第29話 深夜の出来事
――深夜。
領主ブランケットさんの声によって集った見回りの衛士の中には、違和感しか覚えないほど目立っている子供が三人いる。
まあ当然俺たちのことなんだけどな。
今ブランケットさんの屋敷の前で、俺たちは見回りエリア担当をそれぞれ決めて、俺とポチ、そしてカヤちゃんは住宅街ひしめく東エリアに行くことになった。
その中にはユーランさんもいて、自分も手伝いたいということで名乗りを上げてくれたのである。
俺はカヤちゃんに耳打ちをして、一枚の〝外道札〟を手渡した。
「いい、カヤちゃん。これを肌身離さず持っててくれよな」
「え、はい。でもいいんですか? ストックがもうないんじゃ……」
「あと一枚はあるし大丈夫。使い方は分かってるよな?」
「前に教えてもらいましたからそれは任せてください!」
この〝外道札〟の特徴として、誰にもで使用できるというところがミソだろう。白紙の〝外道札〟に触れてイメージを植え付ける。そうすることで、持ち主の想像した力を現象化することが可能なのだ。
ただし一度イメージをカードに植え付けてしまえば、他人にはやり直すことはできない。発動するしかないのだ。
しかし例外もある。それは俺自身。俺なら再び白紙の〝外道札〟に戻したり、内容を上書きしたりすることができるのだ。これは《外道魔術》を扱う当人の特権といったところだろうか。
ん~本当はユーランさんにも持っておいてほしんだけどな。
しかしこの力を秘密にしておかないとマズイ立場としては難しい判断ではある。
……いや、やっぱそれでもか弱い女性が無防備のままってのはな。
「あの、ユーランさん。このカード持っててもらえるっすか?」
「へ? 何このカード……わ、キレイな絵ね」
そこには以前使用した《守護結界》の文字が刻まれている。絵は理解できるようだが、さすがに日本語は読めないようだ。
「それはおまもりっす。きっと力になってくれると思うんで」
「ん、ありがと。大事にするわね」
少し機嫌を上向きにしたユーランさんは、相当〝外道札〟に刻まれた絵が気に入ったのか顔が綻んでいる。
「あ、あのボータさん、本当に良かったんですか?」
「まあな。だって狙われるとしたら女の子だろ? 最悪俺にはまだ〝外界移し〟もあるし」
相手が暴走して攻撃でもしてきた時は、それを使って逃げるつもりだ。
ポチの場合は、この中の誰よりも比較にならないほど強いので心配はない。魔物が相手でも遅れを取ることもないだろう。
しかし他の二人には戦闘タイプでも、危機的回避能力が高いわけでもなさそうなので、せめて〝外道札〟で身を守ってもらいたいのだ。
あの《守護結界》は、持ち主が危機に陥った時に勝手に発動してくれるタイプの効果を持つので、そこまで詳しい説明は必要ない。
俺はこれで少し安心だと思い、皆で暗い街中を見回っていく。
十分ほど経った頃だろうか。
先頭でトコトコと可愛らしく歩いていたポチが、急にピタリと足を止めたのだ。
鼻と耳をピクピク動かしながら、右側に通じる路地に視線を向けている。
「どうした、ポチ? もしかして何か見つけたか?」
「う~ん……何か嗅いだことのあるようなニオイ……何だっけ?」
身に覚えがあるようだが、彼女は思い出せないのか小首を傾げたままだ。
するとポチの視線の先から女性の悲鳴が聞こえた。
「悲鳴!? しかも女性! くそっ、出やがったか変質者め! この女性の味方――白桐望太がとっちめてやらぁ!」
「ちょっ、ボータさん!?」
俺は全速力で駆け出す。カヤちゃんの声に応える余裕はない。
暗闇の路地を突き抜けて、街灯が照らす少し開けた場所へと出る。
灯りに照らされた地面の上で、一人の女性が蹲っていた。
「大丈夫っすか!?」
俺は周りを警戒しながら女性へと駆け寄る。
震えながらも意識がある状態で、女性が俺の顔を見上げてきた。
女性は大きく目を見開き、俺を凝視する。何か驚いているようだが、助けが来るとは思っていなかったのだろうか。
つうかそんなことよりも――。
うっわ、ものすっげぇ美人じゃねぇか!?
