第37話 細やかな宴
「ほうほう、なるほど。ではその子は例の魔物に攫われそうになっていたと?」
「そうなんっすよぉ~。ちょうどトイレタイムを満喫してたとこに、あのゴブリン野郎がいてですね。しかもあの野郎、美少女に化けてか弱き女性たちを誘拐してたみたいなんすよ」
「ふむぅ、許せん輩だな。まだ生きてたらこの儂がとっちめてやったものを」
翌日の朝、説明をするために領主の屋敷へと俺たちは来ていた。
領主であるブランケットさんと、その娘であるユーランさんに、俺が中心となって話をしている。
ただすべての罪はポチの一撃で昇天してしまったあのゴブリン野郎に背負わせてもらったが。
「しかしよもやそんな幼気な少女まで毒牙にかけようとは」
「どうやら女性たちの血が目的だったらしくて、夜な夜な女性を攫っては人気のないところに連れ込んでチューチュー吸ってたらしいっすよ」
「何だと!? むむむぅ、まるで吸血鬼のような奴だな。ゴブリンのくせに」
「まったくっすよ。ゴブリンのくせに」
死人に口なしとはよく言ったもので、本当にアイツの存在は都合が良かった。
ただ後ろでは罪悪感を覚えていそうな二人(カヤちゃんとチェルニ)が俺をジト目で見つめてきているが。
ポチはご褒美としてブランケットさんが用意してくれた肉にかぶりついている。
それにしてもたった一撃であの強そうなゴブリン野郎を倒すとは、さすがはポチだ。あの一撃が普段の俺に向けられないようにちゃんと言い聞かせておこう。
あんなマジの一撃くらったら絶体絶命だしな。
「いやしかし、本当に感謝する! 細やかだが食事を用意させてもらった。どうか楽しんでやってくれ」
もう若干一人はすでに楽しんでいるけども。
俺たちはユーランさんに案内され大きなリビングへと向かう。そこには長いテーブルが設置されてあり、上には数々の料理が並べられてあった。
「わぁ~! おいしそぉ~!」
ポチよ、まだ食うのか。とりあえず両手に持った肉を処理してからにしなさい。
思わず母親めいた言葉が思い浮かんだが、今回は彼女のお蔭が多分に含まれているので良しとする。
「おおっ!? ケーキもあるじゃんかっ!? それに何だよこの果物見たことねぇっ!」
甘党の俺を誘うような特大のホールケーキが一つ。見た目からしてチョコレートケーキだろうが、その周りに飾られている果物に目を奪われる。
「え~ケーキよりもお肉だよぉ」
「何言ってやがる、ポチ! 甘いものは天下一なんだぞ!」
「そうなの?」
「ああそうだ。甘くて蕩けるものを食べたら幸せな気持ちになるだろ?」
「うん」
「そうなったら争いなんてなくなり誰もが平和になれる。だから最強なんだぞ」
「おお! なるほどぉ!」
「よぉし! ならどっちがより甘いものを食べて幸せになれるか勝負だぁ!」
「おおーっ!」
俺とポチはそれぞれいきなりデザートから手を出し始めた。
「……別に甘いものじゃなくて美味しいものなら幸せな気持ちになれると思うんですけど……」
そんなカヤちゃんの呟きなど、俺にはどこ吹く風だった。
「んんっ!? 甘い! それにスポンジのフワフワ感にこのチョコが絡みついてて美味い!」
「あはは、そりゃ良かったわ。作った甲斐があるってもんね」
「え? これユーランさんが作ったんすか!?」
「こう見えても一応菓子職人だしね」
「マジで!? こんなところに俺の理想が!?」
俺はササッとユーランさんの傍に寄ってその手を取る。
「ユーランさん」
「な、何? どうしたの?」
「俺専属の菓子職人か嫁になりばふぅん!? ……っ、い、痛いじゃないかカヤちゃん」
後ろから広辞苑のような大きな本で頭を叩かれたのはどうしてだろうか。
「もうボータさん! いきなり女性の手を取るなんてセクハラですよ!」
「そんなこと言っても菓子職人だぞカヤちゃん! ずっと傍にいればお菓子食べ放題ってことだぞ! こんな美味しい話を逃せとでも言うのか!?」
「お、お菓子ならわたしだって作れますよぉ!」
「…………あ、確かに」
「で、ですからほら、別に職人さんがいなくてもわたしがいればですね、ボータさんの望みも叶うのではないかと……」
「なるほど。カヤちゃんの言うことも一理ある」
「そ、そうですよね!」
「だが!」
「ふぇ?」
「幽霊では嫁には成り得まいっ!」
「なっ!?」
ガーンとショックを受けたような表情をするカヤちゃん。
「カヤちゃん、君は確かに美少女だ。ああ、間違いない。たまに幽霊ってことを忘れて襲ってしまいそうになりかねないほど可愛い」
「そ、そんなぁ、可愛いだなんてぇ~」
頬に手を当てながら恥ずかしそうに身体をモジモジとさせる。
「しかーし! 幽霊じゃどう考えても……あはんうふんなことができねぇっ!」
「あはんうふん? 何ですそれ?」
カヤちゃんは相当に初心なのだろう。知識すら現代の子と比べても少ないかもしれない。
それを悟ったのか、大人なユーランさんが「多分だけど」と口添えしつつ、彼女に耳打ちをする。
――ボンッ!
突如カヤちゃんの顔が瞬間湯沸かし器のようなことになり、真っ赤になって湯気が飛び出た。
「しょ、しょしょしょんにゃこと……わ、わたしにはまだ早いでしゅぅぅぅ~っ!?」
と言いながら目を回して気絶してしまうカヤちゃん。
いや、早いも何も一生縁のないもんだと思うけどな君には……。
するとクイッと服を引っ張られる感触が。
「ん? どうした、チェルニ?」
「……虐めちゃダメ。可哀相」
「あはは、悪い悪い。けどカヤちゃんってからかうと面白くてな」
「…………」
「どうした、そんなにジッと見て。あ、もしかして惚れたか?」
「うん、惚れた」
「そうかそうか、惚れたか……って、え?」
幻聴のような言葉が聞こえた気がしたが……。
「い、今惚れたって言った?」
「うん。……ダメ?」
「えっと……」
「シラキリはワタシを救ってくれた。お前に恩を返したい」
「……! ああなるほど」
つまり恩人として好きになってくれたってことか。
「そんな気にしなくてもいいって。これからは晴れて自由なんだ。好きなことをするといいと思うぞ」
俺は十歳児の見た目である彼女の頭をポチを撫でるように撫でてやる。彼女も目を細めて抵抗せずに受け入れてくれていた。
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