第46話 同行

「そもそも儀に厚いアンタが、今の帝国に大人しくつくとは到底思えない」

「ですからその振る舞いも演技かもしれませぬ」

「いいや、なら旅をしている理由が〝主探し〟だとは口が裂けても言えねぇはずだ」

「……どういうことですかな?」

「帝国側にいるなら、すでに主は皇帝なのは明白。それなのにたとえ賊を炙り出すとはいえ、皇帝ではない誰かを主とするために旅をしている、なんて言えない。言えば反逆罪になるからな。知ってるぞ。帝国は規律がアホみてぇに厳しいってのは。特に今の時期、そういう発言に敏感になってる。たとえ嘘でも一度口にしてしまえば罪になる。そんなこと普通の感覚じゃできねぇ」

「…………」

「そんなことができんのは、皇帝に仕えてる奴の中でも、特別に人を騙すことを何とも思ってねぇ誇りもくそも持たねぇ奴だろうな。話してみて分かったけど、アンタはそういうタイプじゃあない。だから話した」



 フフンと逆に挑発するように笑みを返してやると、一瞬呆けたヴェッカだったが突如大声を出して笑い始めた。



「あーっはっはっはっは! いやはや、私の人格まで出されては嘘は言えませぬな! 武人として誇りを裏切ることはできん」



 だろうな。確信したのはポチとの戦いの中で、だ。



 一撃一撃が真っ直ぐで、決して自分を偽るような戦い方ができるような人物ではないと直感した。よく言えば正直者で、悪く言えば愚直ってところか。



「ふふふ、確かに帝国側であれば皇帝を貶めるような発言はできぬな。それにそもそも、すでにその発言をしたボータ殿なので、帝国側なら即座に斬り伏せている、か。いや、見事だボータ殿」

