第88話 賊襲撃の報
――三日後。
朝議と呼ばれる国の重役たちが集まってする朝の会議の最中、突如として兵が慌てて駆け込んできた。
「何ごとじゃ?」
兵の様子を見て、ただ事ではないと察知した女王――ユリシスが目を光らせて問い質した。
その場にいる者たちもまた、真剣な面持ちで兵に注目している。その中には当然のように夏加と秋峰もいて、何故か客将の俺もいたり。
さすがに俺は部外者だろうとか思ったが、夏加の部下ということもありユリシスに許可を取ってこの場に立たされているというわけだ。
「ご報告致します! 東の地にて《白衣狼》と思わしき集団を発見。数はおよそ二千。近隣の村――【アルマン】から救難要請を求められてきています!」
「何じゃと!? またあやつらか!」
《白衣狼》――その名は聞き覚えに新しい。何でも現状の治世に抗い、皇帝批判を謳う者たちのこと。
その規模は大きく、国家でさえ太刀打ちできないほどに膨れ上がっているという。
俺もまた実際に遭遇したことがあるし、襲われたこともあった。
世直しのための一揆といえば聞こえはいいが、やっていることは賊そのもの。豊かな集落を襲って食料や女などをかっさらい欲を満たしているのだから。
恐らく当初は真に世界の行く末を願い決起している者たちもいただろうが、今では略奪や搾取などを行う非道集団と化してしまっていると聞く。
「すぐに部隊を編成して向かうのじゃ! アキミネ、行けるな?」
「当然です! 我が漆黒の騎士団が見事世界のゴミを粛清することを約束しましょう」
相変わらず言い分がいちいち厨二臭いが、これまで彼の残している実績に誰も文句がないようだ。
秋峰はすぐに動き、部隊編成のためにその場から去っていった。
「ねえ、賊の数が二千って言ったわよね?」
「はっ、目算ではありますがその程度だと」
「襲われてるのは【アルマン】だけ?」
「確認したところによるとその通りです」
夏加が兵士に問い、しばらく顎に手をやって考え込む。彼女が何を考えているのか俺にも分かった。
「……【アルマン】だけ、か。ちょっと腑に落ちないわね」
「どういうことじゃ、ナツカよ?」
「はい。【アルマン】は町としての規模は大きくありません。自衛力にしてもそれほど強くないはずです。それなのに二千もの規模でいまだに落ちてないのはちょっと気になります」
「……それもそうじゃな。【アルマン】は町民三百五十ほど。約六倍の戦力でまだ持ちこたえておるという事実に疑問を浮かべておるんじゃな?」
「そうです。ねえ、町が襲われてからどれくらい経ってるの?」
「半日以上は経っているかと」
兵士の返答に、その場にいる者たちが思案顔になる。
不意に夏加の視線が俺へと向く。
「アンタはど思う、望太?」
「……普通だと誘い、かな」
「! どういうこと?」
夏加だけじゃなく、他の者も俺の言葉に注目した。
「夏加の言ったように、二千の規模で六分の一の勢力を半日かけて潰せないのは解せない。籠城に徹してたとしても、さすがに半日もかければゴリ押しでも何とかなるしな。【アルマン】は堅固な町でもない普通の集落だし」
「そうよね。でも誘いってのは?」
「いまだに落とせない理由。いや、落としてない理由は確実に存在する。だったらそれは何か、時間をかければ他の場所からやってくる援軍の存在だって賊も理解してるはず」
「……つまり賊の目的は援軍?」
「あるいは援軍を出させること、かな」
「? シラキリよ、どういうことじゃ?」
俺の言っている意味が理解できないようで、眉をひそめているユリシス女王。
「つまり援軍を出させて、その援軍を叩きこの国の防衛力を削るという戦法を取ってる可能性があるということです」
「! ということは賊どもが真に狙っておるのはこの国か?」
「まあ、ただもう一つ考えられます」
「ほう、申してみよ」
「賊が二千でも食い止められるほど強力な人材が【アルマン】にいるということです。というか自分としてはこっちの方が可能性としては高いかもと思いますが」
「それはないわ、望太」
「へぇ、何で?」
「だってそんな都合の良いことが起こる? 六倍もの勢力相手に食い止められるくらいの人材がそこらにウロウロしてるわけないじゃない」
って夏加は言うけど、普通に俺たちやヴェッカは旅をしてたんだよなぁ。
特にポチやビーがいるなら十倍の戦力差でも何とかしそうだ。
「少し待てナツカ。シラキリよ、何故後者の考えの方が可能性が高いのじゃ?」
「前に《白衣狼》の戦を見ました。戦術も何もないほとんど特攻だけのアホな戦い方。そんな奴らが一つの町を囮にして、この国から少しずつ援軍を出させ戦力を削るなんていう策を思いつくでしょうか?」
「ふむ、実は余もそのことを考えておった。今まで多くの賊を討伐してきたが、効果的な策を行使した者たちは存在しなかった」
基本的に賊は貧困に喘ぐ農民などが集まって構成されている。訓練もされていない者たちばかりで連携もなっていない。獣と世間から称され、奪うことしかできない者たちだ。
そんな者たちが策を使うだろうか?
もしかしたら軍師のような役割を担った者を手に入れたのかもしれないが、何となく現実的ではない気がする。今までが今までだっただけに。
「だからお主は、【アルマン】に腕に覚えがある助っ人が現れたという可能性の方が高いというんじゃな?」
「はい。あくまでも推察の一つですけど」
そう、口にはしてみたが夏加の言うように都合が良いともいえる。町民が三百五十いるといっても、戦える者は限られるだろう。
故に実質戦力は六倍以上に差があるはず。
それで半日の攻めを耐えられているということは、相当の腕を……ヴェッカ程度の力を持つ存在が数人必要ではないだろうか。
「とにかくどの可能性もあると見た方が良いな。国の防衛にも力を入れて警戒態勢を敷く。また追加でアキミネにも戦力を倍にして向かえと指示を」
ユリシスの指令を受け、兵士が返事をして去った。
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