第52話 カヤたちの見解

「こらこら二人とも。少しは落ち着けって」

「ボータはどっちの味方なの!」

「当然美少女の味方だ」

「ならボクの味方だね!」

「何言うてんねん! ボーやんはウチのこと可愛えって褒めてくれとったで! つまりウチの方が美少女や! なあボーやん!」



 いや、同意を求められましても……。

 ほら、ポチがガーンという感じで呆けてしまっとるし。



「ボ、ボータはボクよりビーを選ぶの? ボクのこと嫌いになった?」



 う……保護欲をそそられそうな上目遣いだと!? しかも濡れたような瞳が俺の心を鷲掴みにしてくるぅ!



「そんなわけないだろ、ポチ。俺はお前のこと大好きだぞ」

「えへへ~、もっと撫でてぇ~」

「撫でてやるから、ここにいる間は喧嘩しないって俺と約束してくれるか?」

「うん、するぅ!」

「よーし、いい子だ!」



 ポチが満足するまで彼女の小さな頭を撫で続ける俺を見て、ビーが唖然とした様子で口を開く。



「し、信じられへん……ホンマによう懐いとんなぁ。まるで桃爺やで」



 失礼な。俺をあんなチビジジイと一緒にしてほしくない。



「はぁ、何か気ぃ抜けてしもうたわ。もう寝よ」



 そう言って藁ベッドの上に寝転ぶビー。何だかんだ言ってさすがはポチと同じ存在だ。精神がタフである。



 普通牢にぶち込まれたら意気消沈するようなものだけど。

 まあ、本気を出したらいつでも脱出できるという確信があるのだろう。実際俺もそうだし。



 それから俺たちは、三人仲良く牢生活を満喫することになった。




     ※




 住宅街が広がるエリアで騒ぎが起きたという噂は一気に国中に広まった。

 当初は賊が侵入して暴れているのかなどと恐怖に慄く民たちもいたが、どうやら男が女に追っかけられているようだという報を聞いて、民たちがホッと息を吐いていた。



 当然国内にいたわたし――カヤの耳にも話題は届いていたのだが……。



「どうして急にポチちゃんが走って行ったんでしょうか? 理由分かりますか、ヴェッカさん?」

「はて、皆目見当がつかぬ」



 そうなのだ。一緒に露店を回っていた時、ポチちゃんが突然耳と鼻をピクピクさせたあと、こっちが問い質す間もなく、風のような動きで去っていったのである。



「まあ、ポチちゃんのことですから、もしかしたら美味しそうなニオイにつられて探しに行ったのかもしれませんけど」

「しかしポチ殿が向かって行ったのは住宅街エリアの方だが」

「あ……ならポチちゃんってばもしかして……」

「住宅街エリアで起きた騒ぎを見に行ったのやもしれぬ」



 その可能性が高くなってきた。だけどあのポチちゃんが食欲よりも優先したという事実が少し意外ではある。



「どうされるかな、カヤ殿。我らも確認がてら行ってみるのも一興やもしれぬぞ?」

「そう、ですね。確かボータさんも住宅街に宿を探しに行ったはずなので、もしかしたらボータさんなら何か知ってるかもしれませんし」



 そうしてわたしたちは住宅街エリアへと足を延ばした。



 すでに多くの野次馬たちでいっぱいだったが、あちこちの建物がまるで斬撃を受けたような跡を残して傷ついている。



「ふむ、野次馬たちの話だと、痴話喧嘩か何かと考えていたのだが……」



 こんな攻撃を受けたら普通の人は死ぬ。男の人を追っかけていた女の人が繰り出した攻撃らしいが、明らかに穏やかではない様子だ。



「追いかけて復讐でもしようとしたんでしょうか?」

「どうであろうか。ただこれだけ建物が傷ついているほど攻撃を繰り出されたのに、血液が一滴も見当たらぬ。すべて避けたということ……かな?」



 確かに壁や地面に刻まれた跡から推察するに、かなり激しい攻撃だったのは明白。それなのに血液は一切確認できない。つまりは烈火のような連撃をすべて回避したか防御したか、である。



 見ればヴェッカさんが地面に刻まれた斬撃の跡を、指先でなぞっていた。



「ううむ、一撃一撃が鋭い。これを繰り出した者は相当の実力者であろうな」

「分かるんですか!?」

「恐らくは、だが。む? 野次馬たちが向こうから帰ってくるな」



 ヴェッカさんの言う通り、通りの向こう側から多くの者たちがやってくる。

 彼らにその先で何があったのか詳しく聞くことにした。



「――――ええ!? 暴れていた人たちが衛兵さんたち連れていかれたんですか!?」



 捕まった者たちは全部で三人。二人じゃないの? 的な疑問も浮かんだが、それ以上にその者たちの風貌を聞いて驚愕した。



 黒髪の少年が一人、獣人の少女と幼女がそれぞれ一人いたということ。



「黒髪? 獣人の幼女? ……のうカヤ殿、私はそれとなく心当たりがあるのだが」

「あわわわわ、わたしもですぅ!」



 黒髪の人間というのは珍しいと聞く。この国に入って、そんな風貌をした少年をわたしは一人しか知らない。



 それに獣人の幼女、というのは恐らくは……ポチちゃん?



 その可能性は高いだろう。何せポチちゃんはこっちに向かったはずなのだから。



「ふむ。もう一人の獣人の少女が、黒髪少年を追っかけていたというが……こちらの獣人の思惑は一体……」



 そ、そうです! 仮にボータさんが追われていたとしても、何でそんなことになったんでしょうか? 



 しかも相手からは受ければ即死してしまうほどの攻撃を放たれている。余程怒らせないとそんなことにはならないはず。



「……あ、もしかしてポチちゃんはボータさんの危機を感じて?」

「その可能性が高くなってきたのは事実だな。しかしとりあえず確かめておいた方が良いだろう」



 どうやって? と思ったが、ヴェッカさんは宿へ行くと言いだした。



 あ、そうか。もうこの時間なら、宿で部屋を取って大人しくしているはず。



 ヴェッカさんの頭の良さに感心しながらも宿へ向かい、黒髪の少年が来ていないか確認してみた。



 ――結果。



 そんな少年は一人も来ていないとのこと。



「これはどうも面倒事に巻き込まれた、か?」



 ボータさんは自ら進んで面倒事を起こすようなタイプではないと思うので、何かに巻き込まれたのだろうとヴェッカさんは言う。

 しかしわたしはふと追いかけていた人が女性だということに不安を覚える。



 相手が女性ならば、あのボータさんという人は結構な無茶をしでかしたりするし、おかしな言動をしたりもするのだ。

 もしその獣人少女の逆鱗に意図しないまでも触れてしまっていたら?



 ……うぅ、何かボータさんならありえそうですぅ。



「これからどうしましょうか?」

「まあ、あれほどの騒ぎを起こしてはいたが怪我人なども出ていないらしい。だから牢に入れられても明日には解放されるはずだ」

「それならいいんですけど……」

「懸念があるとすればポチ殿が痺れを切らして暴れるくらい、か。そうなれば目も当てられない事態にはなるやもしれぬが」



 そこらへんは大丈夫だと思う。傍にボータさんがいるならば、ポチの暴走を止めてくれるだろう。多分。恐らく。……そう願いたい。



「とりあえずこのまま我らは宿を取って休息するのが望ましいな。すべては明日になってから、だ」



 ヴェッカさんの言葉に「そうですね」と返事をしたわたしは、彼女の言う通り宿に部屋を取って一泊することにした。



 二人の無事を祈りつつ――。


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