第23話 初めての街

 ――【アルバットの街】。



 魔物の侵入を防ぐためか、周囲を高い外壁で囲まれた街だ。



 また東西に設置されている門以外からは入ることができないようになっていて、外壁の上で見張っている者も常駐されており、セキュリティはそこそこ高そうだ。



 大きな半円型の扉へと近づくと、外壁の上から「何者だ」と声が届く。



「すみませーん! 旅の者なんすけどー!」



 気軽な感じで俺が答えると、二人いる守衛らしき者たちがジッと俺たちを見下ろしてくる。

 当然ポチには子供の姿になってもらっているし、カヤちゃんもプカプカ浮くのは止めてもらっていた。



 この世界で幽霊という存在がどれだけ珍しいか分からないが、さすがに誰にでも確認できて物を持つことができるレベルの幽霊がメジャーではないと思ったので、彼女には生きた人間を演じてもらうことにしたのである。



「もしかして領主様の応募を目当てに来たのかぁ!」



 領主? この街を治めている人だというのは分かるけど……応募?



「? その様子だと知らないようだな! ちょっとそこで待っていろ!」



 守衛の一人がそこから消え、しばらくすると門がゆっくり上へ開き始める。上下で開閉する扉だったようだ。



 少し開いたところで扉が止まり、そこから若干険しさを感じ察せる顔を持った、先程消えた守衛が現れた。



「うぅむ、こんなご時世に子供だけで旅か。見たところ武装もしておらん。まさか世情を知らぬ田舎から来たとでもいうのか?」

「そうなんすよ。こっからかなり北の方から」

「すると〝亡国の大地〟方面か? あの近くにまだ人の住める場所などあったのか……?」

「まあ、ひっそりと生き残って生活してたってことなんすよ」

「む……そうか。……よし分かった。悪人そうでもないしな、通れ」



 問題なく中に入ることを許可された。



 ホッとしたのも束の間、どこかから賑やかな声が聞こえる。さらにその声に気づいた者たちが、楽しげな様子で声のする方向へと走っていく。



「……もしかして今日ってお祭りとかあるんすかね?」

「本当に知らないようだな。今日はもうすぐ武闘大会が開かれるんだよ」

「武闘大会?」

「まあ、小規模にはなるがな」

「何でまたそんなもんを?」

「最近夜になると、この街にどこかからか分からないが魔物が出没するんだ。しかもその魔物はかなり手強くてな。領主様が雇った腕利きの連中でも歯が立たなかったんだよ。そこで触れを出して、腕に覚えのある者たちを募ったってこと」



 なるほど。武闘大会を開き、自分の目で強い者を選別して、その魔物への対抗策として組み込むといったところか。



 けど夜になると忍び込んでくる魔物……ね。何だか気が気でない街のようだ。

 菓子を堪能して一泊したら明日にでも発った方が良いかもしれない。巻き込まれて怪我を負うとかしたくないし。



 情報を提供してくれた守衛に一礼してから俺たちはとりあえず宿を探すことにした。



「ねえねえ! ぶと~たいかいって何? おいしいの?」

「そうですねぇ、きっと葡萄の早食い対決とかじゃないでしょうか」

「うわぁ! 出たい出たい! ボクいっぱい食べれるし早いよ!」

「いやいや二人とも、葡萄大会じゃなくて、武闘大会な」

「「???」」



 どうも彼女たちにとって聞き慣れない言葉のようだ。

 俺が趣旨を説明してやると――。



「出たい出たい! ボクも強い人たちと遊んでみたーい!」



 結局ポチの言葉はそんなに変わらなかった。



 しまった。ここにバトルジャンキ―がいるのを忘れてたよ……。



 そんなことよりも、ポチが出たら死人が出そうで怖い。



「ねえねえ、ボータァ~!」



 俺の服を引っ張って子供のようにねだってくる。



「う~ん、でも子供がエントリーできるか分かんねぇしなぁ」

「ダイジョーブだよ! だったらちゃんと変化するから!」



 そういや自在に五歳、十歳、二十歳と姿形を変えられるんだったな。



 前に二十歳の姿で風呂に入ってきた時は、それはもう鼻血が止まらなかった。ポチはカヤちゃんに説教されてたっっけ。あれからできるだけ変化しても五歳か十歳の姿を保つようにしているみたいだけど。

