第47話 望太を想う者たち

 この異世界へ召喚されて早数ヶ月ほど経った。

 当初は突如としてファンタジーに放り込まれたせいで戸惑いが多かったが、人間はさすがと言おうか数ヶ月も経てば慣れてくる。



 生活は問題ない。国に保護されているという形なので、僕――赤池京夜と同じように召喚された幼馴染である仙堂織花も何不自由なく過ごせているのだ。

 しかしいまだ胸にポッカリと開いたままの穴を埋めるものは見つかっていない。



「はぁ……」



 溜め息を一つしながら、手に持った身長ほどに長い黒光りする杖で、トンと地面を突く。

 すると叩いた先から雷撃が地面を伝って迸った。



「「「「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」



 僕の周りを囲んでいた十数人の兵士たちが、全身に電流が走って倒れてしまった。



「こ、このぉぉぉっ!」



 雷撃を逃れた兵士の一人が、木剣を持って背後から突っ込んでくる。



「…………アースハンド」



 またも杖をトンと地面に叩きながらそう呟く。直後――兵士の足元の地面から土で構成された手が幾つも出現し、兵士の身体を絡め取った。



「うっぐぐぐぐ…………はぁ、参りましたぁ……っ」



 そう、これは実戦を踏まえての模擬戦。

 今僕は織花とともに城の修練場にて鍛錬をしていたところだったのだ。



 チラリと少し遠目を見てみれば、織花が木剣を片手に兵士を無双していた。たった一振りで五、六人の兵士が吹き飛んでいる。あれでまだ魔力すら込めていないのだから恐ろしいものだ。

 彼女が本気を出して剣を振るえば、最早下級のドラゴンなら一閃して終わる。



 かくいう僕もそこそこ強い魔術を行使すれば同じ事は可能だけど。



 そこへパチパチパチパチと拍手の音が聞こえてくる。視線を向ければ魅力的な笑顔を浮かべる緑髪の少女がそこにいた。



「素晴らしいです、キョウヤ様!」



 彼女はこの【ファイルーン王国】の第一王女――アメリア・グリム・アルクエイド・ファイルーンだ。僕たちを召喚した本人でもある。

 まだ十五歳と幼さを表情に残しているが、その瞳の奥には強い意志が宿っていることを僕は知っていた。まあ意志が強くなければ異世界から救世主を呼ぶようなことはできないらしいが。



 彼女がトコトコと少し早足で駆けつけながら僕にタオルを手渡してくる。



「ありがとうございます、アメリア王女」



 礼を言ったつもりだが、彼女が何故か不機嫌そうに頬を膨らませている。



「えっと……どうしたんですか?」

「もう! 私のことはアメリアでよいとお願いしたはずです! それに敬語もいらないと!」

「そ、それは覚えてます! でもここでは兵士の人たちもいますし!」



 プライベートな時分なら別だが、おいそれと王女にタメ口を聞くのは外聞にも良くないはずだ。



「それはそうですけど……」



 うわぁ、納得いってなさそうな顔だなぁ。



 そこへ汗一つかいていない織花が近づいてきた。彼女もまたどこか不満気な表情だ。その理由は幾つか推測できる。



「……また物足りなかった?」

「……別に」



 きっと兵士たちがあまりに弱かったため不完全燃焼なのだろう。

 それともう一つは、一向に進展しない幼馴染捜しである。 

 僕たちと同じく召喚されたもう一人の幼馴染――白桐望太の行方がまだ掴めないのだ。



 アメリアたちも手を尽くしてくれているようだが、僕たちが喜ぶような話は聞くことができていない。

 だから日を追うごとに織花のストレスが溜まっていくのも仕方ない。何故なら彼女は……。

 そう思いつつ、僕は考えを捨て去るように頭を振った。



「将軍に相手してもらったらどう?」

「忘れたの? フェンカさんは賊討伐で出てるわよ」



 あ、そうだった。



 フェンカさんというのは、国軍の将の一人で剣の扱いに長けた武官なのだ。その腕は織花ともまともに剣戟をかわせるので、鬱憤が溜まったら決まってフェンカさんと打ち合うのだけど……。



