第36話 長い夜の終わり

「カヤちゃん、自衛はできそう?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいね!」



 そう言って彼女は懐から例のガマ口を取り出し中を探り出す。



「ん~とん~と……あ! ありましたぁ!」



 彼女が取り出したのは、何の変哲もなさそうな輪っかになったロープ。直径一メートルくらいだろうか。

 それを地面に置いて、輪っかの中に「入ってください」と少女を誘導。少女が訝しみながらも俺の顔を見てくるので、首肯して安全だという意志表示をすると、彼女はカヤちゃんと一緒に輪っかの中に立つ。



「では――《まもロープ》発動です!」



 カヤちゃんの言葉と同時に、ロープから光が上空へと立ち昇り結界壁のようなものを形成した。

 魔物が彼女たちに飛び掛かるが、その壁に阻まれ手が届かない。



「どうです! これさえあれ短時間ですが防壁になってくれます! 今ならお得の19800フォンです!」



 何だかテレフォンショッピング的なノリが始まっているが、あれならしばらくは防護壁として保ちそうだ。

 彼女が出す《霊具》がいつもダジャレめいているのは気になるが。



 そんなことは一先ずおいといて、この間に魔物を俺が相手すれば……。



「んじゃ、唸れ《司気棒》!」



 右手に持った《司気棒》を振ると、渦状に大気の流れが生まれ竜巻を形作っていく。



 しかし規模はそれほど大きくはない。



 それでも魔物たちを弾き飛ばすには十分である。竜巻に激突した魔物が次々と弾かれていく。



 う~し、このまま時間稼ぎを……。



 だがその時、背後から何かが飛んでくる気配を感じて、俺は咄嗟に身を屈めた。

 その行為は大正解で、屈む前の俺の頭があった場所をナイフが走り、地面にキィンッと突き刺さる。



「――ほう、避けたかよ」



 あちゃあ、お早いご到着で……。



 蝿のような魔物の上に乗りながら俺たちを見下ろす存在――ゴブリン野郎がそこにいた。



「まさかそんな《霊具》まで持ってるとはな。結構使い勝手良さそうだし、オレ様がもらってやるか」

「それは困る。貧困になった時に売るつもりなんだからな!」



 桃爺曰く、上級の《霊具》だから金に困った時に売ったら貧困生活をしなくても済む。だから手放すわけにはいかない。



「カカカ、それにしても、おいチェルニ! そんなチャチな《霊具》でオレ様の攻撃を防げると思ってんのか?」

「へぇ~、お前ってチェルニって名前だったんだな」

「うん、言ってなかった。チェルニ・リフノット・エレヴ・カーミラっていう」

「お、長いな。でもいい名前じゃん。どう呼べばいい?」

「チェルニでいい、シラキリ」

「おう、よろしくな」

「うん、こちらこそ」




「って和んでんじゃねぇよぉぉぉぉっ!」




 顔を真っ赤にして怒鳴ってくるゴブリン野郎。



「おいおい、せっかく俺とチェルニが愛の語らいをしてるってのに無粋な奴だな」

「愛……ちょっと恥ずかしい。大胆ね、シラキリは」

「むぅ、もうシラキリさん! そんな状況じゃないでしょ!」

「あっはっは、ごめんごめん。もちろんカヤちゃんとだって、いつでも愛を語るぜ!」

「ちょっ、な、何恥ずかしいことを言ってるんですかぁ!」





「いい加減にしやがれぇぇぇぇぇぇっ!」




 またも三人の温まるような会話の中に入ってくる人外野郎。



「てめぇら、マジで良い度胸してやがんな! 特にてめぇだ、黒髪ぃ!」

「人を指差すなよ。お前を育ててくれたかーちゃんが泣いてるぞ?」



 あーいやだいやだと天を仰ぎながら首を振る。



「か、かーちゃんの話なんてどうでもいいだろうが!」

「おお? 何かありそうな反応でしたねぇ。なになに、かーちゃん苦手なんか? ほれ、お兄ちゃんに話してみ?」

「ぐっ……誰がお兄ちゃんだこのクソ野郎がぁ……っ」



 ピキピキッと額に幾つもの青筋が浮かび上がってくる。

 両手にナイフを携え、今にも俺を殺さんばかりに睨みつけてきた。



「戦場でヘラヘラしやがって……っ、その余裕を今すぐに――」




――バン。




俺が小声でそう呟いた瞬間、ゴブリン野郎の背後で小規模爆発が起きた。



「ぐはぁっ!? な、何だ一体ぃぃっ!?」



 爆発の衝撃で、乗り物として利用していた蝿から落ちてくるゴブリン野郎が、何が起こったのか分からず戸惑いの表情だ。

 蝿も爆発にビビったようで、すぐさま空の彼方へと逃げ飛んでいった。



