第70話 対談

「――――シヨリッ!」

「あなたぁっ!」



 【リンドン王国】の宿屋の一室。そこには涙を流して抱き合う二人の人物がいた。

 グレイク殿とシヨリ殿である。



「ホンマ良かったわぁ、こうして無事に再会させたることができて」



 ビー殿もこの光景を見てホッと安堵している。



「当然の結果だ。このヴェッカ・リャードが手を貸したのだからな。しかしながらこのような理不尽を打ち破ることができて嬉しく思う」



 とは言うが、実際のところボータ殿が立てた策のお陰である。私自身、今回の策を聞いて半信半疑な部分もあった。



「だがまさかあのような策にてイオム……いや、全国民を欺くとは驚きだった」

「せやな。この宿屋の店主だってボーやんがすでに買収済みらしいし、ホンマ準備のいいこって。なあ、カヤ」

「そうですね。ボータさんは、策を成功させるには事前準備ですべてが決まると言ってました」



 ここまでグレイク殿を案内してきたカヤ殿だ。ちなみにポチ殿はというと、そんな彼女の膝枕でグースカと気持ち良さ気に寝息を立てている。



 先程まで起きていたのだが、カヤ殿が現れるとすぐに「疲れた~」と言って今の状態になった。

 私は喜び合う皆の顔を見て思う。



 まさかボータ殿が、これほどまでにできる方だとは……。



「それにしてもや、ボーやんの策は見事にハマっとったなぁ。今も必死に民たちは鬼ごっこ中やし」



 窓の外を見れば、ドタバタとした光景が見られる。見つかることのないグレイクを必死に探している国民たちの姿だ。



「……カヤ殿」

「何ですか、ヴェッカさん」

「ボータ殿がイリュージョンというやつで処刑場に集まった者たちの意識コントロールを行うとは聞いていたが、一体どのようにして行ったのかな?」



 ボータ殿は処刑場で皆の目を引きつけ、処刑から意識を奪う手段を考案し実行するという話をしていた。

 しかし詳しい内容までは聞いていなかったのである。



「ああそれはですね……」



 カヤ殿から聞いた全容に開いた口が塞がらなかった。



 群衆の目の前で超常現象に近いことを引き起こして、話術と演出で彼らの意識をコントロールするというもの。

 さらにすでに民たちの中にはサクラまで用意していたとのこと。



 そしてすべてはボータ殿の思惑通り、民だけでなく王までも興味を惹きつけ、策は見事に結果を導いてくれた。



 ……まさかサクラまで用意しているとは。どこまで用意周到なのやら。



「それに見たこともない派手な衣装や演出。そのすべてをボータ殿が一人で考えた。あのような御仁が何故今まで噂にならなかったのだ? カヤ殿は何か知っておるのではないか?」