 彼女がいないから余計にフラストレーションが溜まってるんだろうなぁ。



「オリカ様もお疲れ様です!」

「ええ、ありがとうアメリア。だけどこんなところにいて政務の手伝いはいいの? またサコンさんにどやされるわよ?」

「あぅ……それを言わないでください」



 サコンさんというのは文官で、政務に携わっている人物だ。

 加えて幼い頃からのアメリアの教育係でもあり、結構厳しい秘書的な雰囲気を醸し出しているような女性である。



 彼女のことをアメリアも尊敬しているが、仕事に対しては厳格らしく、こうして僕たちの鍛錬を見に、いつも息抜きという名のサボりでストレスを解消しているらしい。



「それにしてもお二人はさすがですね! 我が兵たちがもう束になっても相手にならないなんて」

「でも異世界人だからってのもあるでしょ?」

「そうは仰いますがキョウヤ様、たとえ偶然的に天から授かった力といえど、大切なのはそれを扱えるかどうか、です。お二人は自身の力に溺れることなく、日々精進を積み重ねてらっしゃいます。そのお姿を兵士たちも拝見しているからこそ、皆からも慕われているのですよ」



 確かに兵士や城中にいる者たちの中には最初、僕たちを良く思わない人たちもいた。

 特に上層部は、今回の召喚の件をあまり快く思っていなかった者たちが多かったらしく、当初は冷たい風当たりが激しかったのも事実。



 しかし僕と織花は望太を探すために力を欲したこともあり、前だけを向いて鍛錬に時間を費やした。そのお蔭だろうか、その態度が真摯に国を憂いてくれている行為だと思ったようで、次第に風も穏和になってきたのだ。



 今では兵士たちとも分け隔てなく接してともに鍛錬をする間柄になっているし、会議などでも発言を認められるようになってきていた。



 けどまぁ、やっぱり僕たちに備わった能力あってのものだと思うけどね。



 そう言って思い出すのは自身のステータスだ。




《ステータス》


 名前 :紅池京夜   潜在職:大魔道士


 筋力:B  魔力:S 

 回復:A  耐久:A 

 感知:C  敏捷:B

 回避:B  幸運:SS

 知力:B  器用:A

 

《魔術》


 火精魔術・水精魔術・風精魔術・土精魔術・雷精魔術・氷精魔術・闇精魔術・光精魔術



《ステータス》


 名前 :仙堂織花   潜在職:超剣士


 筋力:A  魔力:A 

 回復:SS 耐久:S 

 感知:B  敏捷:A

 回避:A  幸運:A

 知力:C  器用:D

 

