第51話 地下牢へ

 薄暗い地下牢の一室に放り込まれた俺たち。

 沙汰は追って連絡するとのこと。一晩ここで頭を冷やせってことだろう。



 こんなじめ~っとした場所に女の子を放り込むとは。



 まあ犯罪者というか無法を犯した罰なのだから仕方ないだろうが。雑居房のようだが、他に囚われている者はいないようだ。俺たちだけ。



「ああもう、信じられへんわ! 何やねんこれ!」

「ビー、うるさい。相変わらず変なしゃべり方ぁ~」

「何やとポチコラァ! 喧嘩なら買ったるで!」

「はいはい、そこまでそこまで。ポチも余計なこと言わないように」

「えーでもボータ、コイツがボータに酷いことしようとしたんだよ?」

「いいから。助けてくれたのは嬉しかったよ。あんがとな、ポチ」



 頭を撫でてやると「えへへ~」と気持ち良さそうに笑う。



「ふぅん、ホンマに知り合いなんやな。説明してや兄ちゃん」

「お、ようやく話を聞いてくれるのか」

「そのちっこいのとは腐れ縁でな」

「ちっこくないやい! それにボータはボクが守るべき人だし!」

「あー分かった分かった。ウチが悪かったから説明してぇな」



 俺は咳払いを一つしてから、自分とポチがどこで知り合ったのか、そして今一緒に旅をしていることを告げた。



「マジで!? ほならかんっぜんにウチの勘違いってことやんか!?」



 ようやく気づいてくれたようで、少女は顔を引き攣らせて頭を下げる。



「ホンマゴメン! ウチ、ついカーッてなってしもうた! よく考えたらあの桃爺がまんまと《司気棒》を盗まれるわけあらへんのに!」

「いや、別にいいって。分かってくれたらそれでいい」

「せ、せやけど」

「いや、女の子にいつまでも頭を下げさせとくわけにはいかねぇって。だからこの話はここまで。な?」



 少女が不思議そうな顔をして俺を見てくる。



「……ホンマに許してくれるん? 怒ってへんの?」

「怒ってなんかねぇぞ」

「ボータは優しいの! 女の子限定らしいけど!」

「ポチさん、最後のはいらないんじゃ……」

「ふぇ? だってボータは女の子が大好きなんでしょ?」

「あ、まあ間違ってないんだけどさ」

「だからいつかハーレムを築くんだよね!」

「誰からそんなアホなことを教わった!?」

「えっとぉ、ヴェッカ!」



 あんの小悪魔武将めがぁぁぁ~っ! 純朴なポチになんつうことを吹き込みやがる!?

 ほら見ろ、少女が自分の身体を抱いて後ずさりしてんじゃねぇかぁ!?



「いや誤解だから! ハーレムとか違うから!」

「……本音は?」

「そりゃ男としてハーレム願望があったりはするけどな。それも美少女と美女で囲まれてウハウハ生活をって……は!? あ、違う! これは叶わない理想であって、俺は堅実な人格しか持ってないぞ!」



 ちゃんと理想と現実は把握できてるし! そもそもモテない俺がハーレムなどできるわけがないし、そんな甲斐性もないのは自分で分かってる!