「え、えっとぉ……」



 これはボータ殿に関して彼の力を裏付けるような何かを知っている様子だが……。



「いや、詮索はよそう。聞くのならば本人に、がマナーだな」

「そ、そうしてくれると嬉しいですぅ」



 別にカヤ殿を困らせるつもりはないのであっさりと引いておく。



 しかしボータ殿……か。初めて会った時から非常に頭が回るお方だと思っていたが、このような策まで立てて実行し、よもや無傷で成功させるとは……。



 本当に彼は一体何者なのか、俄然興味が湧いてきた。加えていえば、彼はポチ殿やビー殿の攻撃をすべて回避するという離れ業も持っているらしい。



 人を惹きつける話術や振る舞いもそうだが、処刑場を中断させるために人前で道化を演じられる度胸も見事としか言いようがない。



 ふふ、これは是が非でも彼に迫って問い質したい。ふむ、確か彼は女人に弱かったな。こうなったら私の色気で落としてみるのもまた一興か。



「ふふふふふふふふ」

「あ、あのぉ、ビーちゃん、さっきからずっとヴェッカさんが笑ってるんですけど、どうしたんでしょうか? ちょっと怖いですし」

「せ、せやな。何やあの黒い笑いは。カヤ、今のアレに触れたらアカンで。とばっちりがきそうやし」



 カヤ殿とビー殿が何かこそこそと言っているが、私は今思考に忙しい。どのようにしてボータ殿を陥落させるか考えなければならないのだから。

 しかし、不意にビー殿の呟きで我に返ることになる。



「そういえばカヤ、ボーやんはどしたん? 全然帰ってこぉへんけど」

「……さあ? どこかで着替えたらすぐにここに戻ってくるとは言ってましたけど」



 確かに少し時間がかかり過ぎているような気がする。



「……まさかボータ殿に何かあったのか?」



 私の言葉に皆の胸中に不安が過ぎってしまった。




     ※




 グレイクとシヨリが感動の再会を果たしていた頃、城中の一室に向かって一人の人物が早足で床を叩いていた。

 その人物――イオムが扉の前に立ち、険しい形相のまま勢いよく扉を開く。



「――っ!? ……お前」



 すでに室内には先客がいた。



 しかも……だ。



「あ、ソファ借りてまーす。いやぁ、それにしてもこんなに本があるなんてなぁ。お前ってもしかして本の虫?」



 お茶らけたような物言い。そんな言葉遣いもそうだが、それよりも腹が立つことがある。



「お、お前……何をしている?」

「へ? 何って見て分かんね? 茶ぁ飲んでんだよ」



 寛ぐようにソファに腰かけ、カップに入った紅茶を美味そうに飲んでいる。しかもご丁寧に茶菓子までボリボリと貪っている始末。ただそんなことは見れば一目瞭然だ。



「僕が聞いているのは、よくもまあ僕の遊びを邪魔した挙句、優雅に僕の部屋で寛ぐことができてるなってことだ!」

「いやぁ、そんなに褒められてもぉ」

「褒めてないっ!」



 イオムの目の前にいる人物。それは処刑という遊びを邪魔した奇抜な姿のピエロであった。



「あはは、悪い悪い。いやさ、人前であんなことするのなんて初めてで疲れたんだよ。んで、この部屋に来たら美味そうな茶と菓子があんじゃん。これは俺のために用意してくれたんだって思って」

「そんなわけがないだろうが! この部屋にあるものはすべて僕のものだ!」

「そう――王を洗脳して手に入れたもの、だろ?」

「! …………」



 ピエロの雰囲気がガラリと変わった。特殊なメイクでも彼がまじめな表情を浮かべているのが分かる。

 彼はカップをソファの前にあるテーブルの上に置くとスッと立ち上がった。



 そのままゆっくりと歩を進めて窓際の方へ近づく。



「イオム・オルク。お前は王をコントロールしている。違うか?」

「根拠はあるのかい?」



 イオムも表情から真意を悟られまいと余裕のある微笑だけを浮かべ続ける。



「別に根拠なんてねぇよ。けど国王がある街に視察に行った時に賊に襲われて、それをお前が助けた。んで、ちょうど優秀な文官がいなくて探していたガンプ王は、たまたま自分を助けてくれた人物が軍師とも評価できるほど優秀な文官だったことで、お前を士官させることにした」



 ピエロはどこまで……いや、グレイクから話を聞いたのかもしれない。ならピエロは、彼を慕う者たちの中の一人である可能性が非常に高い。



 しかし気になるのは、グレイクをハメようと考えてから彼のことを調べたが、ピエロのような才を持つ人材の気配は微塵もなかったこと。



 ならばここにいる輩は一体何者なのか……。



「けどよぉ、俺知ってんだよね。ガンプ王を襲った賊。あれって――お前が用意したものだろ? つまりは自作自演」

「――っ! ……何の根拠があってそんな侮辱を?」

「ハッハッハ。お前ってさ、もしかして攻められることに慣れてない? 顔をそんなに引き攣ってりゃ、図星ですって言ってるようなもんだぞ?」

「っ!? ……だから何を言ってるか分からないな」

「ふぅん。まあ認めようが認めまいが別にいいけどな。けどお前にとってこれから大変なんじゃねぇのか?」

「…………」



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