第71話 道化の調子
「おーおー、その顔は分かってんだな。やっぱお前、頭良いな」
恨めしそうに見つめてくるイオムを微笑を浮かべて見返しながら語り始める。
「聞けばお前の素性ってのはグレイクが調べても掴めなかった。んで、この部屋……お前の自室なのに、お前の過去に繋がるものが一切出てこなかった」
そう、一応イオムが来るまで軽く調べてみたのだが、何も出てこなかった。
「どうやら過去は誰にも知られたくないみてぇだな。だから調べられてもそう簡単に分からないようにしてきた」
「…………」
「けど今回、公開処刑をしたことで中央も興味を持ったはずだ」
中央というのは、皇帝が住む国のことだ。
「公開処刑ってのは大事だ。中央に報告もしなきゃなんねぇしな。今回のことも例外じゃねぇ。だから中央に事前に報告をしたはずだ。けど、報告とは違うことをやっちまった。さあ、このあと中央が取る対応ってのは何だろうな」
おーやっぱ分かってやがんな。忌々しそうな目で睨んできやがる。
俺は涼しげな顔で視線を受け流して続ける。
「公開処刑を偽るってのはかな~りマズイ。止むに止まれぬ事情があったのか、それとも最初から皇帝を侮辱するための行為なのか、それを調べるために中央から使者がやってくるはずだ」
「何もかもお前のせいだけどね」
「ふふん。そうなると、使者は公開処刑の全容を明らかにしようとする。一体処刑日に何が起こったのか。民はもう公開処刑はただのイベントだったと認知している。故に、もう一度グレイクを処刑することになれば、最早民からの信頼は失墜し、ガンプ王は国王としての座を失うだろう。だからグレイクを処分することはできない。偽りの証拠じゃあな」
俺は肩を竦めながらさらに続けていく。
「しかし使者は何故偽りの報告を中央に出したのか、それを問い質すだろう。そしてグレイク、もしくは他の兵や民からイオム……お前が計画して実行したということが知られる。お前の存在は中央に知られることになるんだ。まあそれだけなら別に構わないだろうけど、使者は必ず国王にお前のことを問い質し、その異様な経歴に疑問を持つ。そして――調査しようとするだろうな。下手をすればお前は中央に呼び出され尋問を受ける、かもしれない。それはお前の望むところじゃあない。だろ?」
「…………ククククク」
顔を伏せながら低く笑い始めるイオム。するとバッと顔を上げた彼の形相は優越感に塗れていた。
「ならすべてお前を捉えて変わり身として利用してやるっ!」
彼の足元から伸びた影が俺へと向かってくる。これがカヤちゃんの言っていた影の力というわけだ。
このままでは拘束されてしまう――が、影は俺の身体を擦り抜けてしまう。
「!? ど、どういうことだ! ええい!」
何度も何度も影を操って俺を捕まえようとしてくるが、まるで空気を掴むように影は何も捕らえることができない。
イオムは絶句し、次第に影が引いていく。
俺はニヤリと笑みを浮かべて口を開く。
「ざ~んねん、ここにいる俺は偽物。実体なんてねぇしな」
「! な、何だって……っ」
なんちゃって。当然ここにいるのは実体で、ただ〝外界移し〟を使っただけ。ただ喋る時は解かないといけないので、結構ドキドキものだったりする。
まあそれでも絶大な効果だったようで、イオムは攻撃をする気を失ったようだ。
「…………どこ……まで読んでいた?」
「ん? どこまで……か。さあ、それは秘密だ」
あいにく、今回のことに関してはすべて俺の思惑通りに事が運んだ。それもイオムが自分が誰かに蹴落とされるとは微塵の感じていなかったからだろう。準備を尽くして先を読んだ俺と、何が起こっても力で押し潰せばいいだろうと安易に考えたイオムとでは、俺の方に軍配が上がっただけ。
もしイオムが最初から俺という存在に気づいて智謀を使っていればまた結果は違ったかもしれない。すべてはイオムの油断のお陰。
「……何故だい? そこまでグレイクに入れ込む理由が聞きたいな」
「はあ? いやいや、俺が男でしかもオッサンのためにここまでするわきゃねぇだろ」
「…………はい? な、ならどうして……?」
「そんなの決まってんだろ」
