第28話 街案内

「えっと、何を勘違いしてるか分かんないけどね、その……攫われた人たちは別に乱暴された形跡はなかったんだよ」

「……はい? ……性的にも?」

「ず、ずいぶんハッキリ言うわね。そうよ、ちゃんと確かめたけど、全員が処女のままだったし」

「ちょっ、それってそいつが狙ったのは全員処女だってことっすか!?」

「え、ええそうよ。あ、そういえば確かに妙な共通点よね」



 これで大分狙われる存在が見えてきた。

 まだ肉体関係を持っていないうら若き乙女だけを狙った忌まわしき犯行というわけだ。



「けど何でだ? 何で狙う? 処女を狙って何もせず解放する? 相手が処女の理由は一体……? いや、そもそも処女ばかり狙いおってぇ、益々許すまじ……っ」



 俺が怒りを露わに拳を震わせていると、少し距離を取ったところで、



「あ、あの子大丈夫? 何か処女処女ってあんまり女の子の前で連呼しないでほしいんだけど」

「ご、ごめんなさい! も、もうボータさんのバカ。恥ずかしい……っ」



 申し訳なさそうに頬を赤く染め上げながら頭を下げるカヤちゃん。



「ねえねえ、しょじょってなぁに?」

「ふぇ? あ、そ、それはですねポチちゃん、何と言いますか……ま、まだポチちゃんには早い言葉ですよ! ええ間違いなく!」

「ふぅん、まあいいや。そのしょじょばっかり捕まえる魔物を退治すればいいってこと?」

「う、うむ、そうだな」



 領主も男で、さすがに処女連発の空間に気恥ずかしさを覚えているのか、若干目が泳いでいる。



「ええいくそぉ、美少女の処女は人類の財産だというのにぃ。一体その変態は何をしてやがんだ。処女ばかり狙いやがってぇ」

「も、もうボータさん! 恥ずかしいからさっさと帰ってきてください!」

「? ……どうしたんだカヤちゃん、顔を真っ赤にして?」

「あ、あなたのせいですよぉ!」

「はい? 俺……何かした?」



 いきなり責められたのだがサッパリ分からん。



「おほん! とにかく、君たちの力を貸してもらいたいのだ。あの強さがあれば、きっと魔物にも対抗できるはずだ」

「よろこんでお手伝いしましょう! 世界のために!」

「そんなに規模が大きい話でしたか!?」

「何を言うんだカヤちゃん! 放っておいたらいつそいつが魔がさすか分かったもんじゃねぇ! 今のうちに捕まえて説教をかましてやらんと世界は平和にはならんぞ!」

「え、えっと……そ、そうなんですか?」

「考えてもみろカヤちゃん。狙われるのはカヤちゃんやユーランさんみたいな可愛い美少女やキレイな美女だぞ?」

「びしょっ……っ!」

「び、美女って……っ!」



 カヤちゃんとユーランさんがポッと頬を染める。



「将来有望な女の子を守るのは男として当然だろ? だってもしかしたらそん中からいつか俺に靡いてくれる子が出てくるかもしれんじゃないか!」

「「…………」」



 若干二名の女性が見下す感じで俺を見つめてくるが、その視線に俺は気づいていない。



「ねえねえ、ボータ」

「あ? 何だポチ?」

「ボクはボクは? 可愛い?」

「おう、物凄くな。お前は俺の癒しでもある」



 そう言って上目遣いの彼女の頭を撫でてやると「えへへ~」と嬉しそうに尻尾を振る。



「いや、素晴らしいっ!」



 いきなり感動気な声を発したブランケットさんに、カヤちゃんとユーランさんが「はい?」となっている。



「シラキリくん! 君は男として素晴らしい感性の持ち主だ!」

「おお、分かってくれますかブランケットさん!」

「当然だとも! 儂もね、妻に先立たれて寂しい思いをしている。独り身だ。この事件をスパーッと解決すれば、頼りになる領主としてもしかしたら女性にモテてウハウハできるかと思っておったのだ!」