「…………はぁ、まあええわ。男っつうんがやらしい存在なんは知っとるし。それに……」



 チラリと少女はポチを見て言う。



「そないポチが懐いとるんや。悪い奴やあらへんのは分かる」



 あー良かった。もしここにポチがいなかったら、この狭い室内で惨殺事件が勃発していたかもしれない。



 少女が藁のベッドの上に腰を下ろすと、大きく伸びをする。



「ま、明日になったら出られるやろうし、今日は大人しくしとかなな」

「そういや聞いてもいいか?」

「ウチとポチとの関係やろ?」



 なかなかに鋭い子だ。俺はコクリと頷きを返す。大よその見当はついているが、一応彼女の口から真実を聞いておきたい。



「ポチが……つうか桃爺が信頼しとるんなら別にええか」



 ニカッと、ポチのような屈託のない笑顔を浮かべた少女は続ける。



「ウチの名前はビコウや。ポチみたいに気軽にビーって呼んでええで」

「分かった。俺は白桐望太っていうんだ。ちなみに名前が望太、な」

「ふぅん、変わった名前やね。ほんならボーやんでどや?」

「ボーやん……ま、いっか。新鮮でもあるし。ところでビーは、猿の獣人?」

「せや。獣人つうか魔獣やけどな。そっちのとおんなじで」

「昔桃爺と一緒に鬼退治した?」

「お、ポチから聞いたんか? せやで」



 ポチと同じ魔獣で、桃爺と一緒に鬼退治。もう彼女がアレだ。うん、アレしかない。



 こんなところであの物語に重要なキャラの一角と会うとは……な。

 しかも関西弁かぁ……。



「そっか。けど何でこの国に?」

「商売のためやで」

「あーそうなんだ。儲かってる?」

「ま、ぼちぼちやな」



 しかしこんな偶然が有り得るのだろうか。



 ん? 確かカヤちゃんが、この国のある所を尋ねたらいいとか言ってたけど……。



「なあビー……で、良かったか?」

「ええで」

「ならビー、ここで誰かと会う約束みてぇなのってしてね?」

「約束はしてへんけど、桃爺からはもしこの国にカヤが来とったら世話をしてやってくれって……あ、もしかして来とんの?」

「なるほど。やっぱ仲間を頼れってことだったか。うん、カヤちゃんとも一緒に旅をしてんだよ。俺が捕まったことで、今大慌てだろうけど」

「それは……すまんことしてもうたなぁ」

「まあいいって。護衛役も傍にいるし安心安心」



 何せポチとあれほどまでに戦闘できる人物だし。



「せやけどカヤとも一緒に来とるっつうことは、この国で何かするつもりなん?」

「実は関所を越えてぇんだよ」

「ああなるほどな。せやからウチを頼ってきたっちゅうわけか」

「もしかしてビーなあ関所を簡単に渡れる方法とか知ってんのか?」

「せや。関所を守っとるグレイクっつうオッサンがおんねんけど」



 口悪いな。まあ、この子らしい喋り方だから別に違和感はないけど。



「ウチは一応商人として何度も関所を通過しとるしな。そのツテで渡れると思うで」

「おお、マジか。そりゃ助かるわ」

「そぉやなぁ、しばらくこの国で商売しとったけど、そろそろ西に足を向けてもいい頃合いかもしれへんな」

「じゃあ一緒に関所に言ってそのグレイクっていう人に頼んでくれるのか?」

「ええで」

「あんがと! いやぁ、持つべきものは桃爺の仲間ってことだな! 本当に助かるわ!」

「ええってええって。それに迷惑かけた詫びみたいなもんやしな。あ、でもホンマやったら大金を吹っかけとるんやで?」



 それはそれは。偶然だけど彼女と揉め事を起こして正解だったようだ。



「んじゃ改めてよろしく、ビー」

「こっちこそや」



 俺とビーは固く握手を交わす。そんな中――ぎゅるぅぅぅぅぅ~。



 …………ま、牢内に響くような腹の虫を鳴らすような人物には一人しか心当たりないけどね。



「あ~うぅ、お腹減ったよぉ、ボータァ~」

「ポチ、お前な……さっきまで露店でたらふく食べてたんじゃねぇの?」

「そんなもんすぐに消化しちゃったよ!」

「まだ一時間も経ってないと思うんですけどぉ!?」

「お腹減ったぁ! 減った減った減ったぁ~!」

「だぁ、うるせぇ! お前はちょっと辛抱することを覚えろ!」

「せやせや、ボーやんの言う通りやで。ホンマ、脳細胞まで胃袋な奴はちゃうわな」

「む、脳が胃袋なわけないもん! バカビー!」

「真面目に返すなやドアホ! たとえやろ、た・と・え!」

「ふ~んだ。守銭奴猿~」

「ほほう、喧嘩売っとんねんな? ええで、買ったるわいこの暴食犬が!」

「何だよぉ~!」

「何やねん!」



 また始まった。どうやら二人は文字通り犬猿の仲というやつらしい。



 もし二人がこんな場所で暴れてしまえば地下牢が崩壊して、上の城までどうなってしまうか簡単に想像がつく。そうなったら……ああ怖い。





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