第32話 吸血鬼少女

 地面を砕きながら神速のごときスピードで俺に真っ直ぐ向かってくる少女。

 両手に掴む槍からは、悍ましいほどのエネルギーが込められている。あんなものに身体を貫かれると、一瞬で全身が蒸発してしまいそうだ。



 何度も言うけど本当に殺す気ないのかな?



 そう思いつつ、俺は――――ニヤリと笑みを浮かべる。



「はあぁぁぁぁぁぁっ!」



 少女が声を張り上げながら槍を突き出してきた。



 ――刹那。



 それはまさに瞬きも許されないほど短い時間のあと、気づけば俺と少女は互いに背を向けて立っていた。

 決闘ならば、ここで勝利者が「うぐっ」とか言って膝をつき、そのあとに敗北者が「ぐはぁ!?」と血を流し倒れたりすると思うが……。



「…………ど、どういうこと?」



 その場ではどちらも血を流すことも、倒れることもなかった。

 ただ少女の困惑な呟きが響き、戸惑いながらも俺に向かって振り返る。



 俺もまたゆっくりと振り返り、そのまま両腕を広げウィンクをした。



「な? 言ったろ、無傷で凌ぐってな」



 そんな俺の自慢げな表情を唖然と見つつも、確かに傷一つない様子に眉をひそめてしまう少女。



「……どう……して? 何をしたの? 攻撃が当たる瞬間に魔力は感じたけど……それに、手応えがまったくなかった……!」



 彼女にしてみれば本当に理解できない現状だろう。

 俺は一歩も動かずにその場に立っているだけだったのだから。



 さらに本意気で攻撃を繰り出したのに無傷という事実に、彼女でなくても驚くのは必至だろう。

 俺はチョイチョイと手招きをして、「触ってみ?」と自分の胸をトントンと叩いて提案してみる。

 俺が全身から魔力を滲み出したので訝しみながらも、少女は槍を消してから警戒しながら俺に近づいてきた。



 そして言った通りに右手を伸ばし俺の胸に触れようとするが――スッ。



 彼女の手が俺の胸に吸い込まれて……いや、擦り抜けて背中を突き出てしまう。



「っ!? ……え?」



 俺はふぅっと息を吐くと、全身を包んでいた魔力を霧散させてからニカッと笑ってネタばらしをし始める。



「俺にはな、どんな攻撃も届かねぇってことだ」

「届かない? どういうこと?」

「ん~そういう能力っていうだけなんだよなぁ。詳しく知りたきゃ、俺を信じて呪いの件を任せてくれるってことで」

「…………約束は守る。ワタシの攻撃をお前は無傷で防いで……ううん、妙な能力で凌いだ。だから……ちょっと信じてみる」



 俺はホッと息を吐く。どうやら少しは信じてくれるようだ。



「んじゃ、さっそく呪いを解くか」

「? ちょっと待って。ここで? 今すぐ解けるの?」

「まずはどんな呪いなんか教えてくれるか?」

「…………分かった」



 まだ完全に信じ切ってはいないようだが、ちゃんと話してくれるようだ。



「ワタシは真祖。元々人間だった」



 やっぱそうか……。



「もしかして吸血鬼から元の人間に戻りてぇのか?」

「ううん。吸血鬼になったのはワタシの意志。それは……別にいいの」

「そっか。なら呪いは別物ってわけか」



 彼女が悔しげに下唇を噛み締める。

 そして少女から語られる残酷な物語。



 彼女が真祖となり旅をしていた頃、ある人物と対峙し捕縛されたという。

 身動きを奪われ、身体にある紋様が刻まれたらしい。



「それが……これ」



 そう言って彼女が胸をはだけさす。大きな膨らみが作る谷間に思わず目を奪われてしまう。

 こんな状況ではなかったら、酒でも片手に一日中眺めていたい。まあ、酒とか飲めないけども。そのくらい見惚れるほど美しいものってことだ。



 谷間の上部。



 そこに刻まれた赤い紋。まるで血で刻まれているようだ。

 魔法陣のようにも見えるが……。



「これは〝呪紋カースサークル〟。対象に呪いを刻む忌まわしき紋様なの」

「ふぅん……それにしても見事なおっぱ……」

「おっぱ?」

「お……おっぱいだな」



 誤魔化そうと思ったが、そこまで言ったらもうムリかなと思ったので。叩かれるのを覚悟した。

 しかし少女は小首を傾げながら、



「……このおっぱい、見事なの?」

「え? あ、そういう反応なんだ」



 もしかしたら叩くだけじゃなく眼潰しでもされるかもしれねぇって盛大な覚悟してたんだけどな。

 しかし返ってきたのは、まるで子供のような反応だった。



「まあおっぱいは置いといて」

「言ったのシラキリ」

「ごめんなさい」



 ここは謝罪をしておいた。



「えっと……だな。ちょっと脱線したけど、どんな呪いが込められてるんだ?」

「それは……うっ!?」

「ちょっ!? 大丈夫か!?」 



 突然胸を押さえて蹲る彼女を支える。



「大……丈夫……っ、まだ少しは……。いつも……ギリギリで行動する……から……っ」



 彼女の言葉から、血が必要になるギリギリまで粘っていると判断できた。



「確か……血が必要なんだよな? …………俺のでも少しは頼りになるのか?」

「!? ……何を言ってるの?」