俺はウィンクをしながらグーサインを突きつけながら答える。
「女の子に助けてくれって頼まれたからだ」
「は……はあ!? そ、それだけでこんな国事に手を出したっての!?」
「おお、そうだぞ。何か変か?」
「変かって…………お前、変な奴だって言われない?」
「そうなんだよなぁ。できれば女の子には、とてもカッコ良くて素敵な人ですとか言われたいんだよな。なあ、どうすりゃいいと思う?」
「僕に聞くな!」
「アッハッハ、それもそうか」
俺は笑いながら一つ忠告をしておく。
「ああそうそう、中央に目をつけられたくないんならさっさと出て行った方が身のためだぞ」
「っ……そんなことお前に言われなくても分かってる。どうせそろそろ出て行こうかとも思ってたところだしね」
「ふぅん、まあ俺の役目はもう終わったし帰るけど」
「いいのかい? 国王は僕に操られたままだよ?」
「ハハハ、さっきは否定したのに今度は自分で言うかよ。んじゃ王を賊に襲わせて、そこを助けて王に取りいるっつう作戦を実行したことも認めるのか?」
「まあね。どうせお前には何もかも見破られてるようだから今更隠しても仕方ないし」
「さて、それはどうかね。ああそれと、洗脳の方は問題ねぇよ」
「?」
「だってお前がやってたのは催眠だろ? ガンプ王は優秀だった先代のあとを引き継いだ。望まれるのは先代以上の治世。グレイクもずいぶんとガンプ王に多くを求めてたみてぇだな」
それはカヤちゃんが彼から聞き出し、それを俺に伝えてくれたから分かっている。
「けどガンプ王にとっちゃ、それは重圧でしかない。残念ながらガンプ王は先代ほど人望や才はなかったみてぇだ。だけど周りが必要以上に求めた結果、ガンプ王はこう思っちまう。せめて自国の民だけは何をしようとも守ろう、と。そのため外からの賊討伐要求すら適当な言い訳を作って放置した。だけどその周りの者たちを排除するような考えは、先代に付き従っていた者たちには酷く窮屈で認められないものだった。結果、次々と優秀な部下たちは国を去った。ただ一人、グレイクだけは残ったけどな」
「……そこまで分析したのかい? それともガンプ王とは見知った仲なのかな?」
イオムの質問には首を左右に振って「いいや、ただの推察だ」と応えた。
「ガンプ王は思う。グレイクが自分に厳しいのは、王の座を諦めさせるためではないか、と。疑心暗鬼に晒された国王。そして――その中で視察での事件が起きる。お前のことだ、王のそんな心の機微を知ってて近づいたんじゃねぇの?」
「ククク、まあね。バカな王だよ。本当に信頼すべき者を捨て、遊ぶために近づいた僕に全幅の信頼を置くんだからね。まあ、そうなるように僕が仕込んだんだけど」
「それが催眠、だろ? お前はガンプ王の心の隙間に入り込み、自分がいかに信頼できるか、そして周りが信頼できないかを吹き込んだ。元々疑心暗鬼になっていた王だ。操作するのは簡単だったろうな。何せイオム・オルクは、命の恩人なんだからな」
「はぁ~まいったよ。本当にお前は何者なのかな? 少なくともそんな奇抜な格好を平気でする変人なんてこれまで聞かなかったよ」
「それはお前の情報収集不足じゃねぇの?」
知ってるわけねぇじゃん。俺だってこんな格好するのなんて初めてだし。つうか変人言うな!
「まあ、俺の言いたいことは催眠は定期的に続けないと効果はない。それに今回のことで、王の催眠が解けかかっているようだしな。王もグレイクが本当に自分や国のためを思っていることに無意識に信じていたのかもな」
だからこその心の揺らぎが生じたのだ。それが処刑場でのガンプ王の反応だろう。
「信頼……ね。愚かしいよ。そんなものが、この乱世で一番必要ない」
「……さて、ね。そう思うのはお前の勝手だろうがよ」
俺は彼に背を向けて窓の方に向く。
「いいかい、憶えておきなよ。――次はこうはいかない」
怖い怖い。背中からビシバシ殺気が刺さる。俺は肩を竦めたあと、そのまま黙って窓を擦り抜けて外へと飛び出した。
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