第31話 美少女への交渉

 ――魔族。その言葉を聞いて心の中で感嘆する。



 桃爺から聞いたことがある種族の一つだ。元々北の大陸を統べていた種族で、国が滅んだと同時にほぼ壊滅状態となってしまった絶滅危惧種。



 その身に秘める力は膨大で、魔力量に身体能力ともに人間とは比べものにならないほど高い水準を有している存在らしい。



 しかし我が強い種族でもあり、同族同士でも激突することが多く、内戦も数え切れないほどあったという。

 そのせいで数が少なくなり結果、他種族の侵攻に抵抗することができずにほとんどの魔族が滅んだと。



「ワタシは魔族。人間の敵。ううん、世界の敵……だから。きっとあなたも……」



 悲しげに顔を伏せ下唇を噛む少女。



「魔族……ね。だから何?」

「……え?」

「命があって、感情があって、こうして話すことだってできるじゃん。人間とどう違うってんだ?」

「……!」

「それに魔族だろうが獣人だろうが女の子に貴賤はねぇ! それに見た目が違うって、それはもうロマンだろ!」

「ろ、ろまん?」

「おうよ!」



 さらに可愛いか美人ならなお良し!



 そもそもゲーム・漫画好き日本人として魔族や獣人の女の子に憧れこそ抱くが恐れなんて抱くわけがない。あ、命とか狙われるなら別だけど。



「だからよ、何でこんなことやってんのか教えてほしいんだ。もしかしたら何か力になれるかもしんねぇしさ」



 そうしたらこんなバカなことは止めてくれる可能性だってある。



「………………無理?」

「はい?」

「……無理……だから」



 無理? 



 身体を震わせて心底寂しげな瞳を俺に向けてくる。



「お前に……何ができるの?」

「それは分かんねぇよ。だって何がアンタをそうさせてるのか知らねぇんだし」

「無理。無理……だって……だってこれは呪い。誰にもワタシの苦しみなんか分からないんだからぁっ!」



 刹那、彼女の身体から溢れ出す魔力。それには目一杯敵意が含まれており、当然それは俺に向けられている。



 おいおい、説得……失敗しちまったかな……?



 わざわざ一人で来たのは、相手を安心させるつもりでもあった。ゾロゾロと人間を連れてくれば、きっと警戒してすぐに逃げてしまうか、心を閉ざすだけだと思ったから。

しかし思った以上に、彼女の負の根は深いようだ。



 少女が右手を上げて俺に向けてくる。



「……邪魔をしないで。お願いだから」

「……嫌だね」

「! どう……して……っ」

「目の前に困ってる女の子がいるから、だ」

「…………」

「それに目が言ってんぞ。助けて……ってな」

「っ!? ……分かったようなことを言うな! ――シャドール!」



 彼女の足元から伸びている影が広がり、そこから黒一色の人型人形が三体出現し、俺に向かって突っ込んでくる。



 おお!? 闇属性の魔法か!