《魔術》


 火精魔術・風精魔術・氷精魔術・雷精魔術





 前に一般的な兵士のステータスを見せてもらったけど、比べてみると唖然とするほど僕たちのステータスは格が違っていた。

 この国が誇る軍部。その将のステータスをも超える呆れた強さを僕たちは持っているらしい。



 最初は結果だけを突きつけられ、あなたたちは強いですと言われてもピンとこなかったが、さすがにこうして鍛錬をし続けていけば分かる。

 自分たちが図抜けた力を有していることくらい。



 先程僕が使用した雷精魔術だが、初級も初級でずいぶんと手加減したものだ。なのに威力は一撃で兵士たちの身動きを奪うほど。

 前に覚えた上級の魔術を使ったことがあるが、全長十メートルほどの巨大岩が粉々に飛び散った時はしばらく呆けたものだ。



 国王からは、この力を以て国家の防衛力になってほしいと頼まれた。

 この乱世を生き抜くには、どうしても力がいるから、と。

 ならばこちらからも、と要求を出した。それは当然幼馴染の捜索と保護である。



 そして帰る方法を全力で見つけること。



 国王たちはそれに了承してくれた。上層部の数人の中には渋っていた者もいるようだが、アメリアの嘆願もあり条件を通されたのである。



「そういえばアメリア、近頃噂になってるけど帝国からの使者が来るってホント?」



 織花の言う通り、その噂は城だけでなく街中にも広まっていた。

 この帝国主義の時代、異世界からの召喚者は必ず帝国へと差し出さないといけないらしい。



 しかし【ファイルーン王国】は、僕たちを当然手渡したくないらしく存在そのものを秘密にしている。

 兵士たちにも戒厳令が敷かれているが、人の口に戸は立てられないのか、異世界召喚を行ったという噂が国中に流れていて、それが帝国へと伝わってしまい、確かめるために使者がやってくるという。



 すでにお忍びというか、諜報屋が潜り込んでいるという話もあるので、僕たちの鍛錬しているところを民たちに見せるわけにはいかず、こうして地下修練場で腕を磨いているのだ。

 織花の問いに、少し表情に陰りを見せるアメリア。



「そうですね。恐らく近日中には。ですから明日にフェンカさんが戻ってきますので、入れ違いにお二人には賊討伐として遠征して頂きたいのです」



 賊討伐……か。



 討伐をしているところを見るのは初めてではない。何度かフェンカさんに連れて行ってもらって見学という形で参加させてもらった。

 しかしまだ実際に賊を……人を討伐したことはない。



 この世界で討伐というと――命を奪うということだ。

 当然住んでいた日本では許されざる行いである。



 しかも一人や二人を殺すというわけではない。十人、百人、千人、これからもっと多くの人を殺すことになるかもしれない。

 平和な日本では考えられないことである。



 だけど僕たちは一度見た。賊に襲われた村の痛々しい光景を。

 男も女も、子供も老人も関係なく無残に殺されていた。建物は破壊され、作物や金品などは強奪されていて酷いものだったことを思い出す。



 その時のことを思い返すと気分が悪くなるほどに。

 織花もその光景を思い出したのか青い顔をしている。



「やはり怖い……ですよね?」

「っ……そりゃあ怖いですよ。やっぱり」



 僕たちが何を考えていたのかズバリ当てた様子のアメリアに対し、肩を竦めて答えた。



「けど……曲がりなりにもこの国には世話になっていますし、守りたいって思う人たちだっています」



 それは街の人たちであったり、仲良くなった兵士たちでもある。



 そして……。



「あ、あの……その守りたい人たちの中に、わ……私は入っているのでしょうか?」

「もちろん。この国で一番世話になってますし」

「! そ、そうですか! その、ありがとうございます!」



 そんなに嬉しいのか、アメリアは満面の笑みである。

 ただ守りたいと口にしてはみても、当日になって手を汚すことができるかは分からない。



 相手が魔物ならばともかく〝人〟なのだから。



 それでも僕は、目の前で知っている人が殺されそうになったらきっと……。



 ねえ望太。君ならどうする?



 いや、そんなこと分かっている。彼ならばきっと悩むこともなく相手を殺す、と思う。

 当然今まで彼が人殺しなどしていないのは知っているけれど、それでも彼ならば大切だって思える人が危機に陥って、殺さなければならない状況であるなら迷うことなく相手の命を奪うだろう。



 基本的に彼は優しいけれど、そういう冷酷に判断を下せる部分も持っているから。

 簡単にいうと敵には容赦しない。

 僕も彼に負けてはいられない。実際手を汚すことができるかどうかは別としても、織花だけは何が何でも守る。それが僕があの時から決めていることだから。



「ねえ織花」

「? どうしたのよ?」

「生き抜こうね、この世界で」

「……当然よ。あのバカも探さないといけないんだから」



 やっぱり彼女は望太優先、か。

 いや分かっている。それでも僕のやることは変わらないのだ。



 そうだよね……望太。

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