクエ王国】に通達係は出しました。もう少ししたら援軍が来てくれるはずですから、ここは僕と彼女に任せてください」
少なくとも結界を維持し続ければ、その中にいる者たちは安全なのだから。
「わ、分かりました! では我々は怪我人の手当てに集中します!」
「お願いします! 織花ぁっ、もう少しだけ頑張ってくれぇ!」
僕の声が聞こえたのか、遠目に戦っている織花が持っている剣を天に掲げ答えてくれた。
これならばまだ十分に戦って時間を稼げる。
そう思った矢先の出来事だった。
突如、どこかから銅鑼を鳴らした音が響き渡り、それを合図にしてか賊たちが引き上げだしたのである。
「撤退!? 勝てないって思って逃げた……のか?」
しかしまだ賊は目算で1500はいる。こっちはまだ余力があるといっても勢力としては圧倒的に分が悪い。賊のことだからそのうちこっちが力尽きるだろうと考えて攻め続けてくると思ったが……。
敵は逃げた。気になるものの、これで町の平和が守れたと安心したのも束の間。
敵は町の襲撃を諦め撤退したのではなく、僕の支援攻撃が届かない範囲まで退いて様子見に徹することに決めたようだった。
故に町の周りを囲み、結界が切れるのを待つ策を取ったようだ。
これはあまりしてほしくない戦術だったが、援軍が到着するまでの時間稼ぎにもなるので助かる面もある。
それに……。
「織花、一度結界内へ!」
肩で息をしていた織花を呼び込み、彼女の休息を計ろうとした。
彼女も退いた賊を訝しみながらも結界内へ入ってきて水分補給と掠り傷などの手当てを受ける。
賊の集団攻撃をずっと受け続けていたにもかかわらず、これだけの傷で済んでいるのだから、すでに彼女は超人の域だろう。
しかしその代償に体力が大幅に削られているようだ。何せほとんど彼女一人で戦っていたのだから仕方がない。
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