「おお、ポチとまともにやりあえるような武人に褒められるのは嬉しいもんだな」

「しかしやはり貴殿は素晴らし思考能力を持つ方だ。他国の重役たちが知れば、こぞって士官を促すほどに」

「それは困るな。俺は平和的に旅をしてぇだけだし。な、二人とも」

「そうですね! ボータさんがいなくなるのは寂しいです」

「ボクだってボータがいなくなるのはやだ! もし無理矢理ボータを連れていく奴がいたら、ボクが全力でパーンチするよ!」



 そんなことしちゃダメです。トマト的なあれになっちゃうから。



 あー想像しただけで怖い怖い。



「あはは! ボータ殿はずいぶんと慕われておりますな!」

「嬉しいことにな」



 だから俺だって二人のためなら多少無茶なことだってするつもりだ。まあ、ポチの場合は俺なんかの非力は必要ないだろうけど。



「いや、存外楽しいひとときでした。ところでボータ殿たちはこれからどこへ?」

「この先にある国に行こうって思ってたんだけどな」



 俺は戦をしていた方向を指差す。



「そちらは今、【リンドン王国】の部隊が賊討伐に赴いておりますぞ」

「……もしかしてもう見た?」

「ええ軽く。すでに討伐は終わったようですが、しばらくは陣を敷いて様子を見ると思うので、その中を突っ切るのは些か難しいかと」



 下手をすれば賊と間違えて討たれてしまう……か。それにいちいち言い訳をするのも面倒だ。



「なら迂回して行くしかねぇか。その方が無難だしな。二人はそれでいい?」

「いいですよ」

「ボクもー」



 そういうことで決まった。



「ふむ、ならばよろしければですが、私も同行して構いませぬか?」

「別にいいぞ。強い奴は大歓迎だしな。是非とも俺を守ってほしい!」

「う、うむ。分かりました」



 それに彼女から世情に関してもっと詳しく聞けるかもしれねぇしな。嬉しい情報源だ。



「あ、もしかして【リンドン王国】に士官を?」

「いえいえ、あそこは私ほどの人材を扱えるような器を持つ王はいません」



 うわぁ、自然に王国ディスってるし。しかもさらりとナルシスト発言。



「んじゃもしかして関所越えが目的?」

「うむ。西大陸の【バルクエ王国】へ」

「! 異世界召喚が事実が確かめるためと、王の選別ってとこか?」

「ボータ殿には見透かされていますな。その通り」

「ふぅん、立派なんだなヴェッカは」

「私にはできるだけの力がありますからな。ならば乱世を止めるために力を尽くすのも、力ある者の使命かと」

「そっか。俺にはそんな使命感とかねぇな。戦いとかノーサンキューだし」

「しかしその智謀に武の方も備えておられるかと見受けられますが?」



 ジロリと俺の腰元に携えている《司気棒》に視線を落とすヴェッカに対し、つい肩を竦めてしまう。



「そりゃこんな世の中だし、旅を続けるには自衛力ってのは必要だろ?」

「それにしてはかなり力を持った《霊具》のように思えるのですが?」



 本当にこの子は優れた武人だ。目利きも半端じゃない。

 桃爺曰く、これはAランク相当の《霊具》なので稀少度も高いし秘められた力も強い。



 それを力も見ずに見抜くという彼女の眼力には脱帽だ。



「確かにこいつは俺にはもったいねぇくらいの代物だけどな」

「ふふ、そういう意味で言ったのではござらんが……まあ良しとしましょう」



 そうそう、詮索せずに良しとしてくれ。これ以上ツッコまれる前に話題を変える。



「そういえばさ、さっきの賊のことだけど」

「ふむ、〝白衣狼〟のことですかな?」

「そうそう。白き衣を纏う気高き狼の群れ、とか言ってたけど実体はどんな奴らなの?」

「……旅をされているのにご存知ない?」

「あいにく旅をし始めたのはごく最近で、住んでたのは田舎だったしな」



 桃爺もカヤちゃんも〝白衣狼〟について知識はないようだったし。



「なるほど。彼らはまあ、簡単にいえば今の『テオス皇紀』を滅ぼそうと立ち上がった者たちですな」

「つまり国には属してない荒くれ者たちってこと?」



 ヴェッカが「うむ」と首肯する。



 つまり世に不満を持つ者たちが集い、トップを倒そうと立ち上がった一揆という存在らしい。

 当然皇帝は各国へ討伐命令を下しているが、賊は増えるばかりで討伐が追いついていないようだ。

 それほどまでに『テオス皇紀』に不満を持つ者が多いという何よりの証拠だろう。



「どれだけの規模がいるんだかな」

「それは何とも。ただ二カ月ほど前に、東大陸で〝白衣狼〟の暴動が起きて、一つの国が滅ぼされたとは聞きました。その時攻め入った数は三十万とも言われておりますな」

「さっ……!?」



 開いた口が塞がらない。

 三十万といえば、一つの国家が抱える民数を容易く上回るほどの数である。



 しかも各地に一万や二万の賊がくすぶっているというのだから、すべてが集ったら信じられないほどの規模になるのではないだろうか。



「いよいよもって『テオス皇紀』は終わりそうだな」

「ですからボータ殿、そのような発言は控えた方が良いと」

「悪い悪い、そうだったな」



 どうも発言だけで殺されてしまう世の中という仕組みに今だ慣れていないようだ。少し気を付ける必要がある。



 ヴェッカ曰く、賊とはいえ〝白衣狼〟は次々と小国から滅ぼしていっているということらしい。

 さすがに腐っているとはいえ見過ごすことはできず、帝国も各国に討伐命令を出しているということだ。自分たちの軍を少しも動かさないところが今の帝国の在り方を象徴してそうだが。



「それにしてももしボータ殿が申されるように、異世界召喚を成功させた国が三つもあるとしたら、今後はその三国を中心にして世界が回りそうではありますな」



 彼女の言う通り、三国だってそのつもりで異世界召喚を行ったのだろうからそうなるだろう。

 しかし強い力は敵も引きつける。つまり逆に他国の攻めに遭って討たれやすい位置にいるということ。



 帝国だって白を切られたまま終わらないだろうし、これからさらに世は荒れていくかもしれない。



 ……はぁ、アイツら、無事なんだろうな。



 懐かしき幼馴染たちの顔を思い浮かべながらそう思うが……。



 ……いや、きっと無事だろ。天才が服着て歩いてるような奴らだしな。



 というかしばらくしたら天下にその名を轟かせるかもしれないから、その時にでも会いにいこう。そしてアイツらの権力を利用していろいろ便宜を図ってもらうのも良いかも。



 我ながらナイス策だな、うん。



「……ボータ殿、何か悪い顔をされておりますが?」



 おっといけないいけない。つい悪巧みな未来予想図にニヤついてしまっていたようだ。

 とにもかくにも、乱世にはばたくのはアイツらに任せておいて、俺は好きに旅をしますか。



 そう思い、俺たちは一時的に仲間になったヴェッカとともに関所のある【リンドン王国】へと歩を進めた。

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