 ちなみに今は十歳だ。



「あのボータさん、見に行ってみるだけでもいいんじゃないですか?」



 いやいやカヤちゃん、見に行く〝だけ〟で終わらないから嫌なんだよ。



 どうせ絶対にエントリーすると言い出しかねないし。

 しかしダメと言っても、なら一人で行くなんてことになる可能性が非常に高い。そうなれば目の届かないところで騒ぎを起こされた時に対応が遅れる。



 ……しょうがねぇか。



「分かった。まあ一応行ってみっか」

「わぁい!」

「うふふ、良かったですね、ポチちゃん」

「うん、だからボータ大好きぃ」



 はいはい、何事もなく終わればいいんですけど……。



 一抹の不安を抱えながら、声のする方――街の北側へと歩を進めていく。

 そこには広場があり、中央には大きな舞台が設置されていた。



 その周りを野次馬たちが顔を連ねており、大会が開催されるのを今か今かと待ち望んでいる様子である。

 まるでボクシングやプロレスを観戦する光景のようだ。



 舞台の傍には大きな立て看板が設置されてあり、優勝賞品と書かれている。その横にある長いテーブルの上には、豪華な食材や金品が置かれていた。



「へぇ、優勝賞金は二十万フォンか。お、二位でも十万もらえんだ。結構太っ腹だなぁ。」



 小規模の大会にしては結構な額だと思った。

 ちなみにフォンというのが、こっちの世界の通貨単位で、価値としては日本の円とほぼ同格だ。

 つまり二十万円。一位と二位で合わせて三十万円ということ。



 戦争のせいで貧困が多い現状でこの額は、喉から手が出るほど欲しいと思う者たちは多いかもしれない。



「ねえねえボータ~」

「ダメだ」

「まだ何も言ってないよ?」

「出たいってんだろ? ポチ……手加減って言葉知ってるか?」

「知ってるよぉ! 半殺しのことでしょ?」



 怖いよ! 手加減=半殺しって、闇の組織か何かか!?



 ポチがあまりに当然でしょ的な感じで言うもんだから、つい背筋が凍ってしまう。

 一体どういう教育したらこうなるんだ。どうなってんだよ桃爺……。



「えっとな、そうだなぁ……百分……いや、千分の一くらいの力で戦うことだ」

「う~ん……できる……と思うけど」

「俺はできないと思うなぁ」

「で、できるもん!」



 口を尖らせて言う彼女だが、マジで手加減を誤ると相手を死なせてしまうかもしれないので、おいそれと出場させるわけにはいかない。



 戦いの場としての事故だとしても、こんなところで惨劇など見たくないのだ。

 それにできればポチにも人を殺して欲しくない。



「ポチちゃんが人型を維持して戦えば大丈夫じゃないでしょうか? 人型だと実力を発揮できないようですし」

「う~ん、でも熱くなって完全な戦闘モードに入ったら?」

「……相手死んじゃいますね」



 だからダメなんだよぉ! もし巨大犬モード(元の姿)に戻ったら、大騒ぎの範疇すら超えてしまう。全員がポチ討伐に乗り出すことも考えられるし、せっかくの街なのに、一緒にいる俺たちも逃亡するハメになるかもしれないし、下手をすれば指名手配だ。



「ほ、ほんとーにダイジョーブだよ! ちゃんと手加減するし! それに旅にはお金も必要だってボータ言ってたもん! もしボクが優勝すればいっぱいお金もらえるよ!」

「それはそうだけどなぁ……」

「んじゃ参加してくるー!」

「あ、ちょっと待て――」



 制止をかける前に、ポチは野次馬の中を突っ切り受付らしき女性が立っているテーブル席へと向かって行った。



「あのバカ……」

「あはは、ポチちゃんは元気ですね~」

「元気なのはいいけど、自分の欲望に突っ走り過ぎだ。まあ、ポチなら優勝は間違いねぇだろうけどさ」



 何せ人外の生物なのだから。桃爺曰く、ドラゴンとも戦いポチは倒したことがあるそうなので、敗北はしないだろうと思っている。



「ま、こうなった以上暇潰し感覚で楽しむか、カヤちゃん」

「そうですね。楽しみです!」



 しかし――自体は思わぬ方向へと向かっていっているのに俺は気づかなかった。


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