 地面に落ちたゴブリン野郎は、体勢を整えて立ち上がろうとする――が、



「――待て」



 俺は彼の顔面に《司気棒》を突きつけていた。



「っ!? ……っ、てめぇ……!」

「チェックメイトだ、ゴブリン野郎。動かん方が良いぞ。当然さっきの爆発は俺が起こしたやつだしな」

「な、何だと……っ」

「大気を圧縮して一気に解放するとどうなるか身を以て経験できたろ?」

「そ、そんな素振り一度も……」

「そりゃそうだろ。バレねぇように時間をかけてゆっくりと圧縮した大気をお前の背後に移動させていたんだしよ」

「時間を……!?」

「あのな、俺が何の考えもなくお前とダラダラ会話してたと思ってんのか?」

「ダラダラ会話してたのはてめぇとそこの二人だろうが!」

「あ、そうだっけ? でもそのダラダラとした会話が時間稼ぎだって気づけていなかったじゃんか」

「うぐ……っ」



 そう、実は会話を長引かせて時間稼ぎをしていたのだ。



 普通に圧縮した大気を相手にぶつけても避けられることを考慮に入れて、後ろ手に回した《司気棒》で静かに大気を操作し、圧縮した大気爆弾を気づかれないように移動させたのだ。



「す、凄いですボータさん……」

「シラキリ……」



 カヤちゃんとチェルニが感動したような眼差しを向けてきている。是非それに応えたいが、今はゴブリン野郎から意識を離すわけにはいかない。



「お前はいつでも俺を殺せるって思ってたみてぇだけど、俺にとっちゃそういう余裕は時間稼ぎできるご褒美にしか思えんしな」

「っ!?」

「んで、さっきの爆発の威力を最大にしたものを今すぐお前に向けて放ってもいいんだけど……」



 俺が放つ冷淡な言葉に対し、彼の顔がサーッと青ざめていく。



「……てめぇ、一体何者だ?」

「しがない旅人かね、今は」

「ただの旅人がこれだけの魔物に囲まれている状況で、あっさりと大将の首に刃を突きつけられるってか? 冗談じゃねぇぞ」

「いや、これ木だし」



 背後で「そういう意味じゃないですよボータさん」と呆れたようなカヤちゃんのツッコミが聞こえるが無視する。



「さあどうする? 大人しく掴まるなら」

「ククククク」

「ん?」

「クカカカカカ! それでオレ様を殺せるつもりかぁ、人間がぁっ!」



 刹那、彼の臀部近くに生えている尻尾が伸びて《司気棒》を弾かれてしまった。



「ボータさん!?」

「シラキリ!?」



 二人の心配そうな声が響くが、すでにゴブリン野郎は次の行動に移っていた。

 右手に持ったナイフを俺の胸に向かって突き出してくる。



「殺せる時に殺さねえ! それがてめぇの敗因だぁぁぁっ!?」



 勝利を確信した表情を浮かべている彼に対し俺は――。




「―――――――今だ、ポチ」




 上空から物凄い速度で落下してきた物体。



 それは真っ直ぐゴブリン野郎の背中へ迫り――。



 ――バキィィィィィィッ!



「ごぼほぉぉぉぉえぁぁぁぁぁああああああっ!?」



 ゴブリン野郎は、頭上から現れたポチの蹴りをまともに背中から受け、地面と蹴りに挟まれ身体が海老反る。まるで槍のようなポチの蹴りに、地面も砕かれてしまっていた。

 それだけで威力は大体想像できる。



 ゴブリン野郎は口からは大量の血を吐き出し、一瞬で白目を剥いて痙攣もせずにそのまま大地に沈む。

 俺はもう動かない相手を見下ろしながら言う。



「だから言ったろ、ダラダラとした会話は時間稼ぎだって」



 俺の最終兵器ポチが来るまでの、な。



「ちなみに《司気棒コレ》を突きつけた時に〝待て〟って言ったけどな、あれはお前に対してってよりも建物の屋根上にいたポチに言ったんだよ……って、聞こえてねぇか」



 時間稼ぎのお蔭でポチがすぐ傍の建物の屋根上にやって来たことを確認した。かーちゃんのくだりで天を仰いだ時に彼女を発見したのだ。



 だから彼女にはしばらく待機しておいてほしいと思い〝待て〟をかけておいたというわけだ。



「ねえねえボータ、これで良かったの?」

「おう、やっぱポチは頼りになるな!」

「えっへん! でしょー!」



 いまだゴブリン野郎の背中に乗りながらVサインを向けてくるポチ。本当に彼女の存在は頼もしい。もしいなければまた違った作戦を考えなければならなかったところだ。



 周囲にいた魔物たちも、ボスであるゴブリン野郎が倒された瞬間に慌ててどこかへと逃げていった。

 これで一件落着。長い夜の終わりを迎えたのである。


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