第69話 閉演
「それでは皆様、カウントをお願い致しまーす!」
ウキウキ顔の民たちが三本指を立てながら腕を突き上げカウントを取っていく。
「「「「――スリーッ、ツーッ、ワンッ」」」」
もうこの場の誰一人として絶望に苛まれたり後悔に苦しんでいる者はいない。若干一人、自分の思い通りにならないことに苛立ちを抱えている者はいるが。
そして――カウントが終わる。
「「「「――ゼロッ!」」」」
と、同時に空に上がった幾つかの光の筋。それが空の中ほどで破裂し音とともに周囲に光を迸らせる。
そう、これは花火。
大きな音と光によって、民たちの眼は空へと集まる。
直後――赤い布がバサッと宙に舞う。
ここにいるすべての者たちの表情が固まる。
何故なら布の下から現れたのは――。
「我が名は――――グレイク・ドライセン! この国に身命を捧げたガンプ王の臣下なりぃぃぃぃっ!」
そこに現れたのは間違いなくグレイクその人だった。
「な、な、何だってぇっ!? バカな、だって奴はここに――っ!?」
愕然としたイオムが、当然処刑台を確かめる。彼だけでなく民たちも先程までグレイクがいた場所を確認するため視線を向けた。
そこには――。
「やあやあやあやあ、あっれぇ~! いつの間にか処刑されようとしているよぉ~!」
俺ことピエロがいた。
ギロチンに首を預け、さっきまでのグレイクとそっくりそのまま立場が入れ替わっていたのだ。
誰もが言葉を失ってこれでもかというほど眼を見開いている。
いやぁ、そんなに驚かれるとは結構快感かもなぁ。
当然この現象を起こしたのは俺だ。どうやってやったかって?
簡単だ。――〝外道札〟を使ったんだよな。
《ポジションチェンジ》 属性:無
効果:対象一人を指定し、その者の置かれた立場と自身を入れ替えることができる。ただし自身を中心として半径三十メートル圏内にいる者に限定される。
この札の効果を布の中で使用して、グレイクと立場を入れ替えたわけだ。
後ろにいたカヤちゃんに花火を上げてもらい空中に皆の意識を奪い、その隙にグレイクと交代するという演出である。
「き、貴様ぁぁぁ! い、いやそれよりもグレイクだ!」
イオムの殺気が俺に向いたが、そんなことよりも彼にとって放置しがたいものがあるだろう。すぐに視線をグレイクへと向ける。
「お前たち、さっさと奴を――謀反員グレイクを捕まえろ!」
兵士たちに命令をする――が、
「さあさあ、これから皆様に王様からサプライズプレゼントがありまーす!」
「! き、貴様何を――」
「あ、ちょっと黙っててくれます、イオム殿」
「はあ?」
「さてさて! これから皆様にはグレイク殿を捕まえて頂きます! 一時間以内に捕まえた方には何と――王様から嬉しい嬉しい賞金が与えられます! 楽しい楽しい最後の鬼ごっこの時間でーす! ふるってご参加くださーい!」
「おい、賞金だってよ!」
「マジかよ! 今月厳しかったんだ。よーし、ぜってえ捕まえてやるぅ!」
「こんな盛り上がるイベントを用意してくれるなんて、ありがとー王様ぁ!」
「最高だぜガンプ王!」
「「「「ガンプ王、ガンプ王、ガンプ王、ガンプ王!」」」」
皆が一斉に王を称賛し活気づく。
ガンプ王もこの勢いに押されどうしていいか分からずも、顔を引き攣らせつつ容認するように手を挙げる。
民に慕われたいという気持ちは、イオムに操作されていても変わらないと聞いた。
だからこそ、彼から逃げる術と冷静に思考する隙を失わせ、流れのままに身を任せてしまうように仕組んだ。
「こ、これは……っ」
「ハッハッハ、いい王様じゃないですかぁ、イオム殿?」
「くっ、な、何!? 何故処刑台から離れてる!?」
「フッフッフ、何故でしょうかぁ~」
答えは簡単。〝外界移し〟を使って拘束から逃れただけ。
俺は絶句しているイオムを一瞥してから一歩大きく前に出る。
「さあさあ、これにて最後のイリュージョン! 皆様、素敵な時間をありがとうございました! ではまた、いずれどこかでお会い致しましょう! では――」
俺は〝外道札〟で眩い光を作り、皆が目を閉じている間に〝外界移し〟を使ったままその場から去った。
そして――俺がいなくなった現場では、サクラの人が再びグレイクを捕獲すれば賞金が出ることを口にして走る。その行動に触発されて、すべての民が街中に散っていく。当然グレイクもまた逃げ始めた。
まだまだ喧噪は終わらない。
その最中――怒涛の展開についていけていないイオムが、不意に足元に落ちている一枚の紙に気づく。
『あなたの部屋で待ってます。一人で来ないと逃げちゃうぞ。ピエロ❤』
まるで恋文かのようなそれをクシャクシャに握りしめたイオムの形相は鬼のようだった。
戸惑う兵士や、困惑する王も彼には声がかけられない様子だ。
「…………あとの処理は任せる」
それだけを言ってイオムは去っていく。もう民やグレイクのことなど頭の中にはないようだ。
彼の行動を建物の陰から見ていた俺は、クスッと笑みを浮かべてからその場を離脱した。
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