第79話 危機一髪?
「あ、あのボータさん?」
「ん? どうしたカヤちゃん?」
「えっと……ポチちゃんが死にそうです」
「へ? ……あ」
ほぼ全力でポチの口と鼻を手で覆うことになっていたので、彼女の顔色はすでに土気色っぽい感じに……。
俺は慌てて手を放す。
「――ぷはぁぁぁっ!? はあはあ……ひ、酷いぉ、ボータァ~!」
「わ、悪い悪い! けどポチ、あんま俺のことを言いふらさないでくれ」
「えぇ~」
「頼むって! 今度俺の驕りで美味いもん食わせてやっから」
「うん、いいよー! でも約束だからね! 破ったら本気パンチ千発だよ?」
「お、おう」
もし約束を破ったら確実に死ぬな……。これほど針千本の方が穏やかだと思ったことはなかった。
彼女の本気パンチ一発だけでも即死決定なのに、それが千回。……うん、輪廻転生もできないくらい殺されそうだ。
「我が妹よ、兵たちに奴らを牢獄に閉じ込めておくように通達を」
「めんどい。そんなことアニキがやってよ」
「う、うむ。了解した」
見た目はイケメン風ではあるのに、妹に頭が上がらないところを見ると何だか情けない三枚目に見えてくるのが不思議だ。
もしかしてシスコンなのか? 厨二病にシスコン……末期かもしれない。
イケメン騎士様が橋の向こうで待機している兵士たちを呼びに行って、酔っ払いたちの対応を命じていく。
死んだ奴はビニールで包まれ馬車に乗せられ、生きている者は拘束されて兵たちに連れて行かれた。
「さあ皆の者よ! 悪は排除した! 安心して旅を続けられるがいい!」
恥ずかし気もなく満面の笑みで言い放つ厨二野郎。その後ろでやれやれと妹さんが溜め息を漏らしている。
ただジッと俺に視線を送っているのが気になった。
ま、まだ俺のこと疑ってんな、確実に。
アニキの方は単純なのか、俺の言い訳を鵜呑みにして興味を失った様子だが、妹の方は探るような感じで見てきていた。
ここはさっさと橋を渡って去った方が吉だろう。
「ということでみんな、すぐに行くぞ」
ポチたちを先導して真っ先にこの場から去ろうと足を動かした矢先――。
「ねえ、ちょっと待ってよ」
やれやれ、ここで無視をするのは反逆罪とされかねないので……。
「え、えっと……何か御用でしょうか、騎士様?」
「は? あたしは別に騎士なんかじゃないし。あの暑苦しくてアホなアニキと一緒にしないでくれる?」
お兄ちゃんや、どうやら妹の方はブラコン度は低いようですよ。
「す、すみません。それで……何か?」
「…………」
「あ、あのぉ……」
どんどん近づいてきて、手を伸ばせば触れられるところまで妹さんがやってきた。
「…………やっぱり、アンタ……日本人でしょ?」
「んーニホンジンとは何でしょうか? 種族名ですか?」
「わたしたちと同じ異世界人でしょって言ってんのよ」
おいおい、こんな誰でも聞き耳が立てられる往来で何を言うのやら。見ろ、ヴェッカが興味深そうにニヤついているじゃないか。
「え、えっと……何ですかそれ?」
「だったらあいうえおって言ってみてよ」
「あ、あいうえお」
「ほら、日本語の口調だし」
……くそぉ、この世界の言語を覚えておくべきだったか。
この世界の住人が話す言語は当然日本語ではない。ただ日本語のように俺たちに聞こえるのは、異世界人補正というやつだ。
洋画の吹き替えを見ている感じといえば分かりやすいだろう。しかし今の俺の口調は、まんま日本語で違和感などないはず。
「ニ、ニホンゴとは何でしょうか?」
「ふぅん、まだ惚ける気なんだ。へぇ、ふぅん、ほぉ」
「あ、あの、僕たち急いでいるのでこれで失礼を――」
――ガシッ。
あれぇ、腕を掴まれちゃいましたよ?