 こんな状況でなければカッコ良いと感動しているところだ。



「ちょっ、まだ話は終わってねぇってのに!?」

「話なんてない! ワタシには――血が必要なんだから!」



 ……血? 重要なキーワードっぽい言葉が耳朶を打った。



 しかしそれについて思案している場合ではない。



「おわっ、ととっ、ひやぁっ、のぉっ!?」



 人形たちが拳や蹴りを放ってくるが、俺はそれを決して流麗というような動きではないが掠らずに回避していく。



「くっ、当たらない!? さっさとお前を倒してワタシは血を――あっぐっ!?」



 突如、少女が胸を押さえて蹲る。同時に人形たちの動きも止まった。



 なるほど、自動じゃなくて遠隔操作してたってわけか。

 しかしそんなことよりも……。



「お、おいアンタ、大丈夫か?」

「こないでっ! くっ……はあはあはあ……もう時間が……ないっ、のに……っ」



 必死に何かに耐えているような表情を浮かべている様子に俺は、やはり女性たちを襲っている理由に相当なものを抱えていることを知る。



 俺は今までの彼女の言動から、その置かれている立場を推測していく。



「……アンタはさっき、呪いって言ってた」

「……?」

「その呪いに苦しんでるとも。つまり何らかの呪いのせいで、女性たちを襲わざるを得ないってことだ。どう見たって快楽犯罪者には見えねぇしな」

「そ、それは……!」

「そして血…………アンタ――――吸血鬼だな?」

「――っ!」

「その顔はビンゴってこったな。そういやポチが嗅いだことがあるニオイを感じるとか言ってたっけ。アイツは過去に鬼と戦ってるし、吸血鬼だって鬼って言や鬼だしな」



 俺の言葉に明らかに動揺の色を示す彼女の正体がこれで明らかになった。



 魔族の一種――吸血鬼。



 地球でも有名なファンタジー種族だろう。夜に活動し、人間の血を吸うバケモノとして映画や漫画などの題材として扱われたりしている。



 そういや処女の生き血じゃねぇと満足できない吸血鬼っていうのもいたっけか? この子はそういうタイプってわけかな?



「定期的に血を吸わないと、その呪いってのがアンタを苦しめる。そう解釈したんだけど、合ってるか?」

「! い、一体お前は何者……!?」

「おお、ドンピシャか? だったら話は簡単だ」

「え……?」

「その呪いを解けばいいだけだろ」

「解けばいいって……っ」



 ギリッと彼女が歯を噛み鳴らす音がハッキリ聞こえ、その表情が怒りに包まれる。



「それができないからワタシは! ワタシはこうやって人間を! …………それを何も分からない奴が勝手なことを言うなっ!」



 動き始める人形たち。

 俺はバッと両手を上げる。降参の仕草だ。



「っ……何のつもり?」

「いやいや、別に俺戦いに来たわけじゃねぇって言ったろ? 女の子とは仲良くするのが俺のポリシーだし」

「……お前は何を言ってるの?」



 いやだって、そう母親にも育てられたし、手なんかあげてみろ。簀巻きにして東京湾に流されかねねぇんだよ、いやマジで。



 小さい頃にほとんど反射的だったが、女の子に手を上げてしまったことがあった。それを聞いた母親に美しい土下座の仕方を強制的に習得させられ、女の子に謝らされたあと、〝女の子は宝物〟という字を十冊の大学ノートに延々と書かされた。



 あれは地獄だったなぁ。しかも『次やったら東京湾に流すわよ』と宣言されちゃってんだよ。ああ、怖い。



「なあ、信じてくれねぇかな。俺が何とかして呪いってのを解くからさ」

「! ま、まだ言ってる……無理って言った。ワタシにかけられた呪いは外法の術で構築されたもの。たかが人間にそれが解けるわけがない! ワタシがどれだけの期間、この呪いに苦しめられてきたと思ってるの!」