「そうっすよね! クソイケメンどもはその容姿だけで苦労もせずに美女をゲットしやがるけど、俺たちにはそういうことをして気を引くしかないっすもんね!」

「そうなのだ! さすがは武闘大会優勝者だ! 男として光るものを感じる!」

「フッフッフ、それはブランケットさんも、っすよ」

「シラキリくん」

「ブランケットさん」



 俺は彼と良い笑顔で向き合い、ガッシリ握手をかわす。



「「絶対に事件を解決してモテぶほぉっ!?」」



 いきなり後頭部に衝撃が走った。

 見れば怒り心頭のような表情で二人の女性が背後に立っている。

 それぞれの手にはどこから出してきたのか、分厚めの本が携えられていた。



「カ、カヤちゃん……っ、い、痛いじゃないか」

「何をするんだユーラン、仮にも父の後頭部を本で叩くなど」

「「いいかげんにしなさーいっ!」」

「「はいぃっ!」」



 そこから正座で小一時間説教されたのは言うまでもない。







 領主と絆を深めた俺は、彼の依頼を受けることにし、今後の方針を話し合うことになった。

 毎夜、その魔物が現れるというわけではないので、しばらくブランケットさんの屋敷で世話になることに。



 その日の夜は何も起きず、翌日になってせっかくだからとユーランさんが街を案内してくれることになった。



「はぁ……ったく、まさかお父さんがあんなこと考えてたなんてね」

「あはは、でもまだ領主さんはお若いですから、そういうことを考えてもいいと思いますけど」



 前を歩くのはカヤちゃんとユーランさんだ。二人は妙に仲が良くなったらしく、ユーランさんの最近の悩みなどもカヤちゃんは聞いているらしい。

 俺はポチが肩車をしてほしいというので、してやって街を見回っている。



「あ、ボータ! いいニオイするよ!」

「あのな、さっき屋敷で飯食ったろうが」

「何言ってるの、ボータ? いいニオイがする! お腹減る! すぐに食べる! だよ!」

「何そのオリジナル三原則!?」



 ポチらしいといえばポチらしいが。



 結局露店でやっていた焼き鳥を買わされるハメに。しかも五十本も。

 食べるのに時間がかかると思うからと、カヤちゃんとユーランさんには先に行きたいところへ行ってもらうことにした。



 俺は美味そうに食べ続けるポチを見つめながらどうしても思ってしまう。



 前から不思議だったんだけど、この身体で一体どこに食べたものが入るんだろうか……?

 屋敷でも大盛りご飯を二十杯以上おかわりしていたのに……。

 メイドさんの顔が引き攣ってたしなぁ。

 いや、元の姿がアレなんだから普通……なのか?



「……ん?」



 露店の左にあるベンチに座って焼き鳥を頬張っているポチから、視線をある場所へと移した。

 そこは細い路地になっていて、ゴミ箱や段ボールが置かれている。

 そして積み重なった段ボールの後ろからジ~ッと一点を見つめる存在を発見した。



「……子供?」



 見たところポチとそう変わらない程度の少女だ。

 長い金髪で、足元くらいまで伸びており、真っ黒いローブを着込んでいる。

 将来は確実に美女間違いなしのクオリティを感じさせた。



 そんな彼女が、その紺碧の瞳で見つめているのは――ポチ?



 いや、ポチっていうよりは……。



 どうも彼女が食べている焼き鳥に意識が向いているようだ。

 羨ましそうに見つめながら左手を自身の腹に当てている。



 ふぅん……なるほどね。



 俺はポチに「ここにいてくれよ」と言って、露店で焼き鳥を五本購入。

 そのまま路地へと向かい――。



「ほれ、食べな」

「!? ……っ」



 少し怯えた目をする少女。俺は安心させるように笑いながら、一本の焼き鳥を取って一口食べる。



「んぐ……ん~美味ぇぞ! いらんか?」



 少女が俺の顔と焼き鳥を交互に見つめる。



「…………いいの?」

「おう。腹減ってんだろ?」



 コクリと小さな顔を縦に揺らす少女。俺が持つ焼き鳥を受け取ると、若干不安そうに俺の顔を見る。



「食ってみな」

「…………うん。はむ……んっ!? あむはぐんぐ!」

「あはは、美味ぇだろ」



 一心不乱に少女は焼き鳥を口にしていく。相当腹が減っていたようだ。



 この子、親はどうしたんだ?



 周りを見渡すが、それらしい存在は見当たらない。

 友達も傍にいるような雰囲気ではない。というよりも、何だか独特な雰囲気を持つ女の子ではある。

 どこか儚げでもあり、一度見たら惹きつけられる魅力をも備えているようだ。



「何でこんなとこに一人でいるんだ? 友達はどうした?」



 すると食べるのを止めて、少女は感情の見えない無表情のまま首を左右に振る。



「……そっか、友達いねぇんか。お前、そんなに可愛いんだから、すぐに友達できるぞ」



 男を中心に、な。



「かわ……いい?」

「おう、将来有望だ。是非大人になったら一度デートをお願いしたいくらいだな」

「! デート……」

「あはは、まあその頃になるとすでに男がいるだろうけどな。……しかもイケメンが」



 子供の時にこれだけ可愛いのだから将来は確実に約束された勝利の美女になるはず。そしてそんな美女は当然美男子が攫っていくのだ。

 そう思うと胸がムカムカしてくる。しかも思い浮かぶのは幼馴染の顔だ。



 ああ腹立つ。京夜に会ったら一回ぶん殴ろう。そうしよう。



 理不尽だとか言われても知るか。この行き場のない怒りを、奴にぶつけないと収まりがつかない。

 普段から得してるんだからそれくらい耐えてもらおう。

 俺が今後の目標を決意していると、袖を引っ張る感触を覚えた。



「ん? おう、どうしたんだ?」

「…………おいしかった」

「ん、そっか。なあ、もし良かったら俺たちと遊――」

「ボータァ~」



 背後からポチの声が聞こえたので咄嗟に振り向く。あれだけの量をもう食べたのか、手ぶらで走ってくる。



「おう、ポチ。どうした?」

「うん、おかわり!」

「ねぇよ! つうかどんだけ食うんだよ!」

「ぶぅ~、いいじゃ~ん。あ、でもこんなとこで何してたのぉ?」

「へ? あ、そうだ。ちょうどいいから紹介……あれ?」



 そこに少女の姿はいなかった。

 路地の奥や段ボールの後ろを見ても隠れている様子も無し。



 もしかしたら家に帰ったのかも、な。



「ねえねえ、どうしたのぉ?」

「いや……何でもねぇよ。んじゃ、カヤちゃんたちを追うか」

「え~、お腹減ったぁ~」

「ちょっとは我慢を覚えろよなぁ」



 やれやれと肩を落としながら、ポチのお守りを続けた。

 そしてその日の夜――例の事件が勃発することになる。




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