第42話 ヴェッカ・リャード

「こんな時代だし、あんな野郎どもに同情はしてねぇって。ただ……な」



 チラリとこちらをおどおどした様子で見つめているカヤちゃんに視線を送る。

 すると俺の言いたいことが分かったのか「ああなるほど」と少女は頷きを見せた。



「確かにあのような純朴そうな少女に惨殺現場を見せるのは忍びないかもしれませんな」



 納得してくれたようで何よりだ。



 カヤちゃんも人が死ぬところを見るのは初めてではないだろう。実際にこの前、人型のゴブリン野郎をポチが殺した現場を見ているし。



 ただまあ、桃爺にできるだけカヤちゃんを悲しませないでやってほしいと頼まれている立場もあるから、人間の惨殺現場を見せるのは少し気が引けた。

 ただ旅をしていく上でそういった光景を見ることになるのも、カヤちゃんだって覚悟はしているかもしれない。



 今回のは俺の勝手な気遣いというところで納得してほしかった。



「ふふふ、貴殿は優しいのですな。もしかして恋人ですかな?」

「違うけど、大切な子なのは変わりねぇかな。家族みてぇな関係だし」

「ほほう、分かり申した。しかしまあ……」

「ん? 何?」



 ジロジロと俺を見てくるので何かと思った。



「ふふ、いいえ。ただ余計な手を出したようですな、と」

「…………」



 もしこの子が助っ人として現れなければ、俺が左手に持った《司気棒》で男たちを倒していただろうことに気づいたのかもしれない。



 実際に攻撃しようとした時にこの子が現れたしな。



「言っとくけど俺は弱いぞ?」

「ふむ。確かに外見上は強そうには見えませんが。どれ、一つ手合せを――」

「おーい、カヤちゃーん! 怪我はなかったかー!」

「おやおや、つれないですなぁ」



 即座に少女を戦闘狂と判断し距離を取ることにした。



「ボ、ボータさぁぁん! 怖かったですぅぅ~!」



 ポチを抱きかかえながら駆け寄ってくるカヤちゃん。



「あーはいはい。怖かったよなぁ」



 彼女の頭を撫でながら慰めてやる。ただ正直に言って、魔術も使えそうになかった男たちが幽霊のカヤちゃんに手は出せなかったと思うけどな。



「にしてもコイツは、よくあの状況で寝られるもんだな」

「むにゅ……へへへ~……ボータァ……一発だけ……だからぁ……んにゅ」



 どんな夢見てんだよ! どうせまた逃げる俺を追いかけてる夢か何かだろうけど!



 そこへ少女が近づいてきた。



「どうやらそちらの少女たちに怪我はないようですな」

「おう。改めて助けてくれた礼を言うよ。あんがとな」

「そ、その! ありがとうございますぅ!」

「いやいや、あのまま見過ごしていては武人として恥ずべき行為でしたからな。しからば改めて名乗らせて頂いてもよろしいかな?」



 俺たちが頷くと、綺麗な笑みを浮かべながら少女は名乗る。



「ヴェッカ・リャードと申します。武者修行と仕えるべき主を探す放浪の旅の途中なのです」

「俺は白桐望太だ。性が白桐で、名が望太」

「ほう、名が後ろにつくとは珍しい」

「わ、わたしはカヤと言います! 諸国漫遊の旅をしている幽霊ですぅ! あ、こっちは犬のポチちゃんです」

「…………ん……んん?」



 ああ、その反応分かるわ~。こうついつい二度見してしまう感じな。



 だって今のカヤちゃんの言葉はツッコみどころ満載だし。



「お、おほん! あ~と、幽霊? 犬のポチですと?」

「はい!」



 多分自分の聞き間違いだと思って尋ね返したのに、元気よく肯定の返事がきたから呆気に取られている様子。



「ん~と、リャードさんって呼んだ方がいいか?」

「ちょ、ちょっと待ってくだされ! 今の流れでどうして普通に会話を進めるのですか、シラキリ殿!」

「あ~やっぱダメ?」

「きちんと説明を求めます!」



 しょうがないので、カヤちゃんが五百年以上生きている幽霊だということと、ポチが魔獣と呼ばれる種族だということを教えた。ちなみにカヤちゃんが岩を擦り抜けたりして見せたので信じざるを得ないだろう。



「……う、嘘のような話ですな。特にこうもハッキリ見える幽霊など初めて出会いました」



 だろうな、俺もだ。これで物にも触れて料理も作れるんだからすげぇだろ。



「しかしお二人とも冗談を言っているようには見えませんし、その理由もまたないでしょう」



 すぐバレるような嘘に意味はないしな。



「んで、リャードさんでいい? それともりっちゃん?」

「りっちゃん!? や、止めてくだされ! 恥ずかしい! 名前で結構ですから! さんも入りませぬ」

「ん、じゃあヴェッカ?」

「うむ、よろしくシラキリ殿、カヤ殿」

「俺もボータでいいぞ? 殿とかもいらんし」

「わ、わたしもです!」

「ではボータ殿、と。殿をつけるのは慣れておりますのでご了承くだされ」



 そういうことなら、と俺たちも認知した。

 そこへ大きな欠伸とともにポチが起きる。



「……はへ? ここどこ? お肉は?」

「ねぇよ! つうかほれ、まずは挨拶な、挨拶」

「あいさつぅ~? …………誰?」



 説明してやると、ポチも自分で自己紹介をしてヴェッカと名前を交換した。



「へぇ~、ボクが寝てる間にそんな面白そうなことがあったんだぁ」



 ポチに賊たちの話をしてやると、彼女はチャンスを逃したような表情をする。



 仮に彼女が起きて万全だったら、きっと今頃は賊たちも瞬殺されていたことだろう。俺が止める間もなく。そう考えれば、助っ人としてヴェッカが入ってきたのはちょうど良かったかもしれない。

 しかしポチの言葉を別のベクトルから捉えた少女が一人。



「ほほう、賊の襲来を面白そう、か。そういえば魔獣だったな。ふむ、できればこのヴェッカと手合せをするというのはどうかな?」



 獰猛な眼差し。強き者が目の前にいるとどうしてもその者の実力を計りたいと思う気質なのだろう。



 俺ならにべもなく断るが……。



「うん、いいよー!」



 当然戦う遊ぶことが好きなポチは笑顔で了承。

 これは止められそうにない雰囲気だ。



 まあ殺し合いじゃねぇから別にいいか。ヴェッカも強そうだし、死には…………しないことを祈ろう。さすがに一応の恩人として死なれてはやり切れない。



 最悪〝外道札〟を使ってポチを止めよう。そう思った。




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