「いやぁ、処女でも女でもねぇけど、血は血だしな。ちょっとは力になるのかなって思って」



 この状態だと説明もままならないだろう。だから状態がマシになるなら血を提供するくらい別にいい。何よりも美人が相手だし。



「あ、でも吸血鬼化とかするのかね、やっぱ」

「それは……ワタシが望まなければ大丈夫」

「あ、そうなんだ。便利なことだなぁ。んじゃ別に俺の血も吸えるってことでいいのか?」

「ん……」

「なら何で処女の血だけだったんだ、今まで狙ってたのは」

「……おいしいから」

「……へ?」

「? 美味だから?」

「いやいや、言い方に疑問を感じたわけじゃなくてですね」



 これは驚いた。もっとこう含まれた魔力が高いからとか、処女の血を飲めば力が湧いて長生きできるからとかそういうファンタジーな要因だと思っていたのに……。



「それに女性の方が襲いやすい」

「あ、それなら理由としては分かるな」



 どこの世界でも、やはり夜に襲われるのは女性が多いようだ。



「それで女性を攫って血を吸い、一日かけて傷を治しずっと眠らせていて、そんで翌日の夜に解放してたってことでOK?」

「……本当は傍で見てたの?」



 どうやら俺の予想はぴしゃりと当てはまっていたようだ。

 眠らせていたからこその記憶が欠如していたというわけである。



「んじゃほれ、さっさと飲みな」



 俺は右腕の袖をまくって彼女の前に差し出す。



「…………どうして?」

「何だ?」

「どうしてそこまで初めて会ったワタシをお前は信じられるの? もしかしたらこのまま血を吸われてワタシの言いなりになるかもしれないのに」

「いやぁ、美人の言いなりなら別に文句はないかもなぁ」

「そ、そうなの?」

「だってほれ、アンタなら優しくしてくれそうじゃん。どこか適度にSっぽいし、ライトなM気質があるよねって親友が俺に言ってたことが本当なら、きっと相性とかいいかもしんねぇしな」



 自覚はねぇけどな。でも少しきつめの女性、何か良いです。



「けど一番の理由は、アンタならそんな勝手なことをしないって思ったから、かな」

「……!」

「ま、勘だけどな」

「…………そう。……お前、変な奴ね」

「そうか? できれば面白い奴って言われる方が嬉しいんだけどな」

「うっぐ……っ」

「あっ、ほら! さっさと吸えって!」

「…………ん」



 そう言って彼女は俺の右手を――。



「ふぇ?」



 グイッと引っ張り抱きついてきて、カプッと首筋に噛みやがった。



「あっつ!?」



 チクッと僅かに痛みが走ったものの、別に我慢できない痛みではない。



 しかしそんなことよりも……。



 お、おお……ええニオイやぁ~っ。



 思わず関西弁が出るほどの衝撃。軟らかくて温かくて、それでいて女性特有の甘い香りが男のいろいろなところを刺激してくる。

 がっしりと抱きしめられているので、彼女の豊満な胸が俺の胸で押し潰されている。無論素晴らしい感触を感じている最中だ。



 ああ、モテてはいないけど、人生の思い出に保存しておこう。

 そしていつか親友に自慢してやろう。こんな美人に抱きしめられ吸血されたんだって。



 ……ん? 吸血って部分はキスに置き換えておこうかな。その方がロマンチックだしな。



「んぐ! ……っ、えっと、ちょっと長過ぎね? それに少し抱きしめる力が強くて……」



 顔の横で興奮状態の牛かと思うほどの鼻息が聞こえる。それにもうずいぶんと血を吸われているような気が……。



 あれ? こんなに長時間かかるもんなのかな、吸血って? 

 もしかして干からびないよね? 



 若干不安気に思っていると、ようやく彼女が顔を話してくれた。

 蕩けたような瞳に、上気している顔。それに口元から血が流れていて、それを舐め取る様は、どこか妖艶めいている。



「は……ふぅ……ん、もっとぉ……っ」

「え、あ、ちょっ」



 何だか正気を失っているかの様子で再び首にかぶりついてきた。



 ああヤバイ! これ以上は何かヤバイ!

 何がヤバイって? それは――何だかちょっと気持ち良くなってきてるからだよ!

 くそぉ、やっぱり俺はライトなM気質だったのか!?



「んぁ……これ……ん……っ、おいしい……っ」

「ちょっと待って!? まだ吸う気なの!? そろそろ自重してくれねぇかな!?」



 さすがにこれ以上は死にそうな予感がするから!



 俺は無理矢理顔を上げさせる。



「あん……もう少し」

「いや、もう何か十分に大丈夫そうだけど!?」

「大丈夫……はあはあ……大丈夫だから」

「いやぁぁぁぁっ、目が怖い! 目がポチの戦闘時と同じ感じですよぉ!?」

「こう見えてベテラン。だから大丈夫。先っぽだけ、先っぽだけだから」



 そんな童貞少年が初体験の時に見せるような血走った目で言われても信じられるかい!

 だが彼女の力が強過ぎて結局抵抗虚しく。



「あぁ――――――っ!?」



 夜の街に俺の悲鳴がこだました。


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