 それは確かに分からない。長命の魔人で吸血鬼っていうのだから、きっと俺には想像もできないほど長く苦しんできたのだろう。

 それは悲痛な彼女の面持ちから少しだけでも悟れる。



「外法の術……か」

「そうよ……だから無理で――」

「なら大丈夫だろ」

「――ほえ?」



 俺がニカッと白い歯を見せながら言ったものだから、シリアスから一転して彼女も笑っちゃうくらいな感じで呆けた表情を見せる。



「この世界で、俺より外道の術を持ってる奴はいねぇって桃爺も言ってたしな」

「ももじ? は?」

「こう見えても、ちょっと都合の良いもんを持ってんだよ俺は」

「都合の良いもの……?」

「そう、だから信じてくれねぇかな? 頼むよ」



 頭を下げた俺を、しばらく睨みつけるだけの少女。

 あとは彼女次第。強制することはできない。

 これは――彼女が選ぶべき道だから。



 そして、長い長い沈黙のあと――。



「…………条件がある」

「よぉし、飲んだ!」

「は、早くない?」



 俺の即答に顔を引き攣らせる彼女だが、そもそもそういう流れもあり得ると予想はしていただけだ。



「ま、まあいいけど。……この呪いはワタシの全力をもっても破れない強力なもの」



 少女が胸に右手を当てながら少し辛そうに言う。



「お前がワタシより強いなら…………信じる」

「えっとぉ……俺は弱いぞ?」

「でもワタシの影の攻撃を避けるくらいは強い……と思う」



 まあ、これでも武闘大会の覇者だし。やり方はアレな感じで優勝したけど。



「ワタシが今から全力の一撃をお前に向けて放つ。それを防ぎ切れたら……信じる」

「…………なるほど」



 そうきたか。ならば良し。



 俺はニヤリを口角を上げる。



「分かった! その条件OKだ! ならその攻撃を俺は無傷で凌ごう。それだったら認めざるを得ないよな?」

「……条件を出したのはこっちだけど、侮ってる? ワタシは〝真祖の吸血鬼〟。あまり舐めてると塵になる」

「そ、それは怖いな。できれば九割九分九厘くらい手加減してほしいんだけど……」



 しかしなるほど、〝真祖〟……ね。



 つうことは元は人間だったってわけか。これは想像以上に重いものを抱えてそうだ。

 けど彼女を何とかするためにこうしてやって来たんだ。そうして曲がりなりにも道筋は見えた。

 ならここは真っ直ぐ突き進むだけだ。

 俺に宿った外道の力を信じて。



「――でもま、いいぜ。お前が今出せる全力でこいよ。ただし、俺が勝っちゃうかもしんねぇけどな」

「! …………遠慮はしない。でも安心して。殺しはしないから。お前には……感謝もしてる」

「感謝?」

「……何でもない。……行く」



 少女の目が鋭くなった瞬間、人形たちが形を崩していき煙のようになると、少女のもくっぜんへと集束していく。



 同時に少女からも大量の魔力が溢れ出て、同じように目前へ集う。

 大気が怯えるように震え出し、俺も今すぐ逃げたい衝動にかられる。



 えっとぉ……マジでこの子ヤバくない?



 魔力量は、ポチの本気とそう変わらないものを感じた。



 全力のポチと戦っても良い勝負をするかもしれない。もう全身から冷や汗でビッショリだ。本当に殺す気はないんだよね? 

 けど、これを何とかしないとあの子に認めてもらえねぇんだよな。……まあ、やるか。



 次第に影は形を成していき――――それは一本の槍を形作った。



 おぉ……何か槍からヤバイくれぇの雰囲気出てんだけど……?



 竜騎士が持つような、円錐状になった形態をしている長槍である。

 バチバチとまるで放電現象のように闇が嘶き、暗黒の槍の物々しさを際立たせていた。

 見ているだけで全力で逃げ出したい衝動にかられる。



「さすがに本当に全力で攻撃するとここら一帯が塵になるから、少し加減する」

「うんよし、その心遣いマジで嬉しい」



 だってあの槍から前に一度見せてくれたポチの十八番の技から同じヤバさを感じるから。

 その時は全長十メートル以上はあろうかという大岩を一瞬にして芥子粒にしてしまった。あんな攻撃を全力で繰り出されると失禁してしまいそうだ。



「それでもこれを無傷で防げるなら――」

「あーちょっと待って。防げるじゃなく凌げる、な」

「? ……どう違うの?」

「ま、とにかく無傷のまま何とかすりゃいいんだろ?」

「…………本当にできる?」

「やるだけやるよ。だから目一杯来い。後悔しねぇようにな」

「………………分かった」



 少女が僅かに前傾姿勢を整える。グッと大地を踏みしめ、ターゲットである俺にすべての意識を向けてきた。



 完全にロックオン状態だ。

 そして――少女の姿がその場から掻き消えた。



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