第81話 目をつけられる
「あーしまったなぁ、こりゃ」
投げた時に腕をずっと掴んでいたら良かったと後悔した。
「い、いいか、誰も俺に近寄るんじゃねえぞぉ!」
「やだぁぁぁっ、おかあさぁぁぁぁぁんっ!」
「うるせえガキ! 泣くんじゃねえ!」
あーやだやだ。人質なんか取っても立場が悪くなるだけだってのに。
よく罪を重ねるなという言葉かけがあるが、一つの罪と二つ以上の罪とではやはり重さが全く違う。罪の度合いにもよるが、一つならば情状酌量の余地があって釈放されることや減刑されることもあるだろう。しかし複数の罪があるなら適応されない可能性が高い。
窃盗だけならこの世界でももしかしたら牢獄生活が十日ほどで済んだかもしれない。
だが小刀を抜いて「死ね」と言って俺を刺そうとしてきた時点で殺人未遂だし、子供の人質なんか取ったらどう贔屓目に見ようが情状酌量は得られないだろう。
本当にバカだなと思いつつも、さて……どうやって子供を助けたらいいだろうか。
興奮している男を下手にこれ以上刺激すれば、勢いそのままにグサリといくかもしれない。さすがにそんなことになれば寝覚めが悪い。
しょうがねぇ、ここは〝外道札〟で……。
そう思い懐に手を入れた瞬間――ブシュッ!
群衆をすり抜けるように飛来した細長い物体が、男の脳天を射抜いてしまった。
「あっが……っ」
それは一本の矢。
男は当然頭から血を噴き出しそのまま倒れた。
子供はその隙を見て母親らしき女性のもとへ駆け出していく。
俺はホッと息を吐きながらも、矢が飛んできた方向へ視線を巡らせて……。
「……げ」
思わず喉から声が出てしまった。
弓を構えた一人の少女。それは先程別れたはずの兄妹の片割れである妹だった。
「「「「おおぉぉぉぉぉぉっ!」」」」
その場に集まった者たちも、二つ名を持つ存在に目を輝かせて称賛の言葉を送っている。
「さすがはナツカ様だ!」
「見事な弓捌き~!」
「うおぉぉっ、結婚してくれぇ!」
「おいこらてめえ、何抜け駆けしようとしてやがる!」
「そうだそうだ! てめえみてえな野郎にナツカ様はもったいねえんだよぉ!」
何だか男たちが一様にナツカ・スズハラを取り合いしだした。
しかし当の本人のナツカは涼し気なというより、どこか鬱陶しさを感じさせる表情をしながら倒れている男の方へと歩いてくる。
そんな彼女の前に、人質にされていた子供が近づいてきて、
「あ、ありがとー、ナツカさまー!」
と無邪気な笑顔を向けた。その後ろからやってきた母親も礼を言いながら頭を下げている。
ただナツカは不愛想に「別に」とだけ言うと、その視線を男からスッと俺へと移してきた。
うわ、マズイ!
「ふぅん、少し遠くから見ていたけど、やっぱり強いんだアンタ」
「え、えっとぉ……ナンノコトデスカ?」
「誤魔化してもムダ。この目でバッチリ見たし」
あっちゃあ……まさか見られていたとは。
「衛兵!」
「はっ!」
「この男を処理しなさい」
キリッとした声で指示をする彼女をちょっとカッコ良いと思ったのは内緒だ。
「ふぇぇ~、でもよくあの群衆の中を抜けて正確に命中されましたね。凄いです」
カヤちゃんの言う通り、あんな芸当は俺にはできない。というより達人級の腕を持っていても難しいのではなかろうか。
「さすがは『魔弓天女』ってことか」
「ちょっ、その名前で呼ばないで!」
「へ? あ、ご、ごめん!」
しまった。勢いでついタメ口で謝っちまった。
だっていきなり美少女のドアップが目の前に来たら男なら誰だって慌てるだろ。
「いい? 次にあたしの前でその名前を言ったらアンタの眉間を撃ち抜くから」
「は、はぁい、肝に銘じておきます」
どうやら彼女は兄と違って二つ名を良しとしていないようだ。少し赤らめた顔を見るに、大分恥ずかしいと思っているのだろう。
こっちも死にたくはないので歯向かうつもりは毛頭ない。
俺は運ばれていく死体を一瞥すると、平然として群衆から尊敬の眼差しを受けているナツカに対し口を開く。
「にしても、案外すんなりと殺したんですね」
「何、嫌み?」
「いえいえ、さすがは国家を代表する方だと」
すると彼女は若干不機嫌そうに眉をひそめた。
「しょうがないじゃない。そうしないと生きていけなかったんだし」
「? ……そうなんですか?」
「こっちに召喚された時、召喚座標がちょっとずれてたみたいでね、あたしとバカ兄はこの国から少し離れた岩場の近くに召喚されたのよ」
「は、はぁ」
そんなに簡単に召喚召喚といってもいいのだろうか。確か皇帝関係の輩に聞かれるとマズかったのでは?
