第35話 魔物の襲撃

 静けさ漂う街中を、俺は少女を抱えて疾走する。



 これがロマンティックな逃避行なら歓迎なのだが、あいにくただの逃走劇だ。捕まれば多分俺は殺されるか興味を持たれて拉致か、どっちにしろ良いことなどないだろう。



 ただ能力自体を確認されたわけではないのがありがたい。呪いを解いた方法を目にしていないはずだから。

 もしそうだったら〝外道札〟や、大天使についての質問があってもおかしくなかったはず。



「シラキリ、よく暗いのに迷わずに進める」

「まあ、昼間に散々走ったからな。それで道を覚えておいた。夜に活動するって分かってたし、こういう状況も一応想定しておいたしな」



 さすがに女性を抱えて逃げ回ることは予想していない。ただ敵から逃げるための逃走経路などは考えておいた。



「これからどこ行くの?」

「ん~とりあえずアイツを倒せる可能性のある奴がいる場所?」

「? ……ごめん。ワタシが万全ならアイツくらいは殺せた」

「おお、物騒だな。でもま、今力使えないのは俺のせいだろ? だったら責任持つのは当然」

「で、でもそれはワタシのために……!」

「それでもだ」

「!」

「このまま放置じゃ、ちょっとカッコ悪過ぎだしな。とはいっても俺は勝てねぇだろうし、今は逃げ……ちっ、厄介なことを」



 俺は足を止めて前方を睨みつける。



 前方には石畳が広がっているのだが、石畳を砕きながら明らかに人ではない者たちが姿を現す。

 一メートル級の蟻やミミズなど、思わず身震いしてしまうほど気色の悪い生物だ。



「もしかしなくてもアレって魔物だよな。さっきのゴブリン野郎がけしかけた可能性が高ぇな」



 多分街中に魔物を放って俺たちを探しているのだろう。



 はぁ、暗がりの中だし逃げ回れると思ったけどな。感知能力は人間の比じゃねぇってわけか。



 すると各方々から魔物の断末魔や衛兵たちの掛け声などが聞こえてきた。

 見回りをしている衛兵たちが魔物の討伐に当たっているのだろう。



「……シラキリ、このままじゃ街の人たちを巻き込む。このまま外に行く」

「それは正論だけどな。でも俺たちだけで行っても状況は悪くなるだけだ。だから……」



 俺はすぅぅぅ~っと大きく息を吐くと――



「――――ポチィィィィィィィィッ!」



 全力で助っ人の名を叫んだ。



 俺の声は痛快に轟き、反響してこだましている。

 ただそのせいで、魔物の感知に引っ掛かり当然……。



「ま、囲まれるわな」

「っ……冷静ね、お前」



 魔物に囲まれてしまい逃げ場を失う俺と少女。



 すると――。



「あぁ―――っ! ようやく見つけましたよぉ!」



 少し頭上から声が響き、俺は視線を向ける。



「あれ? カヤちゃんだけ?」



 建物を擦り抜けて、フワフワと浮きながら上半身だけ建物から出しているカヤちゃんがいた。



「もう、いつまでも帰ってこなくて心配したんですよぉ! って、物凄い状況になってますけどぉ!?」

「そうなんだよ。ポチは?」

「悪い奴退治だーって言って、魔物たちと戦っています。倒しながらそのうちここに来ると思うんですけど……」



 それはちょっと予想外だな。彼女がすぐに来てくれると思ったから安心していたところもあるのに。



「ああそういえばボータさんに謝らなければならないことがあるんですー!」

「はへ?」

「わ、わたし……わたしってばボータさんに頂いたアレをどこかに落としちゃったようなんですぅ!」

「…………」

「い、一生懸命探してみたんですけど、全然見つからなくてぇぇ~! ごめんなさぁい! ふぇぇぇぇんっ!」

「あー別にいいって」



 そう言いながら俺の傍に来て泣き出すカヤちゃんの頭を撫でてやる。



 当然アレというのは彼女に渡しておいた〝外道札〟なんだろうが、それはすでに俺がすっていた。だから彼女が落としたわけではない。



「うぅ、ボータさん優しいですぅ」



 うっ……若干罪悪感が。でもせっかくだから黙っておこう。うん、そうしよう。その方が平和だし。



「ぐす……あ、それにしても一体全体この魔物は何なんでしょうか? それにその子は……?」



 カヤちゃんの視線が初めて少女を捉える。



「いろいろ説明したいところだけどタンマだ。とりあえずポチの助力が期待できねぇんなら、この場をカヤちゃんが何とかしてくれるとありがたいんだけど」

「ええっ!? わ、わたし頼りですかぁ!?」

「うんそう」

「うんそうじゃないですよぉ! ボータさんは強いじゃないですか!」

「いやぁほら、俺って基本的に疲れることしたくない人だし」

「わ、わたしは戦う力なんてないですよぉ!」

「ん~そっか。ならこの子を頼める?」



 カヤちゃんに少女を託す。



「! お前、肉体がない? 精霊? ううん、そんな感じじゃない」

「あ、どうも~。わたしはカヤと言いまして、こう見えても立派な幽霊です」

「ゆ、幽霊? ……こんな綺麗な魂を持つ幽霊、初めて見た」

「き、綺麗って照れちゃいますよぉ。えへへ~」



 確かにカヤちゃんって悪霊とは真逆の存在なんだよなぁ。女神って言った方が合ってるし。あ、そんなことより幽霊に立派とかそうじゃないとかあるのかねぇ。



 そこはちょっと気になるが、今はこの場を何とかすることが先決だ。



 一……二……三………………全部で七体か。あ~憂鬱だ。



 周りを囲んでいる魔物は七体。当然ポチと比べたら太陽と裸電球くらいの差はあるが、それでも油断すれば命を持っていかれるだろう。



「しゃあない。こんな気色悪い奴らと遊ぶのは嫌だけど」



 俺は帯に差してある《司気棒》を抜く。


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