「あたしさぁ、最近暇で暇で。な~んか面白いことないかなぁって探してたんだよね」
「そ、それはそれは。では前の街で買った本などどうでしょうか? なかなか読み応えがあって凄く……」
「あたし本嫌いなんだよね。特に字ばっかのやつは」
マジかぁ……。何でこの世界に漫画はねぇんだよ!
どうやって言い訳を連ねてこの場を逃れようかと考えていると……。
「妹よ、帰国の準備が整ったぞ! いつまでも遊んでいるなよ!」
「ほ、ほら、お兄様がお呼びですが?」
「……ちっ」
うわぁ、舌打ちだよ。不機嫌だよ。怖いよ。
けれどお兄様のお陰で、釈然としない様子ではあるが妹様は俺から離れていってくれた。
「…………ボータ殿?」
「あー何を聞きたいのか分かってるけど、全部向こうの勘違いだしな」
だからヴェッカよ、これ以上精神が擦り減るようなことは聞かないでくれ。
「……左様ですか。まあ、今はそういうことにしておきましょう」
今は、ではなくできればこっちが話すまでは触れないで頂きたい。
お願いします。そう切に祈ります。
国へ辿り着く前に一悶着はあったが、目的地である【バルクエ王国】が見えるところまでやってきていた。
すでに例の異世界人たちは帰国しているようで周りには見当たらない。向こうは馬車で移動していたので当然といえば当然かもしれないが。
「しかしよもや、先程相対した彼らが異世界から召喚されたであろう者たちだったとは。噂でしかなかったが、これは僥倖でしたなボータ殿?」
「何でそれを俺に言うのかな、ヴェッカさん?」
「いえいえ、別にふか~い意味はござらん」
「言い方がすっげぇ気になるんだけど……。ていうかアイツらが異世界から召喚されたや奴らって証拠はねぇだろ?」
「少なくともあなたに詰め寄った女子はそう申しておりましたが?」
「あんなもん虚言の可能性だってあるし」
「ふむ、確かにその可能性は捨て切れませんが。ですが私の勘が言っておりますよ。彼らは本物だと」
だから彼らが注目したあなたは一体何者なのですか? 的な視線は止めてほしい。
「……だったら良かったじゃないか。本物に会ってみてぇって言ってたじゃんか、ヴェッカ」
「ふむ、さらりと話題を変えようというわけですな」
「…………ちっ」
「おお、そこで露骨に舌打ちをされるとは思わなかったですぞ」
これはいけない。しつこい追及と、反論の余地がない現状に思わず苛立ちが……。
「はぁ、まあ俺のことはおいおいとして、結局ヴェッカはどうするんだ?」
「は? 何がですかな?」
「何がって、この国に仕官するかどうか決めるって言ってたじゃんか」
「ああ、そうでしたな。確かにこの国に仕える騎士であるあの者たちの実力は申し分なさそうでしたが……。まだ決定するには尚早ですな」
「その心は?」
「大切なのは、彼らが掲げる旗印ですから」
つまりは国王に会ってみなければ分からないということだ。
それは大前提だと俺も思うので何も言わない。
「ねえねえボータァ~、ボクお腹空いたよぉ」
どうやら腹ペコ犬のお腹と背中がくっついちゃうよ状態になっているようだ。
「ウチもポチと同じでちょっと何か食いたいわ」
ビーもそうだが、俺も結構腹が減っている。もう昼時を過ぎているし、昼食も食べていなかったので当然の状況ではあるけれど。
「んじゃ、サクッと国に入って飯屋でも探すか」
「やったー! 早く行こ行こ!」
「わっ、ちょ、引っ張るなってのポチィ!」
すぐにでも美味い飯にありつきたいようで、俺の右手を取って走り出す。見た目から想像できないほどの腕力の持ち主なので逆らうことができずに……。
「ちょぉ! 引きずってるから! あっががががっ! かかかかか顔ぉ!? 顔擦ってぶふっ!? と、止まってぇぇぇっ!?」
まるで高速で走る車にロープで縛り付けられているかのように身動きができずされるがままになってしまう。
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