第80話 バルクエ王国

 命からがらボロボロの姿で入国することができた俺は、ポチに説教をしてから街の散策へと歩を進めた。



 以前立ち寄った【リンドン王国】も大きかったが、ここはさらに一回りの規模が広がっている国である。



 ただ活気という面においては、少し疑問を持つ。



 人は多いが淡々とした生活を送っているのか、笑顔が溢れている国という印象はない。まだ【リンドン王国】は、小さいながらも商人たちの活気で溢れていたために賑やかに見えた。



 いや、得てしてこういうもんなのかもなぁ。



 何もしていないのに笑顔で歩いている民たちがいればさすがに怖いかもしれない。談笑しながら歩いているというのなら分かるが、一人でそれなら病を疑ってしまう。



 ただ民たちが下を向いて歩いていないところを見ると、この国の王は為政者としては問題ないのかもしれない。



 俺たちはまず空腹を何とかするために飯屋を探した。



 何でもここは区画ごとに建物が分けられているわけではなく、店や住宅などバラバラに配置されている。こういうところもせっかく異世界人を召喚したのだから、その知識を利用して区画整理でもすればいいのにと思うが……。



 これだけ広くてはなかなか手が回らないということかもしれない。

 とりあえず民に話を聞いて、一つの店で腹の虫を治めるようにする。



 入ったのはこじんまりとした店構えで、昼時を過ぎているのか客足も少ない場所だった。

 店内に入るとテーブル席に案内されて注文をする。



 ここは美味い丼飯を食わせるところで、俺はガッツリ食べたかったので上に肉が乗った肉丼なるものを頼んだ。



 ポチたちも各々に注文をして、出てきた料理に舌鼓を打っている。



 俺の肉丼は、いわゆる牛丼だった。ここらへんでは珍しいのか、値段は少し高いが味の方は普通に満足いくものである。



 店の中には他の客は見当たらず、店員がテーブルを布巾で拭いていた。カウンター奥では、ポチとビーのおかわり注文に勤しんでいる音が聞こえてくる。



「あの、ちょっといいっすか?」

「はい? 私……でしょうか?」

「はい。そこの綺麗なお姉さんのことです」

「綺麗だなんて……ふふ」



 頭巾をかぶった店員のお姉さんに声をかけると、お姉さんは嬉しそうに笑みを零しながら近づいてきた。ちょっとカヤちゃんの視線が痛いが無視しておく。



「実は俺たち旅の者なんすけど、この国のことを聞きたいなって思いまして」

「あら、そうだったんですか。確かにあまり見かけない風貌の方たちですね」

「さっき『剣獅子』って名乗る人を見たんすけど、そんなに有名なんすかね?」

「知らないんですか? この大陸では結構名が通っているはずなんですけど……」

「あー俺たちは北から来たんで」

「あ、それで。確かに他の大陸までは名は通っていないかもしれませんね。まだ『剣獅子』様たちが台頭して一ヵ月も経っていませんし」



 彼女が言うには、最近メキメキと腕を上げ始めた二人の人物がいて、王からも二つ名をもらい勇名を轟かせているということ。



「二人っていうと、女性の方も二つ名が?」

「はい。お二人はご兄妹で、お兄さんの方はアキミネ・スズハラというお名前で『剣獅子』の二つ名を。妹さんはナツカというお名前で『魔弓天女』の二つ名をお持ちですね」



 あのキッツイ妹、どうやら兄以上に痛い二つ名を持っているようだ。名乗らなかったのは恥ずかしいせいかもしれない。



 でもスズハラ……ね。鈴原……か? とりあえず日本人の可能性はウンと高くなったな。ていうかほぼ確定だなこりゃ。



 あの二人が恐らく、ここ【バルクエ王国】が召喚した異世界人なのだろう。



「ねえお姉さん、そのお二人さんって他に噂されてることってあるのかな?」

「? どうしてそんなに詳しいことをお聞きに?」



 あらら、ちょっと警戒されちまったみてぇだ。



「えっと、ですね。こっちの子、この国に仕官するかもしれないんすよ」

「は、はぁ」

「それで、部下にどんな人たちがいるのか知っておきたくて。王を知るなら部下を見ろってね」

「なるほど。分かりました。でも私もそれほど多くは知りませんよ?」



 と言って、彼女は懇切丁寧に情報を教えてくれた。



 その間、よくもまあ自分を出汁に使いましたな、的な視線をヴェッカから向けられていたが軽く無視しておいた。





「ありがとうございましたー!」



 店の中から店員のお姉さんの見送りの声を受けながら外へと出た。

 俺もポチたちも満足感を覚えつつ腹を擦る。



 腹ごしらえはこれで十分。あとはこれからのことを決めるだけだが……。



「えっと、ヴェッカはこのまま城に行くのか?」

「む、そうですな。謁見の手続きをして参ります」

「そっか。んじゃ俺らは宿探しにでも行くか」

「「「はぁい!」」」



 ヴェッカ以外の三人が返事をした。



 そうして一度ヴェッカと別れて、俺たちは宿がある場所を聞いて歩いていると、



「――――ひ、ひったくりだぁぁぁっ!?」



 三十メートルほど前方から一人の男が風呂敷のようなものを抱えて走ってくる。



 その背後には、転倒してしまっている女性がいた。ひったくりと叫んだのは、女性の傍にいた民のようだ。



 窃盗犯はかなりの速度で駆け抜けてきて、俺たちのすぐ前までやってきていた。



「おらぁっ、そこをどけぇぇっ!」



 懐から小刀を出して走りながら威嚇してくる。



 やれやれ、治安は良いかもって思ってたけど、こういう輩はどこにでもいるか。



「ど、どどどどうしますかボータさん! ひ、ひったくりですよぉ!」

「うん、とりあえず落ち着けカヤちゃん」

「ねえねえ、アイツぶん殴ればいいの?」

「アカンて。ポチの力やったら死んでまうで?」



 ビーの言う通り、ポチがぶん殴ってしまえばパァンッてなことになるかもしれない。

 そんな人間が風船みたいに割れる瞬間なんて見たくもない。



「しょうがねぇな」

「おいこらガキィ、そこをどきやがれってんだ!」

「ほらよっと」



 突き出してくる小刀を軽くかわしながら右足を出して引っ掛けてやる。



「おっ、とわぁぁぁぁっ!?」



 勢いそのままに俺の足に引っ掛かった男は地面に転がってしまう。



「痛つつつぅ……こ、このガキがぁぁぁ」

「おっちゃん、そんなアホなことしてないでちゃんと働こうぜ」

「う、うるせえ! よくも邪魔してくれやがったな! ぶっ殺してやらぁっ!」



 完全に憤慨した男が起き上がって突っ込んでくる。



 ポチやビーと比べようもないほど遅い。以前武道大会に出たことがあるが、その時に対峙した男よりもなお遅い。



「ほっ、ほっ、ほっ」

「くそが! 避けんじゃねえ!」



 いやいや避けますって。刺さったら死んじゃうし。



「さっさと死ねやぁぁぁっ」

「ほいっと」

「へ?」



 突き出された小刀を持っている右腕を掴んでやった。そのまま一本背負いの要領で投げつけてやる。



「ぐはぁっ!?」



 硬い地面なので相当な衝撃だっただろう。痛みにもがきまくっている。



「もう観念しなっておっちゃん」

「うっぐ……こ、この野郎ぉ」



 すると男がギロリと睨みつけた。ただその相手は俺ではない。

 野次馬として集まってきていた中にいる小さな子供。



 すぐさま男は駆け出して、その少女を拘束すると小刀を彼女の首元に突き付けた。



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