灯りに反射して輝く金の髪に、吸い込まれそうな切れ長の碧い瞳。スタイルも目を見張るほど良く、モデルをやっていますと言われても「そうでしょうね」と何の疑いもなく首を縦に振るほどの美女である。
男だけでなく老若男女問わず、道を歩いていたらつい見てしまうハイスペック女性だ。
まあ歳は同じ歳頃に見えるので少女と言った方が良いかもしれないけども。
「何があったんすか?」
「い、今……魔物が……っ」
「魔物!?」
ということは、この近くに例の魔物が。
確かにこの人は処女かは分からないが、美女を超えたような少女だ。聞いていた犯人の守備範囲には収まる若さだろう。
俺は再び周囲を見回すが、魔物のような不気味な気配は感じない。
彼女を攫おうとしたが悲鳴を上げられてしまい、騒ぎになるのは勘弁だとして離れていったのかもしれない。
しかし一般的な魔物はそこまで知恵が回る存在ではないらしいので、少しおかしさを覚える。
そこへ――。
「もう、一人で行ったら……って、その人は?」
カヤちゃんたちも駆けつけてきてくれたようだ。
俺は少女を支えながら立ち上がらせる。そのままスッとカヤちゃんに近づいてから説明をした。
「攫われる前に間に合ったようなんだよ。でもちょうど良かった。ユーランさん、この人を安全な場所に。俺は犯人を追跡するので!」
俺は再び少女に近づいてからユーランさんに頼み込んだ。
「え、ええ分かったわ。でも気を付けてね」
俺は彼女に少女を預けると、さらに奥へと進んでいく。後ろからはポチとカヤちゃんもついてきている。
「あ、やっぱカヤちゃんとポチもついてきちまったか」
「え、もしかしてダメ……だったですか?」
「でもボクも魔物と戦ってみたーい」
「……まあ、その方が都合は良いか」
「はい? 都合?」
「ううん、別になんでもねぇよ。んじゃちょっと急ぎ足で先に進むぞ」
そう言ってから先へ進むと袋小路にぶつかった。
「行き止まり、ですね」
「上登って行ったんじゃないの?」
ポチはそう言うが、建物は高く掴まるところもないので登るのは難しそうだ。
しかし、だとしたら普通は妙な話である。
この路地は一本道だったし、魔物とすれ違ってもいない。
それなのに行き止まりには魔物の気配すら存在しないのだ。
「ポチ、何か臭わねぇか?」
「ん~さっきよりも変なニオイが遠くなった」
「ふぅん、そっか。なら一番ニオイが強かったのは?」
「えっとね、さっきの女の人がいたとこ!」
「そっか。これで益々……」
すると来た道の先から眩い光とともにユーランさんの悲鳴が聞こえた。
「ん……やっぱ発動したか」
「え、ええっ!? い、今のってユーランさんの悲鳴では!?」
「よし、全速で戻るぞ!」
光が溢れている場所を目指し、俺たちは走り向かう。
するとそこには、光の壁に包まれた場所で尻餅をついているユーランさんが、一人だけで佇んでいた。
それは彼女に持たせた《守護結界》が発動している証拠である。
「ユーランさん!?」
「あ、え……へ?」
敵意のないカヤちゃんは弾かれることなく結界内へ入って、ユーランさんに駆け寄る。
俺たちもそれに倣う。
「だ、大丈夫ですか!? 一体何があったんですか!」
「……えと、よく分からないけど、さっきの女の人がいきなり近づいて手を伸ばしてきたと思ったら光が生まれて、それに女の人が弾かれて……」
軽く混乱状態みたいだ。無理もない。何の説明もなく〝外道札〟が発動したのだから。
「ユーランさん、さっきの女の子は?」
俺が冷静にそう尋ねると、
「そ、それがね、いきなり背中から翼みたいなものを生やしてどっか行ってしまったのよ」
翼……。やはりポチのように魔物が人に化けているということなのか……?
結界の光が突如として消失し、また辺りは少し暗くなる。
「ど、どういうことなんですか、ボータさん!」
「ちょっと待って。その前にポチ、変なニオイは?」
「ん~とねぇ、なくなってるよ」
「やっぱ、か……」
「ボータさん……?」
カヤちゃんだけではなく、他の二人も説明が欲しそうな顔を向けてくる。
「ん、ちゃんとあとで説明するよ。でもまだ安心できないから、とりあえずポチ、お前は二人を連れて屋敷に引き返してくれるか?」
「ふぇ? 何で? ボータは?」
「いや、俺ちょっともよおしちゃってさ!」
「「「は?」」」
三人が三人とも綺麗にハモるとは。
「おお、漏れる漏れる!」
「も、もうボータさん! こんな状況で!」
「んなこと言ってもしゃあねぇじゃん! それとも何? 俺がここで立ちションするとこ見たいの?」
「た、立ち……っ!?」
「ま、まあそんなに見たいって言うならちょっとだけ見せるってのも吝かじゃ」
「い、いいえ! 見たいわけじゃありませんっ!」
ズボンをおろそうとした俺に、顔を真っ赤にして怒鳴るカヤちゃん。俺は「あ、そう?」と言ってから、
「んじゃトイレ探してくっから、あとはポチ頼むぞ!」
「えっと……ボータ?」
「もし言うこと聞いてくれたら、また明日焼き鳥を買ってやっからさ」
「! うん! まっかせて! ボクは命令をちゃんと聞く良い子だしね!」
現金な奴である。しかしこういう時は単純な相手の方が動かしやすい。
「そういうことだから、カヤちゃん、ユーランさん、屋敷に帰るまで何があってもポチから離れないように」
「……何だかよく分かりませんけど、ボータさんがそう言うなら。あ、でも漏らしたらダメですよ?」
俺はニコッと笑みを浮かべて「漏らしません」と言うと、三人を置いてその場を走り出した。
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