第30話 追いかけてきた少年

「――――っ、ぐぅ……っ! ふぅぅ~」



 街灯も数えるほどしか設置されていない極めて暗い路地に、悲痛な感情を宿す溜め息が零れ出る。

 そこにはワタシしかおらず、歯を食いしばりながら痛む右肩を左手で押さえつつ歩いていた。




「―――――よぉ」




 男の声が耳朶を打ち、歩みを止める。

 闇が広がる前方を睨みつけると、そこから一人の男性――少年が静かに姿を現す。



「っ!? くっ」



 ワタシは一瞬で身を引き距離を取って警戒態勢を素早く整えた。



「そう警戒しなくてもいいって。ちょっと謎解きをしに来ただけだしな」



 月の光が徐々に少年の顔を明確にしていく。



「まずは自己紹介、だな。俺は白桐望太。苗字が白桐で名前が望太だ。よろしくな」



 屈託なく笑う少年……シラキリの笑顔。



 この顔には見覚えがある。そう、あの時と同じ……。



「でもやっぱ、アンタが犯人だったんか。くぅ~、男じゃないことを喜べばいいのか、美少女が犯人だったことを嘆けばいいのか悩むぅ~!」



 いきなり頭を抱えてしまうシラキリに思わず唖然としてしまう。



「ああ悪い。つい取り乱しちまったな」

「……どうし、て?」

「はい?」

「どうしてワタシが怪しいと? いつから?」

「ん~最初っからだな」

「!」



 素直に驚いた。



 見た目も変ではないはず。ちゃんと人間の姿を映しているはずなのに……。



「あ~見た目のことを気にしてんなら間違ってんぞ。少なくとも外見じゃ人間にしか見えん。つうよりものすっごい美人です! いいニオイもしました!」



 何故か嬉しそうにグーサインを向けてくるシラキリ。何だか緊張感が薄らいでいく。

 なら理由は、と彼に問う。



「俺が怪しいって思ったのは、アンタが一人であんな場所にいたから、だ」

「……?」

「その顔は分かってねぇな。アンタがここ最近いろいろ仕事をしちゃってるせいで、領主から夜間の外出禁止令が出てんだよ。特に女性は厳禁でな。それなのにアンタは人気のない暗がりに一人でいた。まるで襲ってくださいって言ってるようなもんだろ?」



 それは迂闊だった。いや、しかしそう言われてみれば確かに怪しい。



「もしかしたらそういうプレイが好きな女の子かなって思ってドキドキしちまったけど、試してみた結果、アンタはまんまと引っ掛かってくれたってわけだ」

「! ……あの強力な防護壁、もしかしてシラキリ?」

「おう、どうやったかはちょっと言えねぇけどな。あれはポチの強攻撃でも弾く代物だ。だから魔物が相手でも十秒くらいは保ってくれるって自信があったんだ。まあ、確かめるために利用しちまったから、あとでユーランさんに謝って…………多分説教を受けるんだろうなぁ。しかもカヤちゃんもぜってぇ怒るか……」



 今度は涙目で震え始める。コロコロと感情が忙しい少年だ。



 彼が自分を怪しいと思った理由は納得できた。しかし先読みしたように、どうしてワタシがここにいるのが分かったのかまだ分からない。



「……どうして……ワタシがここにいるって分かったの?」

「んあ? ああ、服のポケットん中調べてみ」



 ? ポケット?



 ワタシは彼の動きに警戒しながら、ポケットを探ってみる。

すると――。



「……カード?」



 明らかに見覚えのない一枚のカードが入れられていた。何も書かれていないし酷く謎めいている。



「そいつは俺が使ってる《霊具》でな。俺の魔力も含まれてるから、それを感じ取って道を辿って来たってわけ」



 このカードからは彼の魔力が込められている。なるほど、これを頼りにワタシを探し出したというわけだ。



「こ、こんなもの、いつ入れたの?」

「フッフッフ。こう見えても昔から手先が器用でな。ちょちょいとカヤちゃんからカードをスリ取って、アンタに近づいた時にポケットに忍ばせたってわけ。もちろん気づかれないように、な」



 まったく気づかなかった。一応警戒だけはしていたのに……。



 ワタシの計画を見破り、あまつさえ逃げ場所まで追ってくるほどの手練れ。まんまと彼に見破られてしまった。



「くっ!」

「おっと、何だ返してくれんのか、サンキュー」



 ワタシは悔しさを込めてカードを彼に向けて放り投げると、嬉しそうにそれを受け止めた。



「……お前、何者なの?」

「ん? 女性の味方だな、うん」



 想像だにしない答えが返ってきた。



「……よく分からないんだけど」

「いや、そのまんまの意味だと思うが……あれ? 言い方が違うのか? 女好き? いや、それじゃ何か変態っぽくて嫌だな。誤解じゃねぇけど引かれちまう要素がめっちゃ含まれとるし……う~ん」



 何だかどうでもいいことで深く悩み始めた。そんな彼の姿につい警戒が緩んでしまうが、ここで捕まるわけにはいかない。気を引き締める。



「……ワタシを捕まえにきたんだよね?」

「はい? 違うぞ」

「……ふぇ?」



 また予想の斜め上からの回答が降ってきた。思わず情けない声が出てしまって恥ずかしい。



「ち……違うの?」

「おう。俺はただな~んで男にも苦労しそうにない美少女がこんなことをしてんのかな~って思ったから聞きにきただけ。まあ相手が男だった場合は、怪しいって思った時点でふんじばってたけどな。特にイケメンならポチに半殺しの刑を命じてたし」



 彼はイケメンとやらに思うところがあるのか、少し怖いと思わせるほど殺気が滲み出ていた。



「んで、聞かせてくれるか?」

「……どうせ信じない」

「へ? …………何でそう思うんだ?」



 一息入れてから、ワタシは彼に告げた。



「ワタシは……魔族……だもの」



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