そう思ったが迷惑を被るのは義理もないこの国なので黙って聞いておく。
「運悪くね、その岩場ってのは賊が潜んでた場所でさ。何でもこの国に襲撃をかけるための様子見で岩場にやってきてたらしいのよ」
なるほど。つまりは偵察部隊といったところだろう。賊がそんな頭があるとは予想外だったが、別に不可思議なことではない。
攻める拠点を偵察するのは至極当然だからだ。
「何も知らないあたしたちに襲い掛かってきたわ。あたしなんてほら、見た目が良いでしょ?」
「へ、あ、まあ……」
それを自分で言うところが、何となくあの兄と同じ血が通っているのだなと思わせた。
「当然獣同然の賊があたしを犯そうとしたわけよ。まだ力の使い方とか知らないあたしとバカ兄は抵抗できなくて」
あ、もしかしてこれすっげぇ暗くて重い過去なんじゃ……。
「? 勘違いしないでよ? あたしの貞操は守り抜けたわよ」
「あ、そうなんですか」
どうやらそのまま……というわけでなくてホッとした。さすがにこんな美少女がレイプされましたって聞くと気分も悪くなるし。
俺と同じように感じているのか、話を聞いているカヤちゃんやビーも安堵した表情を浮かべている。ポチは興味が無いのか欠伸をしているが。
「ちょうどタイミング良くこの国の軍隊が現れてね。助けてくれたってわけ。もし助けが来なかったらって思うと……ゾッとするわ」
それはそうだろう。恐らく兄の方は殺され、この子は賊に好き放題暴行を受けたはずだ。
「だからあたしは賊が嫌い。この国にも一応助けてもらった借りは返したいし、賊討伐もやってきた。まあ、元々この国が召喚したせいであんな危ない目に遭ったってのもあるけど」
彼女曰く、王が真摯に頭を下げて謝罪をしたことで許してやったという。
「アンタ、もしかして人を殺したことないの?」
「……それが普通なのでは?」
「日本人だから?」
「ニホンジン? 何かの呪文で?」
「……それは貫くのね。もうあたしにはバレてるけど」
それでも言質を取らせるわけにはいかないので下手なことは言わない。
「でもま、こんな世界だしあたしは生きるためにもう手は汚してきたわ。当然バカ兄もね」
そりゃ二つ名までもらえるほど活躍しているならばそうなのだろう。
「あたしはもう躊躇なんてしないの。相手が賊ならなおさらね。一応軍の部隊長の座ももらってるから、立場的にも躊躇ったりはしないわ」
「それはご立派なことです」
橋で会った時は、酷くやる気のなさそうな頼りない少女という印象が強かったが、どうやら彼女の中には確固たる信念が宿っているらしい。
たとえ自分とは違う信念でも、己を信じて突き進もうとしている彼女に対し好感は持った。
「ところで……また会ったのも縁って言うわよね?」
「そ、そうですか? 初めて聞く言葉ですけど」
「ふぅん。徹底的に惚けるのなら別にいいけど。アンタにはちょっと来てほしいのよ」
「は? ……どこへ?」
「城」
「お断り」
「できないから」
「は、はい?」
「この国の王は信賞必罰を掲げているのよ。アンタは曲がりなりにも窃盗犯を捉えるために尽力してくれた。それを多くの民が見てる。つまり……分かるわよね?」
こ、これは外堀から埋められているというやつだろうか……。
「アンタには国王直々から感謝の言葉と謝礼があるの。それがこの国の在り方。それを蔑ろにするということは、国王を侮辱することも同義。さ、どうする?」
「……卑怯ですねぇ」
「別に取って食ったりなんてしないわよ。アンタが異世界人だってことも知ってるのはあたしだけだし、アンタが頼むなら誰にも言わないであげる」
「…………もしこのまま逃げたら?」
「確か……ヴェッカって子が謁見の申し出に来たけど、無下に追い返してもいいんだけれどなぁ。あ、でもあたしの言うことを聞いてくれればぁ、すぐにでも取り次ぐことは可能よ?」
この小悪魔……! オツムの足りなさそうな兄だったから、妹もそれほど思考能力が高くないかもって思ったけど大きな間違いだった。
ナツカという少女は、前の国で会ったイオムと通ずるキレを感じる。
この子……軍師タイプってわけかよぉ。
「……信賞必罰を謳っている国家なのに、訪ねてきた者を無下に追い返してもいいのですか?」
「あら、こんな世の中だもん。どこに暗殺者がいるか知れないのよ? それに王はもう何度も暗殺未遂を受けてるし。だからぁ、追い返す理由をでっち上げるなんて楽勝なの」
「う……」
「ほらほら、どうするぅ? ついてくるならすべてがスムーズにいくんだけどなぁ」
「何やアンタ、性格ごっつ悪いなぁ」
「ちょっと、そこの猿ビッチっぽい人は黙っててくれない?」
「さ、猿ビッチ!?」
想定外の発言をされた衝撃で、言い返す間もなくビーは固まってしまっている。
それにしてもビーに向かってそんな暴言吐くなんてな。殺されてもしんねぇぞ。
まあ本人はショックで白くなってるけど。
何かカヤちゃんに頭を撫でながら慰められてるし。
「さ、早く決めてよ」
「……………………はぁ、分かりました。ただし城についていくだけですからね」
「ううん、城の中に入ってもらうから」
「くっ……了解です。ただし非人道的なことは却下です」
「オッケーオッケー、えへへ~」
くそぉ、城についていくだけでOKしてくれたら、中に入ることを拒否れたのに……。
けど……へぇ、この子、こんなふうにも笑えるんだな。
嬉しそうに微笑むナツカの表情は、とても魅力的に映った。間違いなく美少女なので、街の男たちが嫁にしたいと思う理由も分かるというものだ。
ただ厄介なことになったなと辟易しながら、俺たちはナツカとともに王城へと向かっていった。
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